2009/06/07

ターミネーター4


人類と機械の戦いという設定でジョン・コナーとターミネーターの追っかけを繰り広げてきたシリーズも、4作目に至って己のアイデンティティーについて苦悩する機械と人間のハイブリットがメインにという新展開。
今日的な問題を巧みに配し物語も流れによどみない。スカイネットの大規模な人間狩りで人が集められる場面などナチスの収容所に送り込まれたユダヤ人のようで、スカイネットの悪辣振りにも拍車がかかる一方、サム・ワーシントンが憂いとタフネスの垂れ流しでハイブリッドのマーカスを好演し、見せ場の数でも格好良さでもジョン・コナーを圧倒する大活躍だったのには驚いた。
クリスチャン・ベール的にはこの脚本で良く契約したもんだと思わせるほどだが、きっと5作目で盛り返せるということなのであろうか。マーカスをサポートする女優さんもかっこ良かった。

終末感溢れる荒涼とした風景にスカイネットのメカが人間めがけて襲いかかるアクションシーンなど、ビジュアルも文句のつけ様がない見事なもの。「スタートレック」でも感じたが、CG工房数ある中、やはりILM社の仕事はイメージの豊かさ処理の鮮やかさで他社を引き離している。ILMの絵にはひと味違うコクとうま味が詰まっている。人間と機械の違いを情と心臓だとまとめたエンディングにも納得。とても面白い。

原題:Terminator Salvation
監督:マックG
製作:モリッツ・ボーマン、ジェフリー・シルバー、ビクター・キュービセック、デレック・アンダーソン
製作総指揮:マリオ・カサール、アンドリュー・G・バイナ、ピーター・D・グラベス、ダン・リン、ジーン・オールグッド、ジョエル・B・マイケルズ
脚本:ジョン・ブランカート、マイケル・フェリス
撮影:シェーン・ハールバット
美術:マーティン・レイング
編集:コンラッド・バフ
音楽:ダニー・エルフマン
出演:クリスチャン・ベール、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン、ムーン・ブラッドグッド、ブライス・ダラス・ハワード、コモン、ジェーン・アレクサンダー、ヘレナ・ボナム・カーター
製作国:2009年アメリカ映画
上映時間:1時間54分
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2009/06/04

トワイライツ


あの時、別の決断をしていたら、その後の自分はどうなっていたか。というようなことは考えてどうなる事でもないから考えるだけ無駄なようなものだが、そうはいっても、やはりそんな考えが頭をもたげざるを得ないような状況に立ち至ってしまうことだって、生きている限りはどうしたってある。

うた子ちゃんに思いを寄せる薫。あの日の学校の帰り道で起きた出来事。その後の人生の岐路となったあの選択をもしリセットできるなら。チキン、マッチョ、道化、とリセットされループする薫とうた子のその後。

うた子を演じる鶴田真由に対する薫はタイプの異なる3人が演じ分けている。話がループを重ねるにつれ緊張感も高まり、尻上がりに面白くなっていく。技巧的だが切れ味の良い脚本と演出は、観念的な話をあまりそうとは感じさせずに見せてくれたと思う。ヒロインの兄が一挙に存在感を増すどんでん返しの衝撃。露口茂似の役者さんの上手さも印象に残った。


出演:古山憲太郎、津村知与支、小椋毅、西條義将(モダンスイマーズ)
   鶴田真由 山本亨 菅原永二 梨澤慧以子
作・演出:蓬莱竜太
鎌倉芸術館小ホール 6/4

2009/05/25

ウォーロード/男たちの誓い


清朝末期に勃発した太平天国の乱。敗戦を生きのびたジェット・リーは、アンディ・ラウと金城武兄弟率いる盗賊の群れに救われる。立身を望む兄弟と捲土重来を期する男の思惑が一致し、義兄弟の契りを交わした三人は、溢れる野望を胸に戦乱の世に打って出る。

理想主義が戦いの中で泥にまみれ潰えて行くというお話は、本や映画に繰り返し描かれる普遍的なものだし、「アラビアのロレンス」を筆頭に名作、傑作も数多い。この作品では義兄弟の3人、ジェット・リーの陰性にアンディ・ラウの陽性が対比され、そこに純粋、純情の金城武が絡みつくという具合に、それぞれの役者がはまり過ぎなほどにクッキリと個性が描き分けられ、彼らの行動によって物語が動いていく有様が説得的に描かれる。なかでも、許されぬ恋に苦悶する男を抑制された演技で見せたジェット・リーが泣かせる。相手役の女優さんの哀感もいい。このパートの豊潤さは魅力的。隅々まで神経の行き届いた仕事ぶりで、先行する優れた作品にも比肩する面白さを見せつける。ダイナミックなカメラワークと映像の美しさは特筆もの。この監督は力があるなぁ。

「バビロンA・D」を観に行ったついでに、ロスタイム無しに上映が始まるからというだけでチケを買った。予備知識はもとより、この作品の存在すら知らずにまったく期待も無かった分、その思いがけない面白さにはビックリもし、興奮もした。家に帰ってググって見れば、何でも香港台湾の映画賞総なめにしたとある。さもありなん。「レッド・クリフ」の一大プロモーションの影に隠れるようなタイミングでの公開は誠にもったいない。傑作。


原題:投名状
監督:ピーター・チャン

製作:アンドレ・モーガン、ホアン・チェンシン、ピーター・チャン

脚本:スー・ラン、チュン・ティンナム、オーブリー・ラム

撮影:アーサー・ウォン

美術:イー・チェンチョウ、ペーター・ウォン、イー・チュンマン

編集:クリストファー・ブランデン

音楽:ピーター・カム、チャン・クォンウィン、チャッチャン・ポンプラパーン、レオン・コー
出演:ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武、シュー・ジンレイ

製作国:2008年香港・中国合作映画

上映時間:1時間53分

配給:ブロードメディア・スタジオ

2009/05/01

レイン・フォール/雨の牙

都内全域に張り巡らされた監視カメラに映る暗殺者。ずらりと並んだモニターを前にしたCIAの東京支局長は名うての殺し屋を捉えるべく、やたらハイテンションで局員に激を飛ばす。より正確には口角泡を飛ばして怒鳴りまくるのである。スルリ、スルリと躱してゆく孤高の暗殺者ジョン・レイン。
なるほど、こりゃジェイソン・ボーンをやりたいのだなと了解した。しかし、支局長が何をそんなに大騒ぎしているのかがとんと伝わってこない。ゲイリー・オールドマンの熱演が痛々しいのである。柄本明の刑事も柄本明に頼りすぎたキャラだし、椎名桔平の暗殺者はヤバい雰囲気発散させ過ぎで全然プロらしくないのである。ヒロインの長谷川京子に至っては可哀相な事に、ほとんど馬鹿にしか見えないのである。どの人物もきちんと造形されていず、当然のようにストーリーは破綻している。とても格好悪い脚本を、やたら格好良く凝った映像で見せられるのだが、却って空虚さが増すばかり。ゲイリー・オールドマンと柄本明という名優をもってしても、この粉飾感は消し難く、まこと映画とは監督のものなのだった。

劇中、極秘データが入った「メモリースティック」が出てきて、それはどう見てもごく普通のUSBメモリーなのだが登場人物の誰もが、再三再四「メモリースティック」を連呼する。見ている時はとても違和感があったのだが、配給会社名に気がついて納得した。

監督・脚本:マックス・マニックス
原作:バリー・アイスラー
撮影:ジャック・ワーレハム
美術:山崎秀満
編集:マット・ベネット
音楽:川井憲次
出演:椎名桔平、長谷川京子、ゲイリー・オールドマン、柄本明、清水美沙
2009年:1時間51分
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2009/03/18

三月歌舞伎座 元禄忠臣蔵


1月は玉三郎「鷺娘」の席が取り難かった。2月は何故かそれ以上の難しさで結局行けずじまいだった。今月は忠臣蔵だからなのか、3階席通路脇の2列目1列目という絶好のポジションがすんなりゲットできてラッキーだった。
真山青果作「元禄忠臣蔵」は全10編から成る演目。Wikipediaは本当に便利だ。そのうちの6編から構成された今回の通しは団十郎と幸四郎と仁左衛門の大石競演が呼び物。

松の廊下を逃げ去って行く上野介をチラっと見せて、事件直後の当事者に事の次第を語らせる「江戸城の刃傷」は梅玉の浅野内匠頭にふくよかさと品があり、理不尽な切腹が全編貫く「異議申し立て」感へと転じていくに説得力充分、幕開けに相応しい浅野内匠頭ぶり。

赤穂城の大広間にわらわらと後の四十七士が湧いて出る大モッブシーンにはうわスゲーとビックリしたが、実に地味なのか派手なのか良くわからない。そのあとは動きの無さと台詞の多さについ寝てしまった。

染五郎の直情を余裕であしらう仁左衛門の韜晦。にもかかわらず思わず本気をのぞかせてしまうという「御浜御殿綱豊卿」。染五郎と台詞の応酬がとてもいい。それにつけても色気と器量が横溢する仁左衛門の男っぷりの良さ。強烈な磁力。スケールが大きくてほんとカッコいいんだな仁左衛門。昼夜通して結局これがベストの見応え。

昼の部は江戸城、赤穂城、御浜御殿と舞台は武家の大広間が連続する。大広間ばかりで飽きがくるかと思いきや、それぞれ微妙に異なる意匠結構楽しめた。

夜の部は三者の大石振りを拝見。ドラマ的には「大石最後の一日」の哀切感が印象的。仮名手本忠臣蔵に較べると芝居がかった要素が少なく地味な印象だが、祇園一力の場とか山科閑居の場などのドラマ的な感興というか味わいを十二分に意識している気配が、例えば「御浜御殿綱豊卿」や「最後の1日」などから強く感じられたのも面白かった。

歌舞伎は楽しいが昼夜通しは体に良くない。今回はこれまでになく腰にきた。体がなまっていることもあるが、むしろ丸1日どっぷりと重厚長大に浸かっていたせいと思いたい。

昼の部
江戸城の刃傷  浅野内匠頭 梅 玉  彌十郎  我 當
最後の大評定  大石内蔵助 幸四郎  我 當  魁 春
御浜御殿綱豊卿 徳川綱豊卿 仁左衛門 芝 雀  染五郎         
夜の部
南部坂雪の別れ 大石内蔵助 團十郎  我 當  芝 翫
仙石屋敷    大石内蔵助 仁左衛門 染五郎  梅 玉
大石最後の一日 大石内蔵助 幸四郎  福 助  染五郎

2009/03/15

チェンジリング

ある日、忽然と姿を消した息子。捜索を願い出る母親。やる気の無さで応じるロス市警。数ヶ月後、発見保護された息子が戻ってくるが、それは全くの別人だった。偽者を本物と言いくるめ、組織防衛と保身を図る警察幹部の怠慢が母親を追いつめる。

この間オスカーの受賞式でインドの音楽家が、「自分は何一つ持っていない、しかし母親がいる」とスピーチしていたが、母親というものは、いつ如何なる時でも我が子を無条件に受け入れる。無条件ということでいえば神をも凌ぐ懐の深さで、母親の素晴らしさについては様々な人が様々な言葉にしている。中には、「 ひとたび子の為になったが最後、古来如何なる悪事をも犯した、恐ろしい「母」の一人である。」という芥川のような言い方もあるが、「母」を描いて、挫けずへこたれぬ不屈の闘魂として結晶させるのはいかにもクリント・イーストウッドらしい。

子を思う一心でやつれ果てる母。子を思う一心でどんどん強くなっていく母。アンジェリーナ・ジョリーは眼光の鋭さの裡に不安感を滲ませ、不敵な面構えに不穏な空気を漂わせながら、子の安否を気遣うあまり、時に挫けそうになる母親の心情を陰影豊かに表現している。クリント・イーストウッドの語り口も肌触りが心地よく、観客はひとたびその呼吸に同期したら、あとは力強い流れに身を任せるだけだ。
なんて気分で観ていたら、中盤から物語の思いがけぬ猟奇的な展開に肌触りの心地良さなんて吹っ飛んでしまった。母ものと見せて、さらに重層的に構築した問題を矢継ぎ早に繰り出してくるクリント・イーストウッドの明晰さと、年齢を感じさせぬ腕力に刮目する。母親も凄いが、常に前進し衰えを知らぬクリント・イーストウッドも凄いのである。

1920年代のロサンゼルス風景を随所にたっぷり織り込んでいるが、これがCGとは言え質量共に素晴らしい映像で楽しめる。それこそ、チャンドラーが愛したロサンゼルスとはこんな感じだったのであろうとかと、頭の隅にあらぬ事も浮かぶほどに魅力的な映像で、イーストウッドはCGをどう使うべきか良く心得ており、使い方も非凡なのである。


原題:Changeling
監督・製作・音楽:クリント・イーストウッド
脚本:J・マイケル・ストラジンスキー
製作総指揮:ティム・ムーア、ジム・ウィテカー
製作:ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ロバート・ローレンツ
撮影:トム・スターン
美術:ジェームズ・J・ムラカミ
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、ジェイソン・バトラー・ハーアンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、ジェイソン・バトラー・ハーナー、エイミー・ライアン、ジェフリー・ピアソン、エディ・オルダーソン
2008年アメリカ
2時間22分
東宝東和

2009/02/25

壁と卵

2月25日付け朝日朝刊、斉藤美奈子が文芸時評の枕に村上春樹と件のスピーチを取り上げて次のように書いている。

前略

 賞を受ける事の是非はいまは問わない(それでもイスラエルのガザ攻撃に反対ならば賞は拒絶すべきだったと私は思っているけどね)。その比喩で行くなら、卵を握りつぶして投げつけるくらいのパフォーマンスをみせてくても良かったのに、とも思うけれども、小説家にそれを望むのは筋違いな話かもしれない。
 ただ、この スピーチを聞いてふと思ったのは、こういう場合に「自分は壁の側に立つ」と表明する人がいるだろうかということだった。作家はもちろん、政治家だって「卵の側に立つ」というのではないか。卵の比喩はかっこいい。総論というのはなべてかっこいいのである。

後略


村上春樹のスピーチはかっこ良かったと思う。
卵の比喩はかっこいいが、でも、それだけでかっこいいもんじゃないだろう。
村上春樹が、あのような場所であのように言ったからかっこ良かったのだ。
比喩の上手い下手とかでなく、村上春樹という男の生き方の証左として、
あの言葉に説得力があったから。
だからかっこよかったのだ。
と思う。

当然、卵を握りつぶして投げつけるなんてパフォーマンスが、
あのような場で面白くも可笑しくも見えるわけがない。
レーガンに投げられた靴に遠く及ばぬ陳腐極まりないイメージ。
第一、そんな野蛮で不躾なこと事をやる村上春樹なんて、
彼の作品からは金輪際想像できない。
それ以前に、>小説家にそれを望むのは筋違いな話かもしれない。
ってのもひどい話だ。
そんなこと人に望んでどうしようってんだか。

さらに「自分は壁の側に立つ」と表明する人がいるだろうか。
に至っては、
切れ味鋭い毒舌が持ち味の評論家とも思えないナイーブな物言いに驚いた。
人が自分は「壁の側に立つ」と表明する必要が一体何処にあるというのか。
そもそも朝日に文芸時評を載せる事自体、
「自分は壁の側に立つ」という表明になっているようなもんだが、
それは別にいいとして。

村上がやったのは、
壁の側に立つ、それも中枢に位置する人達が大勢居並ぶ式場のど真ん中で、
自分を顕彰しようと招いてくれた人達に向かって、
自分の信念に従い、
最善のコミットメントを、アガンジェマンを果たしたんだ。
まさに体を張って。 だ。
どこから見たってこんなかっこいい事ないではないか。
それは、
>比喩はかっこいい。
とか、
>総論というのはなべてかっこいいのである。
なんてレベルからは決して伺い知れない、
本当に男の甲斐性を感じさせる格好良さだ。

それにつけても、
壊れやすい卵の喩えは、
ハードボイルド・ワンダーランドの作者にして
ロンググッドバイの完訳を果たした翻訳者だけのことはある。

流石だ村上君。

2009/02/22

ベンジャミン・バトン 数奇な人生


今年のアカデミー賞の主要部門は「ダークナイト」が独占するはず、して欲しいと思っていたので、ノミネートがヒース・レジャーだけだったことには大いに落胆したわけです。結局、やり場の無くなったダークナイトへの思い入れをそのままに賞レースへの興味もすっかり無くしてしまいました。しかし、あの傑作を蹴散らし、13部門でノミネートされた「ベンジャミン・バトン」てのは、一体どれほどの作品なのかは、やはり発表の前に観ておきたいと思いました。ダークナイトファンの心理として、つまんなかったらただぁおかねえかんな、ぐらいのダークな気分で出かけた平塚シネプレックス8。ちょっと小さめの2番スクリーンS−8の席に座りました。

新生児の醜悪さに戦慄した父親が、発作的に子捨てに走る陰鬱な幕開け。80歳で生まれ、歳ごとに若返る男の一生の始まりです。原作はフィッツジェラルドの短編とのことですが、フィッツジェラルドというより、むしろスティーヴン・キングの名が似合いそうな奇想ではありませんか。

巨大なハリケーンが接近中の病院を舞台に回想されるベンジャミンバトンの数奇な人生。風変わりな人々と様々な出来事。現在と過去を巧妙に行き来しながら、若返りながら死に向かうという男の一生が語られます。これはアメリカ人好みの法螺話にジャンル分けできるような、あり得ない男の話ではありますけれど、このあり得ない一人の男を物語に加えることによって、デビッド・フィンチャーは、私たちが営んでいる普通の暮らし、それを続けている事が、実はどれほど貴重でかけがえの無いものであるか、どれほどの幸福に恵まれていることである事かを、まるで手品のように、驚くほどの鮮かさで浮かび上がらせました。

ファンタジーとリアルがシームレスに構築された世界に、切なく哀しく時に痛ましいエピソードが静かに積み上げられて行きます。ユーモアを滲ませながら幾つもの美しいシーンによって織り上げられた物語は寓意に満ち、人とは逆方向に生きざるを得なかった特別な男の話だったはずが、やがて私自身の内側に寄り添うように立ち上がってくるような、そしてそのまま静かに作品の世界に受け入れられたような感動を覚えました。

脚本のエリック・ロスはフォレスト・ガンプを書いたその人であり、ハチドリのシンボリックな使い方などガンプの羽を思わせるところを始め、確かに「フォレスト・ガンプ」を彷彿とさせるところも少なくありませんが、ベンジャミン・バトンはラブ・ストーリーとしての完成度も高く、作品としては一層深みを増しています。

デビッド・フィンチャーにしては従来にない静かなドラマで、まず悪人は一人も出てきませんでしたし、人の悪意も全く描かれていません。にもかかわらず、病院を舞台にしているせいもあり、老いを扱っていることもあり、背後に控えたハリケーンの影もあり、結局全編に渡ってそこはかとなく暴力と死の気配が漂っているのは、やはりデビッド・フィンチャーならではなのかなと面白く感じました。

さらに感じ入ったのは、性の衝動、性の欲望をしっかり描いていることです。特に、若返ってゆく夫のベッドから出ていくシーンに漂う哀
しみには心うたれました。ケイト・ブランシェットはラブシーンの官能的な美しさにもほれぼれとしてしまいますが、どの場面をとっても完璧な美しさです。

逆行する老い描き、往時の風景を再現するにはCGとマットペイントの高度な技術無くしては不可能ですが、老いた少年という難しい表現も自然で違和感がありません。入念に時代考証された町並みや街路風景にアメリカの現代史をなぞるような男の一生が展開する。制作のフランク・マーシャルとキャスリーン・ケネディ、これまでの作品同様、時代の再現性は今回も完璧でした。

90分でも長いと感じさせる作品も少なくない中、2時間50分は1本の映画にしては長いです。しかしこの男は2時間50分の一生を、なんとイマジネーション豊かに駆け抜けたことか。ダークナイトも傑作でしたが、ベンジャミンもまた紛れもない優れた作品としての輝きに溢れています。賞レースでは是非主要タイトルを独占して欲しいと思いました。

原題:The Curious Case of Benjamin Button
監督:デビッド・フィンチャー
製作:フランク・マーシャル、キャスリーン・ケネディ、シーン・チャフィン
脚本:エリック・ロス
原作:F・スコット・フィッツジェラルド
撮影:クラウディオ・ミランダ
美術:ドナルド・グレイアム・バート
衣装:ジャクリーン・ウエスト
音楽:アレクサンドル・デスプラ
編集:カーク・バクスター、アンガス・ウォール
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ジュリア・オーモンド、ジェイソン・フレミング、イライアス・コーティーズ、ティルダ・スウィントン、ジャレッド・ハリス、エル・ファニング、マハーシャラルハズバズ・アリ
2008年アメリカ映画
2時間47分
ワーナー・ブラザース映画

2009/02/17

フェイクシティー/ある男のルール

「ブッラク・ダリア」からのL.A4部作はエルロイ畢生の大作であり、中でも「ホワイト・ジャズ」は他の追随を許さぬ傑作です。映画化された「L.Aコンフィデンシャル」の素晴らしさも脳裏にしっかり刻まれています。犯罪が多発する人種の坩堝L.A。エルロイの読者にはなじみの世界。職務を逸脱し暴走する警官をキアヌ・リーブスが演じています。
         
幕開けのガン・ファイトから情け容赦の無さが漲った画面にグッと惹き込まれました。物語はL.A4部作の変奏曲といった趣ですが、アレンジが大変巧みな脚本です。人間が人間である事から生まれる悪徳。差別。暴力。不公平。公務員の不正。組織的腐敗。法で裁けぬ罪。正義と政治。友情。愛といった要素を取り込みながら、激しい暴力描写とともに、人としての在り様、生き方をきっちり描き出しているところに感心しました。

それにつけても、ロサンゼルスという都市の並々ならぬキャラクター的魅力はこの作品にも色濃く反映しています。しらっちゃけて、乾燥した空気に響く拳銃の発射音の、劇的な演出を排した残響の無さもリアルで、クールな演出は作品のクオリティーを一層高めめています。カメラも音楽も文句なし。とても面白かった。

原題:Street Kings
監督:デビッド・エアー
脚本:ジェームズ・エルロイ、カート・ウィマー、ジェイミー・モス
製作:ルーカス・フォスター、アレクサンドラ・ミルチャン、
製作総指揮:アーノン・ミルチャン、ミシェル・ワイズラー、ボブ・ヤーリ
撮影:ガブリエル・ベリスタイン
美術:アレック・ハモンド
編集:ジェフリー・フォード
音楽:グレーム・ラベル
出演:キアヌ・リーブス、フォレスト・ウィテカー、ヒュー・ローリー、クリス・エバンス、
2008年アメリカ映画
1時間49分
20世紀フォックス映画

2009/02/09

NODA・MAP「パイパー」


人類が火星に移住してから1000年を経て、移住者達の子孫は、常に彼らと共にあった機会生命体「パイパー」ともども存亡の危機に瀕していた。刻々と近づいてくる滅びのタイムリミットを横目に、父は巨乳の若い後添えを迎えようとし、娘達は盛んに異議を申し立てている。

野田秀樹の新作。松たか子と宮沢りえの共演を楽しみに出かけたのですが、火星のコロニーがセットされたステージの、設定は直に吞み込めたものの、意外な幕開けにはちょっと面食らいました。宮沢りえは声がつぶれているようで、目が慣れるまで誰だか分かりませんでしたが、松たか子はいつもの通り溌剌とした台詞回しで精気に溢れ、この姉と妹が大量の台詞を応酬する様は楽しめました。大勢の出演者を縦横に動かして、時間と空間を自在に飛び越えるダイナミックなスペクタクルシーンなど、演出の創意も充分でした。

しかし、1000年かけて滅びてゆくものと、後妻を迎える家庭内騒動との関係が見えてきません。このマクロとミクロがどう交錯するものなのか、はたまた平行してものなのかが分からず、もどかしい思いがつのります。舞台はダイナミックな見せ場になっても、物語はダイナミズムを欠いて進みます。全てがデータ化され、目に見えないものや数量化できないものまでも数値化せずにはおれない現代を風刺する視線には共感しつつ、しかしタイトルにもなっている「パイパー」という存在もまた、実のところどういうものかよくわからず次第に落ち着かない気分になってしまいました。

「野田版 鼠小僧」「野田版 研辰の討たれ」「野田版 愛陀姫」などの言い方に倣えば、これはさしづめ「野田版 火星年代記」でしょうか。しかし、話の核となるパイパーという機械生命体の設定にしても、「ボタン」という記憶装置の設定にしても安易なものとの印象が拭えません。そもそも、この話を語るのに火星である必要があったのかも疑問に感じました。

「パイパー」作・演出 野田秀樹 NODA・MAP 第14回公演
出演:松たか子 宮沢りえ 橋爪功 大倉孝二 北村有起哉 小松和重 田中哲司
佐藤江梨子 コンドルズ 野田秀樹         シアターコクーン