2009/03/18

三月歌舞伎座 元禄忠臣蔵


1月は玉三郎「鷺娘」の席が取り難かった。2月は何故かそれ以上の難しさで結局行けずじまいだった。今月は忠臣蔵だからなのか、3階席通路脇の2列目1列目という絶好のポジションがすんなりゲットできてラッキーだった。
真山青果作「元禄忠臣蔵」は全10編から成る演目。Wikipediaは本当に便利だ。そのうちの6編から構成された今回の通しは団十郎と幸四郎と仁左衛門の大石競演が呼び物。

松の廊下を逃げ去って行く上野介をチラっと見せて、事件直後の当事者に事の次第を語らせる「江戸城の刃傷」は梅玉の浅野内匠頭にふくよかさと品があり、理不尽な切腹が全編貫く「異議申し立て」感へと転じていくに説得力充分、幕開けに相応しい浅野内匠頭ぶり。

赤穂城の大広間にわらわらと後の四十七士が湧いて出る大モッブシーンにはうわスゲーとビックリしたが、実に地味なのか派手なのか良くわからない。そのあとは動きの無さと台詞の多さについ寝てしまった。

染五郎の直情を余裕であしらう仁左衛門の韜晦。にもかかわらず思わず本気をのぞかせてしまうという「御浜御殿綱豊卿」。染五郎と台詞の応酬がとてもいい。それにつけても色気と器量が横溢する仁左衛門の男っぷりの良さ。強烈な磁力。スケールが大きくてほんとカッコいいんだな仁左衛門。昼夜通して結局これがベストの見応え。

昼の部は江戸城、赤穂城、御浜御殿と舞台は武家の大広間が連続する。大広間ばかりで飽きがくるかと思いきや、それぞれ微妙に異なる意匠結構楽しめた。

夜の部は三者の大石振りを拝見。ドラマ的には「大石最後の一日」の哀切感が印象的。仮名手本忠臣蔵に較べると芝居がかった要素が少なく地味な印象だが、祇園一力の場とか山科閑居の場などのドラマ的な感興というか味わいを十二分に意識している気配が、例えば「御浜御殿綱豊卿」や「最後の1日」などから強く感じられたのも面白かった。

歌舞伎は楽しいが昼夜通しは体に良くない。今回はこれまでになく腰にきた。体がなまっていることもあるが、むしろ丸1日どっぷりと重厚長大に浸かっていたせいと思いたい。

昼の部
江戸城の刃傷  浅野内匠頭 梅 玉  彌十郎  我 當
最後の大評定  大石内蔵助 幸四郎  我 當  魁 春
御浜御殿綱豊卿 徳川綱豊卿 仁左衛門 芝 雀  染五郎         
夜の部
南部坂雪の別れ 大石内蔵助 團十郎  我 當  芝 翫
仙石屋敷    大石内蔵助 仁左衛門 染五郎  梅 玉
大石最後の一日 大石内蔵助 幸四郎  福 助  染五郎

2009/03/15

チェンジリング

ある日、忽然と姿を消した息子。捜索を願い出る母親。やる気の無さで応じるロス市警。数ヶ月後、発見保護された息子が戻ってくるが、それは全くの別人だった。偽者を本物と言いくるめ、組織防衛と保身を図る警察幹部の怠慢が母親を追いつめる。

この間オスカーの受賞式でインドの音楽家が、「自分は何一つ持っていない、しかし母親がいる」とスピーチしていたが、母親というものは、いつ如何なる時でも我が子を無条件に受け入れる。無条件ということでいえば神をも凌ぐ懐の深さで、母親の素晴らしさについては様々な人が様々な言葉にしている。中には、「 ひとたび子の為になったが最後、古来如何なる悪事をも犯した、恐ろしい「母」の一人である。」という芥川のような言い方もあるが、「母」を描いて、挫けずへこたれぬ不屈の闘魂として結晶させるのはいかにもクリント・イーストウッドらしい。

子を思う一心でやつれ果てる母。子を思う一心でどんどん強くなっていく母。アンジェリーナ・ジョリーは眼光の鋭さの裡に不安感を滲ませ、不敵な面構えに不穏な空気を漂わせながら、子の安否を気遣うあまり、時に挫けそうになる母親の心情を陰影豊かに表現している。クリント・イーストウッドの語り口も肌触りが心地よく、観客はひとたびその呼吸に同期したら、あとは力強い流れに身を任せるだけだ。
なんて気分で観ていたら、中盤から物語の思いがけぬ猟奇的な展開に肌触りの心地良さなんて吹っ飛んでしまった。母ものと見せて、さらに重層的に構築した問題を矢継ぎ早に繰り出してくるクリント・イーストウッドの明晰さと、年齢を感じさせぬ腕力に刮目する。母親も凄いが、常に前進し衰えを知らぬクリント・イーストウッドも凄いのである。

1920年代のロサンゼルス風景を随所にたっぷり織り込んでいるが、これがCGとは言え質量共に素晴らしい映像で楽しめる。それこそ、チャンドラーが愛したロサンゼルスとはこんな感じだったのであろうとかと、頭の隅にあらぬ事も浮かぶほどに魅力的な映像で、イーストウッドはCGをどう使うべきか良く心得ており、使い方も非凡なのである。


原題:Changeling
監督・製作・音楽:クリント・イーストウッド
脚本:J・マイケル・ストラジンスキー
製作総指揮:ティム・ムーア、ジム・ウィテカー
製作:ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ロバート・ローレンツ
撮影:トム・スターン
美術:ジェームズ・J・ムラカミ
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、ジェイソン・バトラー・ハーアンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、ジェイソン・バトラー・ハーナー、エイミー・ライアン、ジェフリー・ピアソン、エディ・オルダーソン
2008年アメリカ
2時間22分
東宝東和

2009/02/25

壁と卵

2月25日付け朝日朝刊、斉藤美奈子が文芸時評の枕に村上春樹と件のスピーチを取り上げて次のように書いている。

前略

 賞を受ける事の是非はいまは問わない(それでもイスラエルのガザ攻撃に反対ならば賞は拒絶すべきだったと私は思っているけどね)。その比喩で行くなら、卵を握りつぶして投げつけるくらいのパフォーマンスをみせてくても良かったのに、とも思うけれども、小説家にそれを望むのは筋違いな話かもしれない。
 ただ、この スピーチを聞いてふと思ったのは、こういう場合に「自分は壁の側に立つ」と表明する人がいるだろうかということだった。作家はもちろん、政治家だって「卵の側に立つ」というのではないか。卵の比喩はかっこいい。総論というのはなべてかっこいいのである。

後略


村上春樹のスピーチはかっこ良かったと思う。
卵の比喩はかっこいいが、でも、それだけでかっこいいもんじゃないだろう。
村上春樹が、あのような場所であのように言ったからかっこ良かったのだ。
比喩の上手い下手とかでなく、村上春樹という男の生き方の証左として、
あの言葉に説得力があったから。
だからかっこよかったのだ。
と思う。

当然、卵を握りつぶして投げつけるなんてパフォーマンスが、
あのような場で面白くも可笑しくも見えるわけがない。
レーガンに投げられた靴に遠く及ばぬ陳腐極まりないイメージ。
第一、そんな野蛮で不躾なこと事をやる村上春樹なんて、
彼の作品からは金輪際想像できない。
それ以前に、>小説家にそれを望むのは筋違いな話かもしれない。
ってのもひどい話だ。
そんなこと人に望んでどうしようってんだか。

さらに「自分は壁の側に立つ」と表明する人がいるだろうか。
に至っては、
切れ味鋭い毒舌が持ち味の評論家とも思えないナイーブな物言いに驚いた。
人が自分は「壁の側に立つ」と表明する必要が一体何処にあるというのか。
そもそも朝日に文芸時評を載せる事自体、
「自分は壁の側に立つ」という表明になっているようなもんだが、
それは別にいいとして。

村上がやったのは、
壁の側に立つ、それも中枢に位置する人達が大勢居並ぶ式場のど真ん中で、
自分を顕彰しようと招いてくれた人達に向かって、
自分の信念に従い、
最善のコミットメントを、アガンジェマンを果たしたんだ。
まさに体を張って。 だ。
どこから見たってこんなかっこいい事ないではないか。
それは、
>比喩はかっこいい。
とか、
>総論というのはなべてかっこいいのである。
なんてレベルからは決して伺い知れない、
本当に男の甲斐性を感じさせる格好良さだ。

それにつけても、
壊れやすい卵の喩えは、
ハードボイルド・ワンダーランドの作者にして
ロンググッドバイの完訳を果たした翻訳者だけのことはある。

流石だ村上君。

2009/02/22

ベンジャミン・バトン 数奇な人生


今年のアカデミー賞の主要部門は「ダークナイト」が独占するはず、して欲しいと思っていたので、ノミネートがヒース・レジャーだけだったことには大いに落胆したわけです。結局、やり場の無くなったダークナイトへの思い入れをそのままに賞レースへの興味もすっかり無くしてしまいました。しかし、あの傑作を蹴散らし、13部門でノミネートされた「ベンジャミン・バトン」てのは、一体どれほどの作品なのかは、やはり発表の前に観ておきたいと思いました。ダークナイトファンの心理として、つまんなかったらただぁおかねえかんな、ぐらいのダークな気分で出かけた平塚シネプレックス8。ちょっと小さめの2番スクリーンS−8の席に座りました。

新生児の醜悪さに戦慄した父親が、発作的に子捨てに走る陰鬱な幕開け。80歳で生まれ、歳ごとに若返る男の一生の始まりです。原作はフィッツジェラルドの短編とのことですが、フィッツジェラルドというより、むしろスティーヴン・キングの名が似合いそうな奇想ではありませんか。

巨大なハリケーンが接近中の病院を舞台に回想されるベンジャミンバトンの数奇な人生。風変わりな人々と様々な出来事。現在と過去を巧妙に行き来しながら、若返りながら死に向かうという男の一生が語られます。これはアメリカ人好みの法螺話にジャンル分けできるような、あり得ない男の話ではありますけれど、このあり得ない一人の男を物語に加えることによって、デビッド・フィンチャーは、私たちが営んでいる普通の暮らし、それを続けている事が、実はどれほど貴重でかけがえの無いものであるか、どれほどの幸福に恵まれていることである事かを、まるで手品のように、驚くほどの鮮かさで浮かび上がらせました。

ファンタジーとリアルがシームレスに構築された世界に、切なく哀しく時に痛ましいエピソードが静かに積み上げられて行きます。ユーモアを滲ませながら幾つもの美しいシーンによって織り上げられた物語は寓意に満ち、人とは逆方向に生きざるを得なかった特別な男の話だったはずが、やがて私自身の内側に寄り添うように立ち上がってくるような、そしてそのまま静かに作品の世界に受け入れられたような感動を覚えました。

脚本のエリック・ロスはフォレスト・ガンプを書いたその人であり、ハチドリのシンボリックな使い方などガンプの羽を思わせるところを始め、確かに「フォレスト・ガンプ」を彷彿とさせるところも少なくありませんが、ベンジャミン・バトンはラブ・ストーリーとしての完成度も高く、作品としては一層深みを増しています。

デビッド・フィンチャーにしては従来にない静かなドラマで、まず悪人は一人も出てきませんでしたし、人の悪意も全く描かれていません。にもかかわらず、病院を舞台にしているせいもあり、老いを扱っていることもあり、背後に控えたハリケーンの影もあり、結局全編に渡ってそこはかとなく暴力と死の気配が漂っているのは、やはりデビッド・フィンチャーならではなのかなと面白く感じました。

さらに感じ入ったのは、性の衝動、性の欲望をしっかり描いていることです。特に、若返ってゆく夫のベッドから出ていくシーンに漂う哀
しみには心うたれました。ケイト・ブランシェットはラブシーンの官能的な美しさにもほれぼれとしてしまいますが、どの場面をとっても完璧な美しさです。

逆行する老い描き、往時の風景を再現するにはCGとマットペイントの高度な技術無くしては不可能ですが、老いた少年という難しい表現も自然で違和感がありません。入念に時代考証された町並みや街路風景にアメリカの現代史をなぞるような男の一生が展開する。制作のフランク・マーシャルとキャスリーン・ケネディ、これまでの作品同様、時代の再現性は今回も完璧でした。

90分でも長いと感じさせる作品も少なくない中、2時間50分は1本の映画にしては長いです。しかしこの男は2時間50分の一生を、なんとイマジネーション豊かに駆け抜けたことか。ダークナイトも傑作でしたが、ベンジャミンもまた紛れもない優れた作品としての輝きに溢れています。賞レースでは是非主要タイトルを独占して欲しいと思いました。

原題:The Curious Case of Benjamin Button
監督:デビッド・フィンチャー
製作:フランク・マーシャル、キャスリーン・ケネディ、シーン・チャフィン
脚本:エリック・ロス
原作:F・スコット・フィッツジェラルド
撮影:クラウディオ・ミランダ
美術:ドナルド・グレイアム・バート
衣装:ジャクリーン・ウエスト
音楽:アレクサンドル・デスプラ
編集:カーク・バクスター、アンガス・ウォール
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ジュリア・オーモンド、ジェイソン・フレミング、イライアス・コーティーズ、ティルダ・スウィントン、ジャレッド・ハリス、エル・ファニング、マハーシャラルハズバズ・アリ
2008年アメリカ映画
2時間47分
ワーナー・ブラザース映画

2009/02/17

フェイクシティー/ある男のルール

「ブッラク・ダリア」からのL.A4部作はエルロイ畢生の大作であり、中でも「ホワイト・ジャズ」は他の追随を許さぬ傑作です。映画化された「L.Aコンフィデンシャル」の素晴らしさも脳裏にしっかり刻まれています。犯罪が多発する人種の坩堝L.A。エルロイの読者にはなじみの世界。職務を逸脱し暴走する警官をキアヌ・リーブスが演じています。
         
幕開けのガン・ファイトから情け容赦の無さが漲った画面にグッと惹き込まれました。物語はL.A4部作の変奏曲といった趣ですが、アレンジが大変巧みな脚本です。人間が人間である事から生まれる悪徳。差別。暴力。不公平。公務員の不正。組織的腐敗。法で裁けぬ罪。正義と政治。友情。愛といった要素を取り込みながら、激しい暴力描写とともに、人としての在り様、生き方をきっちり描き出しているところに感心しました。

それにつけても、ロサンゼルスという都市の並々ならぬキャラクター的魅力はこの作品にも色濃く反映しています。しらっちゃけて、乾燥した空気に響く拳銃の発射音の、劇的な演出を排した残響の無さもリアルで、クールな演出は作品のクオリティーを一層高めめています。カメラも音楽も文句なし。とても面白かった。

原題:Street Kings
監督:デビッド・エアー
脚本:ジェームズ・エルロイ、カート・ウィマー、ジェイミー・モス
製作:ルーカス・フォスター、アレクサンドラ・ミルチャン、
製作総指揮:アーノン・ミルチャン、ミシェル・ワイズラー、ボブ・ヤーリ
撮影:ガブリエル・ベリスタイン
美術:アレック・ハモンド
編集:ジェフリー・フォード
音楽:グレーム・ラベル
出演:キアヌ・リーブス、フォレスト・ウィテカー、ヒュー・ローリー、クリス・エバンス、
2008年アメリカ映画
1時間49分
20世紀フォックス映画

2009/02/09

NODA・MAP「パイパー」


人類が火星に移住してから1000年を経て、移住者達の子孫は、常に彼らと共にあった機会生命体「パイパー」ともども存亡の危機に瀕していた。刻々と近づいてくる滅びのタイムリミットを横目に、父は巨乳の若い後添えを迎えようとし、娘達は盛んに異議を申し立てている。

野田秀樹の新作。松たか子と宮沢りえの共演を楽しみに出かけたのですが、火星のコロニーがセットされたステージの、設定は直に吞み込めたものの、意外な幕開けにはちょっと面食らいました。宮沢りえは声がつぶれているようで、目が慣れるまで誰だか分かりませんでしたが、松たか子はいつもの通り溌剌とした台詞回しで精気に溢れ、この姉と妹が大量の台詞を応酬する様は楽しめました。大勢の出演者を縦横に動かして、時間と空間を自在に飛び越えるダイナミックなスペクタクルシーンなど、演出の創意も充分でした。

しかし、1000年かけて滅びてゆくものと、後妻を迎える家庭内騒動との関係が見えてきません。このマクロとミクロがどう交錯するものなのか、はたまた平行してものなのかが分からず、もどかしい思いがつのります。舞台はダイナミックな見せ場になっても、物語はダイナミズムを欠いて進みます。全てがデータ化され、目に見えないものや数量化できないものまでも数値化せずにはおれない現代を風刺する視線には共感しつつ、しかしタイトルにもなっている「パイパー」という存在もまた、実のところどういうものかよくわからず次第に落ち着かない気分になってしまいました。

「野田版 鼠小僧」「野田版 研辰の討たれ」「野田版 愛陀姫」などの言い方に倣えば、これはさしづめ「野田版 火星年代記」でしょうか。しかし、話の核となるパイパーという機械生命体の設定にしても、「ボタン」という記憶装置の設定にしても安易なものとの印象が拭えません。そもそも、この話を語るのに火星である必要があったのかも疑問に感じました。

「パイパー」作・演出 野田秀樹 NODA・MAP 第14回公演
出演:松たか子 宮沢りえ 橋爪功 大倉孝二 北村有起哉 小松和重 田中哲司
佐藤江梨子 コンドルズ 野田秀樹         シアターコクーン

レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで

デュカプリオとケイト・ウィンスレットの共演となれば当然のように「タイタニック」が連想されます。その上にこのタイトルですから、てっきりシドニー・ポラックの「追憶」のようなラヴストーリーをイメージしていました。そんな気分の通り、流氷の海から生還した二人がめでたくゴールインしたかのように映画はスタートしましたので、この先の更なる困難苦難をレボリューショナリーな生き方で乗り越えて行く二人を描くのであろうと思いきや、何とレボリューショナリー・ロードとは二人が新生活を始める通りの名前なのでした。結局「タイタニック」のロマンチィックなイメージを前提に、ロマンティックさの欠片もない辛いお話を展開するわけで,なるほど、これはサム・メンデスの作品だったと納得しました。

サム・メンデスはデビュー作の「アメリカン・ビューティー」でアカデミー監督賞を受賞してしまった才人です。2作目の「ロード・トゥー・パーディション」もそうでしたが、人間の裏側を抉り出すのが得意です。例えば優しさに隠された蒙昧。快活さの裏の不信。強面に見え隠れする小心。そのような人物像を鮮やかにキャスティングして見せる。これが尋常でなくうまいのです。「アメリカン・ビューティー」ではクリス・クーパーが一躍脚光を浴び、大ブレークを果たしました。今回も、デュカプリオの友人夫婦をはじめ、上司、浮気相手のOL等々、脇を固めるキャラクター達はドキュメンタリー的な迫力と魅力に溢れた表情を見せてくれます。実に見事なキャスティングでした。中でも印象に残ったのはケイト・ウィンスレットとレボリュショナリーロードの優良物件を斡旋する不動産屋を演じたキャシー・ベイツでした。タイタニック同様にデュカプリオの良き理解者にして上品で優しい役柄とはいえ、かつて無いほど美しくて撮られているキャシー・ベイツの美人ぶりビックリしました。しかし、この美しさも伏線になってしまうところがいかにもサム・メンデスです。

細部に神経が行き届いた絵づくりと流麗な演出によるハイレベルな作品は隙がありません。センスもテクニックも一級で音楽の趣味も素晴らしいのですが、どうもこの監督の人間観には救いがありません。何と言うか、情と知の折り合いが悪く、私に取っては感心することはあっても感動できない監督がサム・メンデスです。

原題:Revolutionary Road

監督:サム・メンデス

製作:サム・メンデス、ジョン・ハート、スコット・ルーディン、
原作:リチャード・イエーツ

脚本:ジャスティン・ヘイス

撮影:ロジャー・ディーキンス

音楽:トーマス・ニューマン
出演:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、キャスリーン・ハーン、デビッド・ハーバー、キャシー・ベイツ

2008年アメリカ
1時間59分
配給:パラマウント

2009/01/26

007/「慰めの報酬」


007に邦題がついたのは久しぶりです。「慰めの報酬」曰くありげで格好いい邦題だと思います。でも意味は良くわかりませんです。

オープニングの激しいアクションは007のお約束です。前作から始まった、生理的な痛みや恐怖感を前面に押し出す演出は、さらに過激なアクションシーンを実現しています。一段目が収束したと見せて二段三段とたたみ掛けてくる展開はスピード感と重量感を両立させたハードなものでありながら、過去の作品への敬意を示すなど遊び心にも溢れて楽しめます。ボンドが陸海空に展開するバトルと超絶体技。全編に渡って、アクションシーンは実に洗練されてエレガントでさえあります。

ビックリしたのは素晴らしく状態のいいDC−3が登場してきたこと。冒険小説の栄光を担った名機の思いがけない大活躍には、この作品に注ぎ込んだ製作陣の愛と見識の深さが感じられました。

イアン・フレミングはボンドのイメージをケーリー・グランドに求めていたため、タイプの異なるショーン・コネリーの起用には反対だったらしいのですが、結果はボンド is とまで謳われたショーン・コネリーの魅力によって、硬軟併せ持つボンドのキャラクターも決定づけられました。ショーン・コネリーが降板してからは、ロジャー・ムーアからピアーズ・ブロスナンへと主としてボンドの軟派なDNAが受け継がれていきましたが、私はニヤけたボンドには違和感がありましたので、「カジノ・ロワイヤル」でボンドの硬派なDNAと共に登場してきたはダニエル・クレイグには好感を持ちました。この軟派から硬派への移行と言うか改革は「ジェイソン・ボーン」の存在を抜きには考えられないことですが、ベテランが新人の活躍に刺激されて生まれ変わる、それを、これほど決定的に鮮やかに成し遂げたダニエル・クレイグには絶賛の拍手を送りたいと思います。

絵に描いたような悪党面のゲルト・フレーベやアドルフォ・チェリが世界征服を企んだのも今は昔。今回ボンドがあぶりだす敵はNPOの環境保護団体という仮面をかぶっています。国家間の利害が多様に絡み合って、政治的な難しさを伴っているという状況設定説明など上面だけですが、物語にリアルさを与えるには必要充分でした。しかし、敵の首魁を演じたマチュー・アマルリックにはボンドに拮抗するだけの暴力性や身体能力が感じられず、ラスボスとの闘いにもかかわらず、アクションシーン全体の中でも弱くなっていたのが難点といえば難点でした。

とはいえ、良くできた作品です。中でも、ダニエル・クレイグが進境著しく、前作より遥かに魅力的なボンドを見せてくれました。ボンドに比例するようにジュディー・デンチも流石の貫禄で場面を引き締めています。今迄で最高のMだったのではないでしょうか。オルガ・キュリレンコのべたつかずキリっとした様子も説得力ありました。それらの中心にあって、やはりダニエル・クレイグの魅力が際立ちました。ホテルの部屋をチェックするボンドが、上着を脱ぎながら隣の部屋に消えていく。その姿の何とカッコいいこと。痺れました。脚本も演出も素晴らしいのですが、これは徹頭徹尾ダニエル・クレイグの格好良さを楽しむべき作品だと思いました。「カジノ・ロワイヤル」と見比べると良くわかるります。スーツの着こなし、身のこなし、表情のニュアンスまで、まるで別人のように垢抜けたボンド冷たい怒りが炸裂した「慰めの報酬」でした。

原題:Quantum of Solace
監督:マーク・フォースター
脚本:ポール・ハギス、ニール・パービス、ロバート・ウェイド
製作総指揮:カラム・マクドゥーガル、アンソニー・ウェイン
製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン
撮影:ロベルト・シェーファー
美術:デニス・ガスナー
音楽:デビッド・アーノルド
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、ジャンカルロ・ジャンニーニ、ジェマ・アータートン、ジェフリー・ライト、ジュディ・デンチ、イェスパー・クリステンセン
2008年アメリカ・イギリス合作映画
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2009/01/22

チェ/28歳の革命


カストロに共鳴した若者がゲリラ戦を指導して革命を成功へと導く。
チェ・ゲバラのこともキューバ革命の事も良く知らないので興味深く観ました。キューバの山中でゲリラたちの日常が、ごく日常的に描かれる前半は地味な展開です。そこに、国連に於ける演説。ジャーナリストのインタビューに応える姿。カストロとの邂逅場面などが、当時のニュース映像を思わせるような粒子の粗いモノクロ映像でカットバックされます。モノクロ映像が裏付けある客観映像なら、カラーのゲバラはソダーバーグの主観に基づく映像であり、二つ併せてゲバラとその時代を浮かび上がらせようとの狙いでしょうか。ただ、地味な展開の上に地味な映像がカットバックされるので、意識の集中がなかなか難しいため、シートにふんぞり返った受動的な態度ではてきめんに眠くなります。さらに、思わず身を乗り出すような事もなくて、少し寝ました。

「おもちゃを持った子供は、必ず2つ3つとより多くのおもちゃを欲しがる。欲望には際限がない。それが人間の本性なのだが、しかし、だからといって国がそれをやったら世界はどうなる」と言うゲバラにインタビューアーは「しかし、あなたも一個の人間ではないか」と返します。これに対し「フィデルも私も、全体のために個の欲望を犠牲にする立場を選択したのだ」とゲバラは答えます。カッコいいですが、喘息の発作に苦しみながら行軍するゲバラという頼りなげな姿もあり、ゲバラの不屈の闘志と行動力を普通に、ヒロイックでなく描いているところに、却ってソダーバーグの熱意と志を感じました。

国連での演説も山場を迎え、革命も本懐を遂げようかとする後半、前線が山中から市街へと拡大すると、それ迄の地味な流れとはうって変わって一気に戦争アクション映画の様相を呈した上に、カタルシスたっぷりに収束していきます。まるで、難攻不落のアカバを背面から奇襲して活路を開いたロレンスのアカバ攻略を思わせるような展開を眺めながら、ソダーバーグのこれは「アラビアのロレンス」だったのかと思いました。そうすると、何故かこの作品の作り方全体が、とてもしっくりと収まってくるような感じもしてきました。

ソダーバーグの「オーシャンシリーズ」は全然楽しめなかったのですが、ベニチオ・デル・トロのゲバラが、普通の中にも特別の感じが漂って、説得力も魅力も充分ありました。このままパート2でも楽しませて欲しいと思います。

原題:Che: Part One
監督・撮影:スティーブン・ソダーバーグ
製作:ローラ・ビックフォード、ベニチオ・デル・トロ
製作総指揮:アルバロ・アウグスティン、アルバロ・ロンゴリア、ベレン・アティエンサ、フレデリック・W・ブロスト、グレゴリー・ジェイコブズ
脚本:ピーター・バックマン
美術:アンチェン・ゴメス
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチル、サンティアゴ・カブレラ、エルビラ・ミンゲス、カタリーナ・サンディノ・モレノ、ロドリゴ・サントロ、ジュリア・オーモンド
2008年スペイン・フランス・アメリカ合作
上映時間:2時間12分
配給:ギャガ・コミュニケーションズ、日活

2009/01/21

ザ・ムーン

アポロ司令船の窓から見えているのは、月面へと降下して行く着陸船イーグル。月面の無彩色にイーグルの金色が唯一の有彩色として輝いています。荘厳で美しい、と同時に戦慄的な映像です。夜空の月を見ても、あそこに行ってきた人がいるということが嘘のように思えます。しかし今から40年前、人類は確かに月に降り立ったのです。

米ソ対立を背景に、国の威信とを賭けた宇宙開発競争から生まれたアポロ計画。あれから40周年を記念した記録映画ということで、巨大なサターンロケット打ち上時の迫力、荒涼さと静けさをたたえた月面の不思議な美しさをはじめ、NASAから提供されたという秘蔵フィルムの興味深い映像が次々に繰り出されます。60年代の社会状況を示すニュース映像に、当時を振り返った宇宙飛行士達の証言を織り込んで、アポロ計画とはどのように展開したかが淡々と示して、月面着陸が歴史的に位置づけられ評価検証されていきます。

その意味では、画面いっぱいに映し出された、70歳以上になる元宇宙飛行士のじいさん達の、とても人間的魅力に溢れた証言の数々が、この作品の何よりの要だと思えます。人間を月へと送り込んだ驚異的なプロジェクトの成功は、科学的、技術的にも世界に多大な恩恵をもたらしましたが、世界がこの40年間に遂げた変化が、アポロ計画とその結果に新しい光を与える事にもなりました。アポロの恩恵として世界が最も共有するべきは、人類史上初めて月に立った彼らが感じ、思ったこと。月に立った人間がどのような認識に至ったかでは無かろうか、と結論づけてゆきます。それは、漆黒の宇宙に浮かぶ色鮮やかな地球の美しさにおののき感謝するということ。

アポロ計画は結局莫大な資金を喰い尽くし、米の宇宙開発計画はその後縮小を余儀なくされてしまいます。あれから40年、今や誰も月に行く事はかないませんが、想像力を駆使して月に降り立つ手だてを共有の財産としてアポロ計画は我々に残してくれたのです。「ライト・スタッフ」+「アポロ13」+「宇宙からの帰還」これらの作品の面白さもぎっしりと詰まっていました。

原題:In the Shadow of the Moon
監督:デビッド・シントン
製作:ダンカン・コップ、クリストファー・ライリー
提供:ロン・ハワード
撮影:クライブ・ノース
音楽:フィリップ・シェパード
出演:バズ・オルドリン、マイク・コリンズ、アラン・ビーン、ジム・ラベル、エドガー・ミッチェル、デイブ・スコット、ジョン・ヤング、チャーリー・デューク、ハリソン・シュミット、ジーン・サーナン
2007年イギリス 1時間40分
配給:アスミック・エース