
西暦2027年。人類に子供が生まれなくなって18年。世界はファシズムとテロルと絶望に覆われていた。
「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」で評判を呼んだアルフォンソ・キュアロン監督がJ・K・ローリングスの「ハリー」を断って挑ん だP・D・ジェイムズ「人類の子供たち」の映画化。この作品に関わったスタッフ・キャストの仕事振りの凄さ、素晴らしさ。
60年代以降、SF映画に描かれた近未来は終末戦争後の荒廃した世界が主流で、そこにチャールトン・ヘストンからケビン・コスナー、シュワちゃん へと至るスター達が人類の栄光を回復すべくハードな闘争を繰り広げたもんなのだった。90年代には核戦争から環境破壊へと終末の光景も変化した。さらに、 人類の主体性放棄、テクノロジー依存という新たな病理を、高度なCGで斬新にイメージ化した「マトリックス」3部作も生まれた。
「マトリクス」の世界観は示唆に富み、問題の提示と解決法も最高の映像技術に支えられて力強く、大いなる説得力を持つ傑作だった。そう言う人はほ とんどいないが。それはともかく、その「マトリクス」さえ人類の未来を自明のこととしている点で、脳天気とそしられても仕方がない。 誰から?。もちろんトゥモロー・ワールドから。
子供の生まれない世界とは既にメタファーですらなく、今やエイズに対して世界が直面している問題だ。そこに真っ向から切り込み、人間と社会の多面 性を多彩に描きながら展開するのは、お宝争奪のスリリングな追っかけであり、次から次へと襲いかかる苦難をスリルとサスペンス漲ったアクションで乗り切っ ていく冒険譚。
沈鬱なロンドン市街。訳もわからず不条理な状況に巻き込まれた中年男の戸惑い。クライブ・オーウェンの煤けて草臥れきった様子が作品全体のトーン を見事に統一する。クライブ・オーウェンに寄り添うように、彼の見るものを観客にも提示していくカメラ。市街地も田園も荒廃し人々には絶望だけしか残され ていない。全てが色あせ鬱々とした作品世界に、こちらの感覚も浸食されていくような気持ちにさせるカメラの表現力。その陰々滅々に一筋の光明が灯り、主人 公の地獄巡りが本格化していく。いくつものエピソードは展開も波乱に富んでいるが、中でもマイケル・ケインの演技は深みと豊かな陰影を湛えていて胸に迫っ た。
地獄巡りの頂点として主人公が遭遇するのが、クライマックス8分のワンショットシーンだ。この長回しは真に素晴らしい。長回しは、「史上最大の作 戦」の空撮も有名だが、迫真的でバーチャルリアルに恐ろしさを感じさせる点において過去に例が無い。近似値はプライベートライアンのベニスビーチ上陸シー ンだがスピルバーグとは方法論が違う。迫力と醍醐味においてエポックを画している。比べるものがあるとすればポチョムキンの階段シーン以外にない。
こうした表現の素晴らしさ全てを、人類の未来への真摯な祈りへと奉仕させ、優れた娯楽作品へと結実させている。その志の高さと面白さ。今年度断トツの1等賞だ。
原題:Children of Men
監督:アルフォンソ・キュアロン
脚本:アルフォンソ・キュアロン、ティモシー・J・セクストン
撮影:エマニュエル・ルベッキ
出演:クライブ・オーウェン、ジュリアン・ムーア、マイケル・ケ イン、キウェイル・イジョフォー、クレア=ホープ・アシティ
2006年イギリス、アメリカ合作/1時間49分
配給:東宝東和

