2005/10/11

獣たちの庭園


「シンデレラマン」は、大恐慌時代に家族のために戦い抜いたボクサーを描いて評判を呼んだ映画だが、ディーヴァーの新作「獣たちの庭園」と「シンデレラマン」に共通して出てくるのがデイモン・ラニアン。不屈のオヤジボクサーの栄光を讃え「シンデレラマン」と呼んだのがデイモン・ラニアンだとクレジットされていたが、ディーヴァーの新作「獣たちの庭園」にもデイモン・ラニアンが登場してきたので驚いた。ラニアンは、はるか昔、HMMでいくつかの短編を読んだことがあったが、懐かしさより意外性が先に立った。

意外性ならデイーヴァーの新作も同じ。オリンピックに沸くベルリンへ、リクルートされたヘルズキッチンの殺し屋がヒトラー側近暗殺の密命を帯びて潜入するという設定は、鷲は舞い降りた、針の目、ジャッカルの日などの名作傑作キラ星のごとくきらめく英国の伝統芸に真っ向勝負の、冒険小説の王道を往く構えだ。

構えが良くて技の切れも素晴らしいのがディーヴァーだが、従来に無い構えには、当然新しい技も必要だろう。その一つが、例えばデイモン・ラニアン。主人公である殺し屋の友人として何と実在の作家を登場させている。これが主人公のキャラ設定に与える効果は微妙なところだが、実録風の物語に一層のリアリティーを添えるという役割は果たしている。

ヤンキー気質の殺し屋が親衛隊が跋扈するベルリンの街角をすり抜け、ナチス台頭で冷や飯食わされた警官がリンカン・ライムを思わせる証拠へのこだわりや鋭い洞察で才気縦横に殺し屋を追っかけ回す。このサスペンスが従来の技なら、ヒトラーと側近たちの駆け引き、綱引き、暗闘を描き、架空の人物の目を通してナチス中枢部の日常を生き生きと再現してみせたのはディーヴァーの新機軸だ。最近見た、ヒトラー最期の12日間という映画と合わせて、とても立体的にイメージされた。

さらに言えば、あの特徴的などんでん返しが抑制されていた点にも、この作品に対するディーヴァーのスタンスが明らかだ。先行する英国産の傑作群にディーヴァーがどれほど肉薄したかという興味は興味として、ディーバーはあくまでディーヴァーらしく、ヒューマニスティックにこの大作をまとめている。それは、英国風とはやはり趣が異なるアメリカンティスト。エピローグでは、全ての山に登れと歌うサウンド・オブ・ミュージックのエンディングが連想されたりする。