ヒッチコック、トラヒゲ、ケペル先生と言えば熊倉一雄だ。ユーモラスな吹き替えはテレビの創世記から馴染み深い。その昔、熊倉がひょうたん島の海賊だった頃、面白い台本を書く作者を見込んで芝居の執筆を依頼して作られた作品が「日本人のへそ」。この公演が評判を呼び、さらに作者は熊倉に5本の芝居を書き下ろし、それらも全て大ヒット。新進の劇作家としてあまりに鮮やかなスタートダッシュを見せ、他の追随を許さぬキャリアを築き上げていった井上ひさし。
熊倉が自分が目の黒いうちに再演したいと、41年ぶりの上演を計画したところ、井上の急逝によって追悼公演になってしまったという「日本人のへそ」。チケの発売日をうっかり忘れ、気がついたら完売でガックリ。しかし10月4日の追加公演分を確保でき、テアトル・エコー「日本人のへそ」千秋楽に行くことができた。
演劇を使った吃音治療法に臨む患者たちが、集団就職からストリッパーへと転じていく女性の一代記を演じる中から、猥雑で純情な人間達や時代の相が浮かび上がってくる。女優さんが皆さん溌剌としていて好感。男優達は適度にエロでしたたかで抜け加減もよい。ストリッパーを演ずるヒロインはステージの芯となる魅力を発揮し大変よろしかった。
処女作には作家の全てが詰まっていると言われるが、劇作も例外ではないのだろう。笑わせられながらも考えさせられる井上の特徴そのままに、軽快なテンポと動きで大いに笑わせながら、殺人事件から推理劇へと転じ、後半は一挙に緊張感が高まる。緊張感が高まるほどに緩和の効果も絶大となるわけで、意表を突く仕掛けと展開でドッカーンとドッカーンと落としてくれるクライマックスのどんでん返しはディーヴァーにも引けを取らないスケールで面白さも抜群。
若き井上の躍動感溢れるエネルギッシュでパワフルなステージに、動き、しゃべり、踊る熊倉一雄。何より生の熊倉一雄を間近に観ることができたこと。ホント良かった。
2010/10/05
2010/01/05
09年のまとめ 舞台編

1月
歌舞伎座 昼 俊寛 花街模様薊色縫 十六夜清心 鷺娘
国立劇場 象引 十返りの松 甫競艶仲町
紀伊国屋 しとやかな獣 (ケラリーノ・サンドロビッチ)
*鷺娘(玉三郎)が印象に残った。
*いきなりオッパイ鷲掴みにされた緒川たまきにびっくりしたら公演後ケラと結婚。納得した。
2月
コクーン パイパー(野田秀樹)
3月
歌舞伎座 昼 元禄忠臣蔵(刃傷 評定 綱豊卿)
夜 元禄忠臣蔵(南部坂 仙石屋敷 最後の一日)
赤坂ACT 蜉蝣峠 新感線
*元禄忠臣蔵の通し 綱豊卿の仁左衛門が実によろしかった。
*蜉蝣峠 立ち回りで最高の頑張りを見せた堤真一は良かったが、クドカンの脚本は下世話でスケールに乏しく面白みに欠けた。
4月
歌舞伎座 昼 先代萩
夜 毛谷村 郭文章 曽根崎心中
*先代萩 玉三郎の政岡は情より知がまさる感じでもう少しふくよかさが欲しかった。
5月
歌舞伎座 夜 毛剃 夕立 神田ばやし 鴛鴦襖恋睦
新橋演舞場 昼 金閣寺 心猿 近江のお兼 らくだ
*馬の引き抜きなんて思ってもみず、茶色の馬が白に変わった近江のお兼にはびっくり。
6月
鎌倉芸術館 トワイライツ (モダンスイマーズ)
国立劇場 華果西遊記
7月
コクーン 桜姫(現代版)
歌舞伎座 昼 五重塔 海神別荘
鎌倉芸術館 松竹大歌舞伎 東コース
*海神別荘の玉三郎と海老蔵のオーラ、美しさが格別だった。夜の「天守物語」のチケが取れなかったのが残念至極。
9月
歌舞伎座 昼 竜馬がゆく 時今也桔梗旗揚 お祭り 河内山
夜 浮世柄比翼稲妻 勧進帳 松竹梅湯島掛額
日生劇場 ジェーン・エア
平塚市民s 清水ミチコ トーク&ライブ
*ミッちゃん最高!
10月
コクーン コースト・オブ・ユートピア
国立劇場 乱歩歌舞伎Ⅱ(京乱噂鉤爪)
歌舞伎座 昼 毛抜 蜘蛛の拍子舞 河庄 音羽獄だんまり
夜 義経千本桜(渡海屋 大物浦 吉野山 方眼館)
演舞場 蛮幽記 新感線
銀河劇場 組曲虐殺(井上ひさし)
*悪逆非道な人間豹がいつの間にか憂国の士に。人間豹を龍馬にしてどうする。乱歩と司馬遼の区別もつかない乱歩歌舞伎Ⅱ最低。
*文句なしに面白かった「蛮幽鬼」。中島かずき、いのうえひでのりは日本一の作、演出家。
*小林多喜二の生涯を重くならず軽やかに。悲劇を描いて明るく楽しい舞台にしてしまう井上ひさしに刮目。本年屈指の名作「組曲虐殺」
11月
歌舞伎座 昼 仮名手本忠臣蔵(大序 三 四段目 道行)
夜 仮名手本忠臣蔵(五 六 七 十一段目)
コクーン 十二人の怒れる男
*蜷川演出の「十二人の怒れる男」俳優達の熱演も含めて、シドニー・ルメット作品の素晴らしさを再確認。
12月
歌舞伎座 昼 身替座禅 野崎村 大江戸りびんぐでっど
国立劇場 修善寺物語 頼朝の死 一休禅師
コクーン 東京月光魔曲
*「大江戸りびんぐでっど」クドカンの新作歌舞伎。新聞などでは毒気が強く歌舞伎座の客に合わないなどと叩かれていたが、時代に即した内容と真当な批評性を取り込んだ物語に遊び心あふれた見せ場を配して世話物にまとめた意欲作で楽しく面白く客席も結構な盛り上がった。
*国立劇場も新歌舞伎を上演していたが、陰気で重苦しい演目は役者さんたち熱演だが楽しめなかった。
*「東京月光魔曲」ケラの新作は新年のカウントダウンも楽しめるいろいろ趣向を凝らし、豪華キャストの大作。色と欲とで振り回される男女のとりとめのない話を耽美5、喜劇3、猟奇2ぐらいの配分で語っている。耽美と喜劇は両立し難くあるが、松雪泰子とともに耽美方面を受け持った瑛太が凄くカッコよく、立派に重責果たした。喜劇方面を受け持った大倉孝二は可笑しさに哀感漂わして味わい深い。伊藤蘭ちゃんは勿体無い使われ方で実に残念。
2009/10/04
コースト・オブ・ユートピア ユートピアの岸へ

12時開演で幕が閉じるのは22時20分過ぎという芝居。休憩時間を引いても実質9時間を越える上演時間。この間狭い椅子に括りつけられたような状態で果たして快感が得られるのかと疑念も湧いたが、いつも刺激的な蜷川の演出への期待とミーハーな好奇心もあってチケを分けてもらったのだった。しかし、万来の拍手とともに客席とステージが一つになったカーテンコールの高揚感の中で、これはなにより9時間にわたる着席のたまものと納得がいった。
ロシア革命の先駆的役割を果たした若き理想主義者達の青春群像。彼らの30年間が時代とともに「船出」「難破」「漂着」とした3部構成でじっくり描かれる。メインキャラクターは阿倍寛のロシア初の社会主義者となるゲルツェン。対抗が勝村政信の貴族出身の革命家バクーニン。この二人を始め登場人物の大半が口にするのは理想主義的な観念論が多く、長広舌ともなるとぼとんどアジ演説と化すようなのだが、じゃあこれが退屈かというとそうではなく、実に面白いのだ。膨大な台詞がハイスピードで流れて行くが深みのある内容が気の利いた言葉で語られてグイグイ惹き込まれる。演劇とは台詞を聴かせるものだと、当たり前のことに改めて気付かされる。
脚本の深さと翻訳の凄さが阿部寛や勝村政信の台詞からダイレクトに伝わってくる。蜷川の常連俳優流石の力量なのだ。別所哲也のツルゲーネフも悪くなかったが、エキセントリックな笑い方が誰かに似ているのが誰だか思い出せず、笑う度に凄く気になったのには困った。後半は笑わなくなったのでとても助かった。後で「アマデウス」のトム・ハルツだったと思い至った。男優で一際輝いていたのは意外にも池内博之。芸術とは何かと問い続けて止まない不器用な文芸批評家を演じ、観念的な台詞にほとばしる情熱を通わせ、更には存在の悲哀といった気配までも漂よわせる。実に魅力的で見応えがあった。
男達がどれだけ天下国家を論じようと、夫を我が子を恋人を愛し慈しむ女達が現実の世界を支えている。理屈に殉ずる男と愛に生きる女達。様々な愛の形を浮き彫りにする女優達もまた美しい。いや、きれいな女優さんが美しく装うと本当にきれいだなぁとこれも改めて実感させられたのも今回の収穫。美波のキュートさや京野ことみの華も印象的だったが、とりわけそのゴージャスでエレガントな美しさと並々ならぬ存在感に圧倒されたほとんどエヴァ・ガードナー級の麻美れい。声高で演説口調が多い中で、発声は明瞭で口跡は美しい。優れた台詞回しのニュアンス豊かな表現がお見事。話は逸れるが、こういう素晴らしい女優さんが映画に出ていないのは日本映画の損失だ。とは言え、きちんと使いこなせるとしたら黒沢明級の実力は必要だろうが、こういう人の魅力を十全に引き出すような大人の作品が無いことには、今に始まったことではない日本映画界の本質的な貧困さも感じてしまうのだ。
客席を大幅に取っ払って舞台を設え、本来のステージ上はすべて客席にしたコクーン内部。脚本の緻密さに大胆な演出で応ずる蜷川。楽屋も兼ねたステージ上では暗転の間に着替えもする役者達。勝村の横っ面に佐藤江梨子が容赦のないビンタを張ったのには驚いた。毎回あれではどちらも大変だろうと同情するところだが、気迫が漲り、アドレナリン分泌しまくっているような充実感を溢れさせた役者達が満席の観客を9時間に渡って力強く牽引したこのステージ全てが、阿部寛の台詞に込められたメッセージを見事に具現化していることにも感動した。
10.3 A-19
シアターコクーン
脚本:トム・ストッパード
演出:蜷川幸雄
出演
阿部寛 勝村政信 石丸幹二 池内博之 別所哲也 長谷川博己
紺野まひる 京野ことみ ヴァレンカ 美波 高橋真唯
佐藤江梨子 水野美紀 栗山千明 とよた真帆
大森博史 松尾敏伸 大石継太 横田栄司
銀粉蝶 毬谷友子 瑳川哲朗 麻実れい
2009/09/21
ジェーン・エア

幼くして孤児となったジェーン・エアは逆境を乗り越え聡明な女性へと成長し愛を貫く。
ステージ上に観客席を仮設した舞台は、後方に葉の落ちた木が1本立っているだけの極めてシンプルな作り。そこを街角に、荒野に、宏壮なカントリーハウスにと多様な空間に変化させる照明のニュアンスに富んだ色彩が美しい。大道具の自在な出し入れで屋敷内の空間が瞬時に作り出される快感など、洗練された演出のテクニックから繰り出されるビジュアルの充実が印象的。
旋律の美しい曲に松たか子の伸びやかな歌声が乗ってジェーンのキャラクターもクッキリと浮かび上がる。子供の頃のジェーンを始め、登場する子役達が皆達者なのにも驚いた。
がしかし、「ジェーン・エア」って「レベッカ」に似てたような感じと思っていたが、こんな平板な話だったっけ。エピソードには葛藤も苦悩も謎もあるのだが、物語の説明に終始するだけでドラマとしては盛り上がって行かない。うーん、出演者達はそれぞれが良くやっていてアンサンブルとしても魅力的なのに、脚本がハーレクインよりさらに甘いばかりのメロドラマなのである。
大甘のメロドラマのどこが悪いかって、別に悪いところなんかありゃしないのである。良くできたステージであるにもかかわらず、問題はそれを面白く感じないこちらの感覚なので、場違いなところに身を置いてしまった見識の無さや己の不明を恥じるのである。
9.19 12:00 日生劇場 2F F-11
出演:松 たか子 橋本さとし 幸田 浩子 寿 ひずる 旺 なつき
原作=シャーロット・ブロンテ
脚本・作詞・演出=ジョン・ケアード
作曲・作詞=ポール・ゴードン
翻訳:吉田美枝/訳詞:松田直行/音楽監督:山口也
編曲=ブラッド・ハーク、ラリー・ホックマン、スティーブ・タイラー
美術:松井るみ/照明:中川隆一/衣裳:前田文子 音響:湯浅典幸/
ヘアメイク:河村陽子/舞台監督:鈴木政憲 ほか
2009/06/28
桜姫

コクーン歌舞伎10周年記念、歌舞伎の現代劇化という趣向の舞台。
高貴なお姫様が、何の因果かある出会いを境にして堕ちはじめたらもう止まらない。あとは男達の欲望のまま次から次へと流転を重ね、運命に弄ばれる波瀾万丈という桜姫のお話。
色と欲に彩られたスキャンダラスな興味で客のご機嫌を伺おうと鶴屋南北が入念なえげつなさでまとめ上げた因果応報。これを政情不安な南米の某所に処を変えて、色と欲の輪廻を宗教と政治という切り口で語ろうとする長塚圭史の脚本は、色を宗教で、欲を政治で説明しようとした分、登場人物達の言動はイデオロギー的で、心情的、情緒的には動機付けが弱く、観客への歌舞伎的な訴求力に欠けた。現代劇化のあり方として、それはそれで面白くなるという展開もあり得るわけだが、役者の出し入れ、場面転換、空間処理、ミニチュアや楽団の使い方など、より祝祭的な気分や感情を重視した演出には脚本との指向性の違いも感じられる。今回串田和美の得意な演出テクニックが炸裂したステージは、面白い場面もあるが全体を通してピタッと決まったという快感がそれ程感じられない。クライマックスのセルゲイとゴンザレスのやりとりなど、言葉だけが浮きあがるような収まりの悪さがあった。
過酷な運命に弄ばれる桜姫は被害者的ではあっても、それに負けないだけ強力なファム・ファタールなのであり、ファム・ファタールとは所詮、男なんぞは到底太刀打ちかなわぬ、超越的な存在であるからして、桜姫の存在そのものに、聖と俗、貧と富との対比が明確に浮かび上がる感じが欲しかった。今回、狂言回しとヒロインを演じた大竹しのぶの演技はコメディエンヌ率が高く、俗性は豊富でも聖性が皆無ということもあり、きりっとした魅力に欠けた。
原作:四世鶴屋南北
脚本:長塚圭史
演出:串田和美
出演:大竹しのぶ、笹野高史、白井晃、中村勘三郎、古田新太、秋山菜津子
2009/06/04
トワイライツ

あの時、別の決断をしていたら、その後の自分はどうなっていたか。というようなことは考えてどうなる事でもないから考えるだけ無駄なようなものだが、そうはいっても、やはりそんな考えが頭をもたげざるを得ないような状況に立ち至ってしまうことだって、生きている限りはどうしたってある。
うた子ちゃんに思いを寄せる薫。あの日の学校の帰り道で起きた出来事。その後の人生の岐路となったあの選択をもしリセットできるなら。チキン、マッチョ、道化、とリセットされループする薫とうた子のその後。
うた子を演じる鶴田真由に対する薫はタイプの異なる3人が演じ分けている。話がループを重ねるにつれ緊張感も高まり、尻上がりに面白くなっていく。技巧的だが切れ味の良い脚本と演出は、観念的な話をあまりそうとは感じさせずに見せてくれたと思う。ヒロインの兄が一挙に存在感を増すどんでん返しの衝撃。露口茂似の役者さんの上手さも印象に残った。
出演:古山憲太郎、津村知与支、小椋毅、西條義将(モダンスイマーズ)
鶴田真由 山本亨 菅原永二 梨澤慧以子
作・演出:蓬莱竜太
鎌倉芸術館小ホール 6/4
2009/02/09
NODA・MAP「パイパー」

人類が火星に移住してから1000年を経て、移住者達の子孫は、常に彼らと共にあった機会生命体「パイパー」ともども存亡の危機に瀕していた。刻々と近づいてくる滅びのタイムリミットを横目に、父は巨乳の若い後添えを迎えようとし、娘達は盛んに異議を申し立てている。
野田秀樹の新作。松たか子と宮沢りえの共演を楽しみに出かけたのですが、火星のコロニーがセットされたステージの、設定は直に吞み込めたものの、意外な幕開けにはちょっと面食らいました。宮沢りえは声がつぶれているようで、目が慣れるまで誰だか分かりませんでしたが、松たか子はいつもの通り溌剌とした台詞回しで精気に溢れ、この姉と妹が大量の台詞を応酬する様は楽しめました。大勢の出演者を縦横に動かして、時間と空間を自在に飛び越えるダイナミックなスペクタクルシーンなど、演出の創意も充分でした。
しかし、1000年かけて滅びてゆくものと、後妻を迎える家庭内騒動との関係が見えてきません。このマクロとミクロがどう交錯するものなのか、はたまた平行してものなのかが分からず、もどかしい思いがつのります。舞台はダイナミックな見せ場になっても、物語はダイナミズムを欠いて進みます。全てがデータ化され、目に見えないものや数量化できないものまでも数値化せずにはおれない現代を風刺する視線には共感しつつ、しかしタイトルにもなっている「パイパー」という存在もまた、実のところどういうものかよくわからず次第に落ち着かない気分になってしまいました。
「野田版 鼠小僧」「野田版 研辰の討たれ」「野田版 愛陀姫」などの言い方に倣えば、これはさしづめ「野田版 火星年代記」でしょうか。しかし、話の核となるパイパーという機械生命体の設定にしても、「ボタン」という記憶装置の設定にしても安易なものとの印象が拭えません。そもそも、この話を語るのに火星である必要があったのかも疑問に感じました。
「パイパー」作・演出 野田秀樹 NODA・MAP 第14回公演
出演:松たか子 宮沢りえ 橋爪功 大倉孝二 北村有起哉 小松和重 田中哲司
佐藤江梨子 コンドルズ 野田秀樹 シアターコクーン
2008/12/06
太鼓たたいて笛ふいて
林芙美子の後半生を描いた音楽劇。
放浪記で名を成した芙美子も近作が重版禁止となって面白くない。時代を動かす、国が求める物語が必要と諭され、南方戦線の従軍記で戦意高揚に尽くす。だが戦争の実相を知った今、イケイケどんどんと囃し立てた自分を許せない芙美子は、非国民のそしりを恐れず自分のやり方で愛国心を貫こうとする。
穏やかでユーモラスな庶民の日常をスケッチする楽しさに戦時の緊張感が割り込んでくる波乱含みの前半。休憩を挟んで、後半は戦況の悪化から敗戦、戦後へと押し流されていく日本の変化が描かれる。反戦のテーマとメッセージがドラマティックに浮かび上がるが、全然説教臭くなくイデオロギー的でも無い。普通の人の弱さや優しさを通して、美しく尊いものの価値を提示してくれる。戦意高揚した責任は、仕事を通して乗り越えていこうとする芙美子の苦渋に満ちた言葉を全身で客席にぶつける大竹しのぶに思わず泣かされた。
6人の登場人物が芙美子の家の小さな茶の間を中心に繰り広げるドラマの大きさと深さに圧倒された。音楽も役者も無駄な飾りが無く。何処をとっても見事に洗練され、ハイレベルであり完成度が高い。原稿用紙をモチーフにデザインされた舞台装置の端正な形とデリケートな色彩の美しさは快感だった。
田母神論文などというものが世上賑わす昨今、申し分の無いタイミングでの再再演といえよう。それにつけても、井上ひさしという人はこんなに凄い人だったのかと、今更その偉大さに気がついたのは我ながら恥ずかしい。
12.5 21-11
サザンシアター
作 井上ひさし
演出 栗山民也
美術 石井強司
照明 服部 基
出演 大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、阿南健治、神野三鈴。
演奏 朴勝哲。
放浪記で名を成した芙美子も近作が重版禁止となって面白くない。時代を動かす、国が求める物語が必要と諭され、南方戦線の従軍記で戦意高揚に尽くす。だが戦争の実相を知った今、イケイケどんどんと囃し立てた自分を許せない芙美子は、非国民のそしりを恐れず自分のやり方で愛国心を貫こうとする。
穏やかでユーモラスな庶民の日常をスケッチする楽しさに戦時の緊張感が割り込んでくる波乱含みの前半。休憩を挟んで、後半は戦況の悪化から敗戦、戦後へと押し流されていく日本の変化が描かれる。反戦のテーマとメッセージがドラマティックに浮かび上がるが、全然説教臭くなくイデオロギー的でも無い。普通の人の弱さや優しさを通して、美しく尊いものの価値を提示してくれる。戦意高揚した責任は、仕事を通して乗り越えていこうとする芙美子の苦渋に満ちた言葉を全身で客席にぶつける大竹しのぶに思わず泣かされた。
6人の登場人物が芙美子の家の小さな茶の間を中心に繰り広げるドラマの大きさと深さに圧倒された。音楽も役者も無駄な飾りが無く。何処をとっても見事に洗練され、ハイレベルであり完成度が高い。原稿用紙をモチーフにデザインされた舞台装置の端正な形とデリケートな色彩の美しさは快感だった。
田母神論文などというものが世上賑わす昨今、申し分の無いタイミングでの再再演といえよう。それにつけても、井上ひさしという人はこんなに凄い人だったのかと、今更その偉大さに気がついたのは我ながら恥ずかしい。
12.5 21-11
サザンシアター
作 井上ひさし
演出 栗山民也
美術 石井強司
照明 服部 基
出演 大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、阿南健治、神野三鈴。
演奏 朴勝哲。
2008/12/03
表裏源内蛙合戦

平賀源内の出産シーンから説き起こす一代記。類いまれな神童と謳われた少年期から才気煥発にして野心満々の青年へと成長を遂げるものの、やがては江戸市中で山師と呼ばわった奇人平賀源内の肖像。
素早い場面転換で矢継ぎ早に繰り出されるエピソードがテンポ良く積み重ねられる。膨大な台詞と多彩な動きに、溌剌として活力漲ったステージ。上演4時間に及ぼうかという長丁場を決してダレず飽きさせず疾走しきった出演者たちに拍手。
井上ひさしが人間の猥雑さを通して「源内」とその時代を語れば、蜷川は鏡を大胆に配置し観客の猥雑さを取り込んで今の時代を描き出す。前回「道元の冒険」とは感動の趣は大きく異なるが、楽しく面白く、刺激に満ちたステージ。
表の上川隆也も裏の勝村政信も良かった。他の出演者達もレベルが高く台詞、歌、切れのある動きは気持ち良く、脇を固める女性陣の健闘も印象的。
後半は尻が痛くなって再三座り直したりし、連日の公演を続ける出演者達の疲労はいかばかりかと思うが、公演も終盤に入って疲れの微塵も感じられないステージを続けている役者魂にも脱帽。
2F−M27
シアターコクーン
作 井上ひさし
演 出 蜷川幸雄
音 楽 朝比奈尚行
出 演 上川隆也、勝村政信、高岡早紀、豊原功補、篠原ともえ、
高橋努、大石継太、立石凉子、六平直政 他
2008/07/24
道元の冒険 シアター・コクーン
親鸞、道元等、新仏教の台頭に既成勢力の延暦寺は危機感を深めている。道元も苦難を覚悟し、弟子達を戒めているが、近頃どういうわけか婦女暴行の罪で囚われた男の夢ばかり見る。折しも、弟子達が開山記念に奉納する「道元禅師半生記」を前に、悟りを極めた自分と婦女暴行犯の意識の狭間に漂い出る。
劇中劇「道元禅師半生記」がその時代と道元の果たした役割を分かりやすく、面白く提示し、曹洞宗に対する理解が一挙に深まったような気分に。作者の独壇場ともいえる言葉遊び。鋭い風刺が心地よいリズム、快適なテンポで放たれる。役者達が早変わりと体技で何役も演じ分ける様は、簡潔で無駄がない。随所で繰り広げられる歌と踊りも、出演者達の共感度が深くいい感じだ。
阿部寛は立っても座っても品と迫力がある。北村有起哉の明るくスポーティーな道元が楽しい。木場勝己の重々しさが苦手なのだが、今回の軽さは良かった。場面転換は洗練され速度もあって気持ちがよい。前半を締めくくる、船が中国へと向かう場面のイマジネーション豊かな処理が素晴らしい。
そして何より、楽しませ、感化する、井上ひさしの脚本が見事だ。元々は上演するに6、7時間は必要という膨大な、体力気力横溢し、コントロールしきれないぐらいの勢いで若さが爆発した作品だったらしい。初演から37年、今回の改作との違いは分からないが、ちりばめられた伏線が見事に回収され、謎が解けてテーマがくっきりと立ち上がるエキサイティングな作劇。据えっぱなしだった舞台背景の意味に改めて気付かされる快感もうれしかった。この作品をリードしたのが75歳になろうとする作家と演出家だということにも改めて驚かされる。刺激的な舞台。客席に大竹しのぶ。
脚本 井上ひさし
演出 蜷川幸雄
出演 阿部寛 / 栗山千明 / 北村有起哉 / 横山めぐみ / 高橋洋 / 大石継太 / 片岡サチ / 池谷のぶえ / 神保共子 / 木場勝己 他
2008/7/23(水)13:00
劇中劇「道元禅師半生記」がその時代と道元の果たした役割を分かりやすく、面白く提示し、曹洞宗に対する理解が一挙に深まったような気分に。作者の独壇場ともいえる言葉遊び。鋭い風刺が心地よいリズム、快適なテンポで放たれる。役者達が早変わりと体技で何役も演じ分ける様は、簡潔で無駄がない。随所で繰り広げられる歌と踊りも、出演者達の共感度が深くいい感じだ。
阿部寛は立っても座っても品と迫力がある。北村有起哉の明るくスポーティーな道元が楽しい。木場勝己の重々しさが苦手なのだが、今回の軽さは良かった。場面転換は洗練され速度もあって気持ちがよい。前半を締めくくる、船が中国へと向かう場面のイマジネーション豊かな処理が素晴らしい。
そして何より、楽しませ、感化する、井上ひさしの脚本が見事だ。元々は上演するに6、7時間は必要という膨大な、体力気力横溢し、コントロールしきれないぐらいの勢いで若さが爆発した作品だったらしい。初演から37年、今回の改作との違いは分からないが、ちりばめられた伏線が見事に回収され、謎が解けてテーマがくっきりと立ち上がるエキサイティングな作劇。据えっぱなしだった舞台背景の意味に改めて気付かされる快感もうれしかった。この作品をリードしたのが75歳になろうとする作家と演出家だということにも改めて驚かされる。刺激的な舞台。客席に大竹しのぶ。
脚本 井上ひさし
演出 蜷川幸雄
出演 阿部寛 / 栗山千明 / 北村有起哉 / 横山めぐみ / 高橋洋 / 大石継太 / 片岡サチ / 池谷のぶえ / 神保共子 / 木場勝己 他
2008/7/23(水)13:00
2008/07/20
SHINKANSEN☆RX(新感線☆RX)『五右衛門ロック』
10年以上前、子供達が小学生だった頃、「ピーター・パン」を観に来て以来の新宿コマ。今回、新感線がコマのどでかい空間をどう料理するか楽しみに出かけた。
釜茹での刑を逃れた石川五右衛門は手下共と国外へ出奔。しかし嵐で船は難破。流れ着いた先は欧州列強が虎視眈々と狙う結晶石を産出する宝の島。そこはダースベーダーのような男が君臨する難攻不落の島でもあった。というようなストーリーだが、北大路と森山未來のダースベーダ対ルーク的な親子の確執を軸に、古田と江口のルパンと銭形のような追っかけに松雪泰子が峰不二子的な華を添え、濱田マリと橋本じゅんがシェークスピアな陰謀史観で笑わせるというにぎやかな展開。
コマのステージに細かい芝居は不向きで、その分派手な音響とスペキュタキュラーなパフォーマンスでよりスケールアップしたステージにとの狙いは、派手さに魅力と説得力を与えるキャスティングともあいまって、豪華さも様になっている。それにつけても、松雪泰子、江口洋介など花形役者のオーラ、存在感の素晴らしさ、姿形の良さだけで空間を支えているのは流石で、更にその上をいく北大路欣也の、登場しただけで劇場全体を支配してしまう大きさはまったく大したもんなのだった。森山未來は何時もながら力一杯の頑張りだがメタル・マクベスの時より余裕が感じられた。人間の器が小さい夫をけなすのでなく、その小ささが好きと歌う濱田マリは可笑しくて、キュートさも魅力的。
派手でエネルギッシュ。何でもありのにぎやかな舞台は、その昔の「雲の上団五郎一座」を思わせる楽しさ。豪華な客演陣を鷹揚に受け止める古田新太、その自信と色気にカーテンコールの熱気も更に上昇して、余裕の座長芝居なのである。
【作】中島かずき
【演出】いのうえひでのり
【出演】古田新太//森山未來/江口洋介/川平慈英/濱田マリ/橋本じゅん/高田聖子/粟根まこと/北大路欣也/他
釜茹での刑を逃れた石川五右衛門は手下共と国外へ出奔。しかし嵐で船は難破。流れ着いた先は欧州列強が虎視眈々と狙う結晶石を産出する宝の島。そこはダースベーダーのような男が君臨する難攻不落の島でもあった。というようなストーリーだが、北大路と森山未來のダースベーダ対ルーク的な親子の確執を軸に、古田と江口のルパンと銭形のような追っかけに松雪泰子が峰不二子的な華を添え、濱田マリと橋本じゅんがシェークスピアな陰謀史観で笑わせるというにぎやかな展開。
コマのステージに細かい芝居は不向きで、その分派手な音響とスペキュタキュラーなパフォーマンスでよりスケールアップしたステージにとの狙いは、派手さに魅力と説得力を与えるキャスティングともあいまって、豪華さも様になっている。それにつけても、松雪泰子、江口洋介など花形役者のオーラ、存在感の素晴らしさ、姿形の良さだけで空間を支えているのは流石で、更にその上をいく北大路欣也の、登場しただけで劇場全体を支配してしまう大きさはまったく大したもんなのだった。森山未來は何時もながら力一杯の頑張りだがメタル・マクベスの時より余裕が感じられた。人間の器が小さい夫をけなすのでなく、その小ささが好きと歌う濱田マリは可笑しくて、キュートさも魅力的。
派手でエネルギッシュ。何でもありのにぎやかな舞台は、その昔の「雲の上団五郎一座」を思わせる楽しさ。豪華な客演陣を鷹揚に受け止める古田新太、その自信と色気にカーテンコールの熱気も更に上昇して、余裕の座長芝居なのである。
【作】中島かずき
【演出】いのうえひでのり
【出演】古田新太//森山未來/江口洋介/川平慈英/濱田マリ/橋本じゅん/高田聖子/粟根まこと/北大路欣也/他
2008/01/04
劇団四季「ウェストサイド物語」
駅伝復路の応援して平塚駅。ホームで上りの電車を待つ。普段の休みより人が多いが列の前だし席には座れるはずだったが、列車到着とは反対側のホームに立っていたことに気がつかず、席にはありつけなかった。実に間抜けだ。
結局下車駅まで立ちっぱなしで実に疲れた。
浜松町下車、劇団四季秋劇場の「ウェストサイド物語」を観る。
序曲が終わり、ジェツとシャークスの群舞が始まる。ローバート・ワイズの映画版を彷彿とさせる。というのは順序が逆だが、映画化作品に刷り込みされた世代だからしょうがない。ジェッツのリーダーはいかにもラス・タンブリンだし、あの背の高いのは明らかにタッカー・スミス。しかも、シャークスのベルナルドなど体形から身のこなしまでジョージ・チャキリス以外の何者でもない。というハイレベルなそっくりさんたち。その他も主要なキャラはみんな映画のコピーなのだ。オリジナルの振付けを再現しているという四季のステージだが、オリジナルの尊重がこのそっくりショーなのかよく分からない。
それはともかく、ダンスはキレがあり、歌唱は伸びがあり、ミュージカル場面はテンポよく迫力もある。しかし、普通の台詞は滑舌も口跡もしっかりして聞き取り易いが、何と言うか、高校演劇部の発声練習のようだ。生活感もなく個性的でもない。では、この統一感が四季という劇団の色合いなのかと思った。
高架道路の下の決闘を止めろとマリアに頼まれたトニーの仲裁にもかかわらず、リフは殺され、逆上したトニーがベルナルドを刺し殺す。現場から逃げたトニーはマリアの部屋に匿われ、そこで二人は結ばれる。映画ではベッドに横たわる二人を暗示的に映し、その後マリアを訪ねて来たアニタがそれを見とがめるという流れだったが、オリジナルのステージでは、ベッドに入る前の二人が、真っ白な空間で幾組かのカップルとともにロマンティックなダンスを繰り広げる場面が幻想として挿入されていた。とても美しいシーンで驚いた。9.11以降も色あせることなく、むしろこの作品に一層の輝きを添えているシーンではなかろうか。
それにしても、マリアというのは危険だ。マリアがトニーに決闘をやめさせるように頼まなければ、リフもベルナルドも死なずに済んでいたかも知れない。マリアがアニタにトニーへの伝言を頼まなければ、トニーが死ぬことも無かったかも知れない。しかるにマリアは、最愛の兄と恋人を一瞬のうちに失った悲劇的かつイノセントなヒロインとして退場する。ウエストサイド物語から、無垢なものは時に残酷で恐ろしいなんぞの教訓を汲み取るのは筋違いだが、そんなふうに感じさせるくらいのファムファタール振りをマリアは示している。今は無き丸の内ピカデリーで見て以来何度も繰り返し見た大好きな作品だが、
そんわけでナタリー・ウッドは好きになったことがない。
結局下車駅まで立ちっぱなしで実に疲れた。
浜松町下車、劇団四季秋劇場の「ウェストサイド物語」を観る。
序曲が終わり、ジェツとシャークスの群舞が始まる。ローバート・ワイズの映画版を彷彿とさせる。というのは順序が逆だが、映画化作品に刷り込みされた世代だからしょうがない。ジェッツのリーダーはいかにもラス・タンブリンだし、あの背の高いのは明らかにタッカー・スミス。しかも、シャークスのベルナルドなど体形から身のこなしまでジョージ・チャキリス以外の何者でもない。というハイレベルなそっくりさんたち。その他も主要なキャラはみんな映画のコピーなのだ。オリジナルの振付けを再現しているという四季のステージだが、オリジナルの尊重がこのそっくりショーなのかよく分からない。
それはともかく、ダンスはキレがあり、歌唱は伸びがあり、ミュージカル場面はテンポよく迫力もある。しかし、普通の台詞は滑舌も口跡もしっかりして聞き取り易いが、何と言うか、高校演劇部の発声練習のようだ。生活感もなく個性的でもない。では、この統一感が四季という劇団の色合いなのかと思った。
高架道路の下の決闘を止めろとマリアに頼まれたトニーの仲裁にもかかわらず、リフは殺され、逆上したトニーがベルナルドを刺し殺す。現場から逃げたトニーはマリアの部屋に匿われ、そこで二人は結ばれる。映画ではベッドに横たわる二人を暗示的に映し、その後マリアを訪ねて来たアニタがそれを見とがめるという流れだったが、オリジナルのステージでは、ベッドに入る前の二人が、真っ白な空間で幾組かのカップルとともにロマンティックなダンスを繰り広げる場面が幻想として挿入されていた。とても美しいシーンで驚いた。9.11以降も色あせることなく、むしろこの作品に一層の輝きを添えているシーンではなかろうか。
それにしても、マリアというのは危険だ。マリアがトニーに決闘をやめさせるように頼まなければ、リフもベルナルドも死なずに済んでいたかも知れない。マリアがアニタにトニーへの伝言を頼まなければ、トニーが死ぬことも無かったかも知れない。しかるにマリアは、最愛の兄と恋人を一瞬のうちに失った悲劇的かつイノセントなヒロインとして退場する。ウエストサイド物語から、無垢なものは時に残酷で恐ろしいなんぞの教訓を汲み取るのは筋違いだが、そんなふうに感じさせるくらいのファムファタール振りをマリアは示している。今は無き丸の内ピカデリーで見て以来何度も繰り返し見た大好きな作品だが、
そんわけでナタリー・ウッドは好きになったことがない。
2007/12/28
恐れを知らぬ川上音二郎一座
明治32年、サンフランシスコから全米巡業の途についた川上音二郎一座。
悪戦苦闘の公演を続けるがマネージャーが金を持ち逃げ、やっとたどり着いたボストンで座員も分裂、一座は進退窮まってしまう。そこで「ヴェニスの商人」の日本語上演という奇策を思いつき、何とかペテンで切り抜けようと奮闘する音二郎一行を描いた三谷幸喜の新作。
本邦初の「女優」誕生の経緯も絡めて、シアタークリエのこけら落としとは、ユースケ・サンタマリアと常盤貴子の初舞台コンビ。脇を実力と個性のベテランががっちり固めて楽しく華やかな娯楽作。
はったりを利かせた興行師でもある川上音二郎というキャラはユースケの柄。座長公演で役柄も座長というポジションだけに出番は多いが、明るく前向きな良い人というだけで柄を強調することもなく特段の見せ場も無い。
それに対して、声をからして八面六臂の大活躍を見せる堺正章。勢いの良さに若々しさが爆発する堀内敬子。瞬発力を三次元に炸裂させた阿南健治。達者なコメディエンヌ振りの瀬戸カトリーヌ。徒で伝法なキャラに思いがけない陰影を刻んだ戸田恵子等、他の人たちにはここぞという場面がもれなく用意され、それぞれが気持ち良さそうに演じ魅力を発揮している。
苦しい公演を何とか成功させた音二郎に妻が言う。
「あなたがここ迄みんなを引っ張って来たんじゃない。みんなに引っ張られてあなたはここ迄来れたのよ」
アクの強さが持ち味のユースケが意外に大人しく、これと言った見せ場が無いのは、どんなカリスマがいようとも、カンパニーはアンサンブル命なのだと、このテーマがあればこそかと納得した。
バラエティーともボードビルとも言えるノリと展開で楽しませながら大型喜劇として締めくくる。興行師にも役者にも観客にも旺盛なサービス精神を等しく発揮した三谷幸喜の力作。もっと刈り込んだ方がすっきりしそうな所もあるが、シアタークリエの杮落としとして求められる要素を十二分に満たしたご祝儀な作劇術としての見応えも大きかった。
出演 ユースケ・サンタマリア、常盤貴子、戸田恵子 、 堺雅人、堺正章他
作・演出 三谷幸喜
シアタークリエ
12/23 13列5
芸術座改めシアタークリエって事で、帝劇と並ぶ東宝のフラッグシップとも言える劇場は最新の技術と思想でどれほど素晴らしく生まれ変わったものかと、小屋そのものへの興味と期待感が大きかったのだが、今時こんな空間処理かと思わせる狭苦しさには失望するより驚きだった。ロビー、通路、シート、トイレのどこをとって狭苦しい。余裕がない。最悪である。
演劇を単に金儲けの手段としても構わないが、金儲けにしても、もっと気持ちよく、沢山お金を使わせるための哲学なり戦略があればまだしも、そんなものはみじんも感じさせない内部空間。休憩時間に女性用トイレから伸びた行列の異常な長さも12000円のチケ代に相応しからざる異様な光景。地下2階から地上へと、火でも出ようものならまず逃げられないと思わせる階段の狭さにも、東宝の性根の悪さ、体質が伺われる。東宝映画、日劇、東宝名人会、昔の東宝は都会的で洗練されたイメージだったが、このクリエは北朝鮮並みではないか。ほんとがっかりである。
悪戦苦闘の公演を続けるがマネージャーが金を持ち逃げ、やっとたどり着いたボストンで座員も分裂、一座は進退窮まってしまう。そこで「ヴェニスの商人」の日本語上演という奇策を思いつき、何とかペテンで切り抜けようと奮闘する音二郎一行を描いた三谷幸喜の新作。
本邦初の「女優」誕生の経緯も絡めて、シアタークリエのこけら落としとは、ユースケ・サンタマリアと常盤貴子の初舞台コンビ。脇を実力と個性のベテランががっちり固めて楽しく華やかな娯楽作。
はったりを利かせた興行師でもある川上音二郎というキャラはユースケの柄。座長公演で役柄も座長というポジションだけに出番は多いが、明るく前向きな良い人というだけで柄を強調することもなく特段の見せ場も無い。
それに対して、声をからして八面六臂の大活躍を見せる堺正章。勢いの良さに若々しさが爆発する堀内敬子。瞬発力を三次元に炸裂させた阿南健治。達者なコメディエンヌ振りの瀬戸カトリーヌ。徒で伝法なキャラに思いがけない陰影を刻んだ戸田恵子等、他の人たちにはここぞという場面がもれなく用意され、それぞれが気持ち良さそうに演じ魅力を発揮している。
苦しい公演を何とか成功させた音二郎に妻が言う。
「あなたがここ迄みんなを引っ張って来たんじゃない。みんなに引っ張られてあなたはここ迄来れたのよ」
アクの強さが持ち味のユースケが意外に大人しく、これと言った見せ場が無いのは、どんなカリスマがいようとも、カンパニーはアンサンブル命なのだと、このテーマがあればこそかと納得した。
バラエティーともボードビルとも言えるノリと展開で楽しませながら大型喜劇として締めくくる。興行師にも役者にも観客にも旺盛なサービス精神を等しく発揮した三谷幸喜の力作。もっと刈り込んだ方がすっきりしそうな所もあるが、シアタークリエの杮落としとして求められる要素を十二分に満たしたご祝儀な作劇術としての見応えも大きかった。
出演 ユースケ・サンタマリア、常盤貴子、戸田恵子 、 堺雅人、堺正章他
作・演出 三谷幸喜
シアタークリエ
12/23 13列5
芸術座改めシアタークリエって事で、帝劇と並ぶ東宝のフラッグシップとも言える劇場は最新の技術と思想でどれほど素晴らしく生まれ変わったものかと、小屋そのものへの興味と期待感が大きかったのだが、今時こんな空間処理かと思わせる狭苦しさには失望するより驚きだった。ロビー、通路、シート、トイレのどこをとって狭苦しい。余裕がない。最悪である。
演劇を単に金儲けの手段としても構わないが、金儲けにしても、もっと気持ちよく、沢山お金を使わせるための哲学なり戦略があればまだしも、そんなものはみじんも感じさせない内部空間。休憩時間に女性用トイレから伸びた行列の異常な長さも12000円のチケ代に相応しからざる異様な光景。地下2階から地上へと、火でも出ようものならまず逃げられないと思わせる階段の狭さにも、東宝の性根の悪さ、体質が伺われる。東宝映画、日劇、東宝名人会、昔の東宝は都会的で洗練されたイメージだったが、このクリエは北朝鮮並みではないか。ほんとがっかりである。
2007/12/15
ビューティー・クイーン・オブ・リナーン

アイルランドの荒涼とした丘に建つ一軒家に暮らす親子。底意地悪く頑固な母と、そんな母の介護に花の盛りを捧げた娘。娘の希望は母の絶望。傷つけ合いながら依存せずにはおられない二人の、際どい綱引きの均衡は、保たれるのも破られるのも、己の幸せを求める心の故だった。
水道から水も出ればガスコンロには火がつく。リアルに設えられたリビングキッチンを縦横に動き回る大竹しのぶの娘。ロッキングチェアに凝固したような白石加代子の母。化け物のような変幻自在振りを発揮する2大女優が、母のエゴと娘の被害者意識のドロドロとを激しくぶつけあう。力と技と存在感が火花を散らし、ブラックな笑いが振りまかれ、一層危ない感じを募らせていく。そうそう、こういうガチンコ対決が観たかったのだ。期待に違わぬ白石、大竹の競演。
しかし、休憩を挟んだ後半は、悲劇へと上り詰めていくにつれて、何だか乗れなくなってしまったのだ。一つには、大竹と田中の演技が自然体なのに対し、白石は表情姿勢声から入念な役作りで、様式に落とし込んだキャラクター表現をしている。これが始めは気にならなかったが次第に気になってしまい、更に、長塚圭史の演劇的、記号的だが深みに乏しい演技もが加わって、少し引き気味になった事は確かだ。
アイルランドの社会と時代の閉塞感が二重三重に映し込まれたシナリオ。テンポよく応酬される悪口雑言。優れた表現者の魅力的なパフォーマンス。実力ある人たちによる魅力的な舞台だが、シナリオを細部にわたって視覚化しすぎているようにも思えた。
ビューティー・クイーン・オブ・リナーン。町一番のべっぴんと呼ばれた娘だが、大竹は野暮ったく、田中はもっと汚れている方が悲劇性は際立つ。全体にもっとストイックな表現が欲しかった。
12月14日(金)ロビーに古田新太がいた。
パルコ劇場
作 マーティン・マクドナー
演出 長塚圭史
出演 大竹しのぶ 白石加代子 田中哲司 長塚圭史
2007/08/17
なんばグランド花月 8月
在米の愚息2号が、日本に帰るが京都、沖縄にいくので家には寄らぬと言ってきた。嘆かわしいことだが、2号には2号なりの事情もあるようだ。なら、こちらからと京都まで顔を見に行った。親ばかだが、行きがけの駄賃に吉本新喜劇をセットした。前は全席売り切れでスゴスゴと引き揚げたこともあり、今回は事前にオンラインでチケット購入した。
ザ・プラン9という5人組、つっこみ1人にボケが4人という若手の集団。4人のボケが徐々にエスカレートしたり転調したりと、多彩な波状攻撃をかます見せ方がスマートで、脱力感も程が良い。初めて見たがとてもよかった。
久しぶりの吉本新喜劇は、病院の跡取り息子と看護婦(実はヤクザの跡取り娘)の恋愛騒動。ミスターオクレの入院患者とか、山田花子の看護婦ぐらいしか名前が分からず、知らない顔が増えていたが、ぬるいお湯で半身浴しているような独特のリラックス感は他では得られない楽しさ。
アクロバット、ビッキーズの後は、宮川大助病欠のため花子師一人で二人分の働き。続いて登場したオール阪神・巨人が凄かった。もともと巧さでは定評がある阪神巨人だが、さらに円熟味を増したステージ。あっという間に観客をひき込み、後は縦横無尽に引き回す。こちらは言われるままに揚げられ下げられ引き寄せられ放り出されて館内大爆発。堪能し感動させられた。結構客席を沸かせた後でも、お辞儀をして客席に背中を向けたとたんに、それまでの雰囲気が嘘のような冷めた表情が背中に出てしまう中堅若手は随分多いのだが、オール阪神・巨人クラスになると袖に入るまで演じきっている。隙を見せない気持よさ。背中は大事だ。
トリは桂三枝師。関西人気質をモチーフに、オール阪神・巨人が最大に押し上げた館内の興奮をクールダウンするような語りと客いじり。観客を穏やかな気分で夜の巷に送り出したる、そんな気配も感じさせる余裕の高座。
花月を出て軽く食事。ネット予約したホテル・ル・ボテジュールに投宿。名前を見て何か変だなと思ったら案の定、ぼてじゅうグループの経営だ。お好み焼きもフレンチにしてまう。流石関西なのだ。
ザ・プラン9という5人組、つっこみ1人にボケが4人という若手の集団。4人のボケが徐々にエスカレートしたり転調したりと、多彩な波状攻撃をかます見せ方がスマートで、脱力感も程が良い。初めて見たがとてもよかった。
久しぶりの吉本新喜劇は、病院の跡取り息子と看護婦(実はヤクザの跡取り娘)の恋愛騒動。ミスターオクレの入院患者とか、山田花子の看護婦ぐらいしか名前が分からず、知らない顔が増えていたが、ぬるいお湯で半身浴しているような独特のリラックス感は他では得られない楽しさ。
アクロバット、ビッキーズの後は、宮川大助病欠のため花子師一人で二人分の働き。続いて登場したオール阪神・巨人が凄かった。もともと巧さでは定評がある阪神巨人だが、さらに円熟味を増したステージ。あっという間に観客をひき込み、後は縦横無尽に引き回す。こちらは言われるままに揚げられ下げられ引き寄せられ放り出されて館内大爆発。堪能し感動させられた。結構客席を沸かせた後でも、お辞儀をして客席に背中を向けたとたんに、それまでの雰囲気が嘘のような冷めた表情が背中に出てしまう中堅若手は随分多いのだが、オール阪神・巨人クラスになると袖に入るまで演じきっている。隙を見せない気持よさ。背中は大事だ。
トリは桂三枝師。関西人気質をモチーフに、オール阪神・巨人が最大に押し上げた館内の興奮をクールダウンするような語りと客いじり。観客を穏やかな気分で夜の巷に送り出したる、そんな気配も感じさせる余裕の高座。
花月を出て軽く食事。ネット予約したホテル・ル・ボテジュールに投宿。名前を見て何か変だなと思ったら案の定、ぼてじゅうグループの経営だ。お好み焼きもフレンチにしてまう。流石関西なのだ。
2007/08/04
ロマンス 世田谷パブリックシアター
井上ひさしの新作。大竹しのぶと松たか子の共演にどんなドラマが用意されるか、今を代表する女優同士のドロドロなバトルを観てみたい。そんなミーハー気分から初日のチケを取った。しかし、幕が上がって繰り広げられたのはチェーホフの生涯。それも、何より笑いを重視し、素晴らしいボードビルのステージを作ることを目指していたチェーホフという前提から、舞台は軽妙な演技と歌声で綴るコメディー仕立ての音楽劇となっている。
チェーホフのことは何も知らないもんで、この評伝形式を借りた井上ひさしによるチェーホフ論とも言うべき内容は勉強になった。少年、青年、壮年、老年の4期に分けたチェーホフを4人の役者が演じるという演出。男優は目まぐるしく役どころが入れ替わるが、松たか子が一貫して妹を演じていることから、変化するチェーホフの個性の違いにも違和感はなく、かえって新鮮な刺激になっていたのも、ボードビル的演出の冴えというべきか。
壮年期を演じた段田安則がいい。ドロドロこそなかったが、大竹しのぶの、スケールと振幅も自由自在な演技は流石だ。松たか子も唄の巧さと切れのいい動きで輝いていた。それぞれの場面で見せ場はあるが、生瀬勝久の発散するエネルギーと軽さ、そこに若干の狂気が加味された演技はこの作品のテーマ、精神を見事に体現している。楽しい。
納得いかないのは終盤、トルストイを挟んでスタニスラフスキーと対話する晩年のチェーホフを演じた木場勝己の荘重深刻さ。あの過剰ともいえる深刻な発声とセリフ回しは、明らかに周囲から浮いき上がり、アンサンブルを壊していた。もっと軽く見せた方ら、もっと気持よい幕引きになりそうだった。
ロマンス 8月3日 世田谷パブリックシアター H-29
作 井上ひさし
演出 栗山民也
音楽 宇野誠一郎
美術 石井強司
照明 服部基
出演 大竹しのぶ、松たか子、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄、木場勝己
チェーホフのことは何も知らないもんで、この評伝形式を借りた井上ひさしによるチェーホフ論とも言うべき内容は勉強になった。少年、青年、壮年、老年の4期に分けたチェーホフを4人の役者が演じるという演出。男優は目まぐるしく役どころが入れ替わるが、松たか子が一貫して妹を演じていることから、変化するチェーホフの個性の違いにも違和感はなく、かえって新鮮な刺激になっていたのも、ボードビル的演出の冴えというべきか。
壮年期を演じた段田安則がいい。ドロドロこそなかったが、大竹しのぶの、スケールと振幅も自由自在な演技は流石だ。松たか子も唄の巧さと切れのいい動きで輝いていた。それぞれの場面で見せ場はあるが、生瀬勝久の発散するエネルギーと軽さ、そこに若干の狂気が加味された演技はこの作品のテーマ、精神を見事に体現している。楽しい。
納得いかないのは終盤、トルストイを挟んでスタニスラフスキーと対話する晩年のチェーホフを演じた木場勝己の荘重深刻さ。あの過剰ともいえる深刻な発声とセリフ回しは、明らかに周囲から浮いき上がり、アンサンブルを壊していた。もっと軽く見せた方ら、もっと気持よい幕引きになりそうだった。
ロマンス 8月3日 世田谷パブリックシアター H-29
作 井上ひさし
演出 栗山民也
音楽 宇野誠一郎
美術 石井強司
照明 服部基
出演 大竹しのぶ、松たか子、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄、木場勝己
2007/05/21
藪原検校 シアターコクーン

按摩、鍼灸などで細々と生計を立てる座頭から、盲人の頂点に立つ検校まで。独自の階級に組織化されていた江戸時代の盲人社会。貧しい座頭の杉の市は度胸と才覚で頭角を顕し、目明きに伍しで天下を取ろうと悪の限りを尽くすが、階段を上りつめようとしたその時、時代は大きく転回していた。
風雪に晒されたような板戸を隙間なく張り巡らせた装置に、寒村の貧しさや閉塞感が浮かび上がり、舞台上の格子状に張り巡らされた何本ものロープが社会の枠組みや規制を象徴する。一人何役も割り当てられた役者達がステージの隅で着替えし待機している。テンポの良さと素早い転換。濃い男達が伝える悪をまっとうした悪党の魅力。
ふてぶてしさと愛嬌でのし上がって行く杉の市は古田新太にうってつけの役どころ。人を喰った、ピカレスクな主人公の柄を余すところなく演じている。男臭い役者達の危ない匂いが充満するステージにあって、田中裕子が発散させる雰囲気。これがヤバいくらいにエロな魅力なのである。この妖艶さはちょっと目が離せない。田中裕子ってこんなにいい女だったとは。今迄全く分かってなかった己の不明を恥じるばかリ。
金が全てと悪の華を咲かせる古田杉の市に対し、目明きよりも一層の徳目と勤勉さで盲人の矜持を保つべしとする塙保己一を格調高く演じた段田安則の名演が劇全体をスパイシーに引き締めて実に印象的。時代に歓迎された人気者がその人気故に時代と権力に裏切られる。何時の時代にもある話だが、暗ーい話を唄と語りに乗せながら軽妙に面白く見せてくれるが、この面白さは、今と言う時代の確な写り込みによる面白さでもある。
終演後、コーヒーなど飲んでいたら、近くのテーブルに座った人の中に蜷川幸雄氏がいた。血色もよく艶やかな様子はタフな仕事ぶりも納得の若々しさだった。
2007/03/18
トミー TOMMY 日生劇場 3/16

1月に観た「朧の森に棲む鬼」は、いのうえひでのりの演出が冴え渡った素晴らしいステージだった。 休む間もなくいのうえが3月にTOMMYを演出することを知って、The Whoもケン・ラッセルもリアルタイムだが、アルバムも映画も無縁にきたもので、TOMMYへの思い入れも特には無く、単に、いのうえひでのりの演出観たさでチケットを買う。
http://blog.eplus.co.jp/tommy/
父親の殺人を目撃し、以来感覚を遮断、三重苦となったトミー。外界との接点を閉ざした少年は長じてピンボールゲームの才能を開花させ、天 才的プレーヤーとして世界の頂点に立つ。更に三重苦から解放され、奇跡の教祖として祭り上げられるが挫折。そのどん底に真の解放が訪れる。
いのうえは「メタル・マクベス」のバリエーションとも言える手法の、LEDスクリーンの映像を駆使し、スピーディーな場面転換でグイグイ押し てくる。大掛かりなセットを組んだメタルマクベスでは、あくまで補助的な役割だったスクリーンだったが、今回はセットに変わる背景として全場面を支えている。状況設定も明瞭だし、転換はスピーディーだが、見慣れてしまえば舞台の演出として手抜き感は否め無い。その分、小道具のデザインや使い方はポップで、おもちゃ箱をひっくり返したような勢いはある。
客席はロックと言うよりクラシックのように静かだったが、変態右近やサディストROLLYのパフォーマンス辺りからテンションは上向き、「The Acid Queen」で完全にスイッチが入った。更に「Pinball Wizard」で盛り上がりは最高潮に。名曲には人を動かす力がある。名曲たる所以だ。
ステージ客席が一体となった「Pinball Wizard」で15分の休憩となったが、むしろこのまま突っ走ってほしかった。後半は展開がシリアスでテンションも低めに推移するため、前半の高揚感が後半へと繋がり難いのは当然にしても、TOMMYの内的な成長など説明的に流れるだけで今ひとつ迫ってこない。ま、キャラクテーも記号的だし、情緒的な盛り上がりは狙いの外なのだろう。トミーの両親には両親という記号以上の演技は求められていなかった。というような意味ではステージ全体のアンサンブルはバランスがとれていたと思う。衣装デザインが以外と面白くなかったこと。個人技ではROLLYのヤバい存在感に魅力があった。
THE WHO’S「トミー」
■演出:いのうえひでのり
■出演:中川晃教 / 高岡早紀 / パク・トンハ / ソムン・タク / ROLLY / 右近健一 / 村木よし子 / 斉藤レイ / 他
■訳詞:湯川れい子 / 右近健一■翻訳:薛 珠麗■
2007/02/13
ひばり シアターコクーン 2月11日

舞台中央にしつらえられた正方形のステージを取り囲む三面に、フランス国王をはじめ軍人、聖職者が居並び、最後の一面は客席が占めているいう空間。そこは異端審問の法廷であり、天啓を受けたと称する農家の娘が、いかにフランス軍の先頭に立ち、イングランド兵を蹴散らし、勝利へと導くことができたか、その奇跡の事実と正統性が裁かれようとしている。
松たか子が蜷川幸雄の演出で挑むジャン・アヌイ。今の松たか子にジャンヌ・ダルクというのは、これ以上望むべくもないパーフェクトな組み合わせ。切れのある所作と発声。向こう気の強さと愛嬌で、きりっと背筋の伸びた純なキャラクターをやらせたら最強の演技者だろう。
実際、世間知らずの夢見がちな少女から、どんどん強靭な精神性を発揮し、抗し難い魅力で周囲を引っ張って行くジャンヌを、松は大きく生き生きと演 じて大層魅力的だ。次から次へとシチュエーションがかわり、入れ替わり立ち代わり相手役とのやり取りが続く正方形のステージは、膨大な台詞の応酬による格闘技のリングさな がら。そのほとんどの場の中心にあって、ジャンヌの輝きはいささかも曇らない。
利用できるものはとことん利用し、風向きが変わればとたんに打ち捨てられる。それが大人の世界、権力の、政治の正しい有り様だ。そんな 権力闘争の中枢に理想主義を持って臨んだジャンヌに断罪の時が訪れるのは必然でもある。忠誠を誓った国王に裏切られ、キリスト教徒としての自覚もむなしく教会にも裏切られるジャンヌ。異端審問官が舌鋒鋭くジャンヌの宗教観をとことん叩きつぶそうとする。信仰心がまっすぐ天に伸びて行くようなジャンヌ眼差し。圧 巻のクライマックスだ。
人間の全的な肯定を高らかに告げるジャンヌに恐れおののく教会の欺瞞。キリストの教えにも信仰にも自分は関わりがないが、アヌイは、どのような時 代、どのような人間にも起こりうる、人間の普遍的な問題として、見事に明晰な言葉で信念と共に生きる姿を提示する。ジャンヌが人間を全的に肯定しようとす る態度は、作者の立場そのものである。裏切りと欺瞞に満ちた、政治を、権力を描いても、単にそれを断罪することなく、人間の弱さへの深い共感と強さへの希望をもって幕を閉じる。なんと風格に溢れた戯曲だろう。
シンプルな象徴性に徹した演出はさすがに洗練されている。
見ている方が恥ずかしくなるようなことも無く安定感があった。
面白さと感動に背中を押され、スタンディングで拍手してしまった。
スタッフ
作:ジャン・アヌイ
翻訳:岩切正一郎
演出:蜷川幸雄
出 演
松たか子
橋本さとし
山崎一
磯部勉
小島聖
月影瞳
二瓶鮫一 編集
2007/01/26
朧の森に棲む鬼 新橋演舞場 1月6日
嘘と刀と奸計で天下取りに邁進する悪党染五郎が見せるとびっきりの悪の華。「マクベス」的設定と「リチャード3世」なキャラクターに酒呑童子を絡ませたストーリーに、いのうえ歌舞伎とうたわれるに相応しい肉付けがたっぷりなされ、いかにも劇団新感染らしい舞台。
戦乱の続く世に、嘘八百でのし上がって行く染五郎の色気。テンションの高さと切れの良さできっちり笑わせる阿部サダヲ。人を喰ったふてぶてしさで 他を圧する古田新太。染五郎に絡む高田聖子の軟弱と秋山菜津子のシリアスの鮮やかなコントラストもいい。激しさと派手さで見せるチャンバラも楽しい。
衣装、美術の素晴らしさは定評のあるところだが、染五郎のキャリアアップに応じて上等になっていく衣装のすてきな事。染五郎がどんどん悪党面にな るメイク。ロングコート風の陣羽織とかメタル鎧とか和装のアレンジや色使いの楽しさ。舞台装置も光と影を効果的に使い、密度と奥行きも十分。場面転換も無 駄無く、花道の使い方も効果的で観客をだれさせる事も皆無。音楽も良かった。
とにかく、休憩時間を含む3時間半、悪は一時栄えてもやがて滅びるという当たり前を、長さ感じさずに面白さと迫力で一気に見せきったのは素晴らしい。商業演劇のメッカでの正月公演に相応しく華麗でハイセンスなステージ。いや、堪能した。
出演
市川 染五郎
阿部 サダヲ
秋山 菜津子
真木 よう子
高田 聖子
粟根 まこと
古田 新太
作 中島かずき
演出 いのうえひでのり
戦乱の続く世に、嘘八百でのし上がって行く染五郎の色気。テンションの高さと切れの良さできっちり笑わせる阿部サダヲ。人を喰ったふてぶてしさで 他を圧する古田新太。染五郎に絡む高田聖子の軟弱と秋山菜津子のシリアスの鮮やかなコントラストもいい。激しさと派手さで見せるチャンバラも楽しい。
衣装、美術の素晴らしさは定評のあるところだが、染五郎のキャリアアップに応じて上等になっていく衣装のすてきな事。染五郎がどんどん悪党面にな るメイク。ロングコート風の陣羽織とかメタル鎧とか和装のアレンジや色使いの楽しさ。舞台装置も光と影を効果的に使い、密度と奥行きも十分。場面転換も無 駄無く、花道の使い方も効果的で観客をだれさせる事も皆無。音楽も良かった。
とにかく、休憩時間を含む3時間半、悪は一時栄えてもやがて滅びるという当たり前を、長さ感じさずに面白さと迫力で一気に見せきったのは素晴らしい。商業演劇のメッカでの正月公演に相応しく華麗でハイセンスなステージ。いや、堪能した。
出演
市川 染五郎
阿部 サダヲ
秋山 菜津子
真木 よう子
高田 聖子
粟根 まこと
古田 新太
作 中島かずき
演出 いのうえひでのり
登録:
投稿 (Atom)