
一家惨殺で服役中のカルト指導者が大胆不敵な手口で脱獄を図る。しかも潜伏したまま逃亡する気配もない。脱獄犯の狙いは何か。一家惨殺を生き延びた少女との関係は。事件を預かるキャサリンにFBIからカルト犯罪専門の捜査官も乗り込んで、捜査は複雑困難の度を深めていく。
仕草や表情から心理を読み解く「キネシクス」の天才。高度な尋問技術によって物証至上のリンカーン・ライムを唸らせた「人間嘘発見機」キャサリン・ダンスが、「ウオッチメーカー」の脇役から堂々たる主演に転じての登場。相手は言葉巧みなマインドコントロールで人を自在に操り、犠牲を強いる凶悪犯。言うなればキャサリン・ダンスと表裏を成す心理分析のスペシャリスト。この二人の心理戦を軸に多彩なキャラクターが豊富なエピソードを繰り広げる。
リンカーン・ライムシリーズからのスピンアウトというからには、どれだけライム物から差別化できるかが、作者にとっては最優先課題だったのだろう。例えば、男ー女 物証専門ー尋問専門 独身生活ー家庭生活 東海岸ー西海岸など分かりやすい。とりわけ、ニューヨークとカリフォルニアという対比の中、北カリフォルニアの舞台設定にはディーバーらしいツイスト感がある。ロサンゼルスならマイクル・コナリー、オレンジ郡からサンディエゴはT・J・パーカーが書き尽くしているわけで、南カリフォルニアでは新鮮味に欠けるのだ。ではサンフランシスコならどうか。結構な都会だからニューヨークとの違いは出し難い。ならばロサンゼルスの北、サンフランシスコの南、エデンの東にしてスタインベックの故郷だということになる。そうなのか。そこでミステリの舞台としての鮮度の高さも充分な北カリフォルニアはサリナス、モントレーに照準を合わせ、風光明媚、豊かな自然を背景に壮絶な頭脳戦とマンハントを繰り広げる。ということになったのではなかろうか。
そんな訳で、北カリフォルニアの観光案内としても通用する美しい情景描写も読みどころ。工夫と努力を怠らないディーバーの誠実。おもてなし感覚あふれるサービス精神に裏付けられた卓抜した技術と洞察の深さから生み出された超絶的面白さに大満足。ディーバーの魅力が、スピード感とどんでん返しにあるのは確かだが、それ以上に、今回も、キャサリン・ダンス親子のキャラクター、日常生活を丁寧に書き込むことで、事件の本質を、被害者加害者の病理を何気なく照射するという技ありの語り口が素晴らしいのだ。 家族を描いて、これはディーバー流の「エデンの東」とも読めるのだ。
作:ジェフリー・ディーバー
訳;池田真紀子
文芸春秋
2008年10月
2,500円