
舞台中央にしつらえられた正方形のステージを取り囲む三面に、フランス国王をはじめ軍人、聖職者が居並び、最後の一面は客席が占めているいう空間。そこは異端審問の法廷であり、天啓を受けたと称する農家の娘が、いかにフランス軍の先頭に立ち、イングランド兵を蹴散らし、勝利へと導くことができたか、その奇跡の事実と正統性が裁かれようとしている。
松たか子が蜷川幸雄の演出で挑むジャン・アヌイ。今の松たか子にジャンヌ・ダルクというのは、これ以上望むべくもないパーフェクトな組み合わせ。切れのある所作と発声。向こう気の強さと愛嬌で、きりっと背筋の伸びた純なキャラクターをやらせたら最強の演技者だろう。
実際、世間知らずの夢見がちな少女から、どんどん強靭な精神性を発揮し、抗し難い魅力で周囲を引っ張って行くジャンヌを、松は大きく生き生きと演 じて大層魅力的だ。次から次へとシチュエーションがかわり、入れ替わり立ち代わり相手役とのやり取りが続く正方形のステージは、膨大な台詞の応酬による格闘技のリングさな がら。そのほとんどの場の中心にあって、ジャンヌの輝きはいささかも曇らない。
利用できるものはとことん利用し、風向きが変わればとたんに打ち捨てられる。それが大人の世界、権力の、政治の正しい有り様だ。そんな 権力闘争の中枢に理想主義を持って臨んだジャンヌに断罪の時が訪れるのは必然でもある。忠誠を誓った国王に裏切られ、キリスト教徒としての自覚もむなしく教会にも裏切られるジャンヌ。異端審問官が舌鋒鋭くジャンヌの宗教観をとことん叩きつぶそうとする。信仰心がまっすぐ天に伸びて行くようなジャンヌ眼差し。圧 巻のクライマックスだ。
人間の全的な肯定を高らかに告げるジャンヌに恐れおののく教会の欺瞞。キリストの教えにも信仰にも自分は関わりがないが、アヌイは、どのような時 代、どのような人間にも起こりうる、人間の普遍的な問題として、見事に明晰な言葉で信念と共に生きる姿を提示する。ジャンヌが人間を全的に肯定しようとす る態度は、作者の立場そのものである。裏切りと欺瞞に満ちた、政治を、権力を描いても、単にそれを断罪することなく、人間の弱さへの深い共感と強さへの希望をもって幕を閉じる。なんと風格に溢れた戯曲だろう。
シンプルな象徴性に徹した演出はさすがに洗練されている。
見ている方が恥ずかしくなるようなことも無く安定感があった。
面白さと感動に背中を押され、スタンディングで拍手してしまった。
スタッフ
作:ジャン・アヌイ
翻訳:岩切正一郎
演出:蜷川幸雄
出 演
松たか子
橋本さとし
山崎一
磯部勉
小島聖
月影瞳
二瓶鮫一 編集