井上ひさしの新作。大竹しのぶと松たか子の共演にどんなドラマが用意されるか、今を代表する女優同士のドロドロなバトルを観てみたい。そんなミーハー気分から初日のチケを取った。しかし、幕が上がって繰り広げられたのはチェーホフの生涯。それも、何より笑いを重視し、素晴らしいボードビルのステージを作ることを目指していたチェーホフという前提から、舞台は軽妙な演技と歌声で綴るコメディー仕立ての音楽劇となっている。
チェーホフのことは何も知らないもんで、この評伝形式を借りた井上ひさしによるチェーホフ論とも言うべき内容は勉強になった。少年、青年、壮年、老年の4期に分けたチェーホフを4人の役者が演じるという演出。男優は目まぐるしく役どころが入れ替わるが、松たか子が一貫して妹を演じていることから、変化するチェーホフの個性の違いにも違和感はなく、かえって新鮮な刺激になっていたのも、ボードビル的演出の冴えというべきか。
壮年期を演じた段田安則がいい。ドロドロこそなかったが、大竹しのぶの、スケールと振幅も自由自在な演技は流石だ。松たか子も唄の巧さと切れのいい動きで輝いていた。それぞれの場面で見せ場はあるが、生瀬勝久の発散するエネルギーと軽さ、そこに若干の狂気が加味された演技はこの作品のテーマ、精神を見事に体現している。楽しい。
納得いかないのは終盤、トルストイを挟んでスタニスラフスキーと対話する晩年のチェーホフを演じた木場勝己の荘重深刻さ。あの過剰ともいえる深刻な発声とセリフ回しは、明らかに周囲から浮いき上がり、アンサンブルを壊していた。もっと軽く見せた方ら、もっと気持よい幕引きになりそうだった。
ロマンス 8月3日 世田谷パブリックシアター H-29
作 井上ひさし
演出 栗山民也
音楽 宇野誠一郎
美術 石井強司
照明 服部基
出演 大竹しのぶ、松たか子、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄、木場勝己