2007/08/17

路上の事件 ジョー・ゴアズ

大学を卒業し放浪の旅に出た青年が遭遇する事件の数々。ジョー・ゴアズが、事実とフィクションを完璧に混ぜ合わせることにつとめたという自伝的要素も濃厚な作。ヘミングウェイに憧れチャンドラーに心酔する作家志望の主人公が行くところ、やたらハードボイルド的な環境が整った空間なのが特徴で、ケルアックを連想させる邦題だが、ビートニックということではない。

ホーボーもどきの主人公は、風の吹くまま降り立った南部の町で、いわれの無い咎を受け重労働1ヶ月の刑に。冷徹な所長と地獄のような収容所生活から、メキシコでの狂躁の日々を経て、たどりついたラスベガスではマフィア絡みのトラブルに巻き込まれ世の儚さも思い知る。ロサンゼルスで転機を得て、サンフランシスコで探偵になる。

保守的、排他的な南部の収容所生活のパートは、名作「暴力脱獄」さながらで、クール・ハンド・ルークと呼ばれたポール・ニューマンとミラーグラスをかけた看守の姿が脳内スクリーンによみがえる。メキシコの無法地帯も定番なら、ラスベガスで主人公に殴り合いの極意を授けるヘビー級ボクサーには大鹿マロイのイメージがダブる。ロサンゼルスでは不法就労と新興宗教。サンフランシスコでは中国絡みのお宝をめぐる謎と裏切り。それぞれの場所にそれぞれ相応しい事件が配される様式美。エピソードもそれぞれ完結し、連作短編のような趣もあるが、何と言っても主人公の成長を見つめる教養小説としての魅力が全篇に貫かれているのが新鮮だし、面白さもひとしお、とにかく読ませる。

スタートからロサンゼルスの放浪編ともいうべき前半と、サンフランシスコで探偵になる修業編といいたい後半部。全600ページを大きく二つに分けて、前半300ページ強は、人間の光と影に直面する作家志望の青年の戸惑いや葛藤が瑞々しく描かれ、クライム派の青春小説として良く出来ている。完成度が高く、このまま最後までいけば文学史を飾る名著になりそうな予感もあった。

修業編は完全なハードボイルドミステリーとしての世界に突入して、主人公も当然それに応じた態度を身につけていく。事務所のボス、ドリンカー・コープの薫陶よろしく、めきめき頭角を顕す主人公には、やるかやられるかの生き方が備わり、持ち前の純なる気配もいつしか薄らいでいく。はたして、21歳の主人公が、1年にも満たない期間にこんな濃密な経験をし、人間的にこれほど厳しい変容を遂げるかということについてはどうしたって無理があると思う。素直に読めない。実に惜しい。

この点を除けば、この修行編は古風なハードボイルドタッチが横溢したミステリとして懐かしさもあり、文句なしに楽しめる。飲んだくれの詩人とか、魅力的、印象的なキャラクターも少なくない。
総じて、ジョー・ゴアズが自らのハードボイルド観をストレートに吐露したかのような作品。集大成とも読める面白さだが、作者が、事実とフィクションを完璧に混ぜ合わせることにつとめたことの功罪を考えさせられた。


原題:cases
題名:路上の事件
作者:ジョー・ゴアズ  訳:坂本憲一
出版:2007年7月30日  扶桑社
価格:1000円+税