2006/01/18

歓びを歌にのせて


世界的な指揮者として頂点に立ちながら、身も心も廃人同様になってしまった男。全てを捨てて田舎へ隠遁するが、高名なマエストロを人は放っておかず、村の教会は聖歌隊の指導を依頼された男は、気の進まぬままに引き受ける。

スポ根ジャンル映画のお約束と言える滑り出し。この先、挫折した主人公が弱小チームを率い、苦難を乗り越え勝利へ導き、自己再生も果たす。という王道の展開かと思えば、基本的にはそうなのだ。このジャンルなら、コメディ、シリアスの如何を問わず、数多くの優れたファミリームービーを送り出して来たアメリカ映画。その水準に届いてるか。いや方向が全然違う。

例えばディズニーなら、勝利とは成功と正しさの証、というシンプルな価値観から生まれる興奮とカタルシスを間違いなく提供してくれる。ところが同様な設定と展開をみせながら、このスウェーデン映画が伝えてくる感触は全く異なっていて、例えば「天使にラブソングを」に見られるような興奮やヒロイズムは陰も形も無い。

特徴的なのは、人が全て等価な存在として描かれていること。もちろん、主人公は細部を描写され、内面も掘り下げられ、中心人物としての機能を果たしているのだが、他の人たちより価値ある存在として描かれてはいない。牧歌的な村人達も、善良さと同時に、無知で傲慢で偽善的で粗野で身勝手な面も併せ持つ、普通の人間として描かれている。指揮者と聖歌隊の人々を淡々と描きながら、人は、老いや若さや貧富や能力などによって差別されない。といったことを自然に伝える映像の力。

夫の暴力におびえる妻。夫の偽善に絶望する牧師の妻。主人公に好意を寄せる若い女性。この映画を支えている3人の女性を見つめる眼差しには、優しさと鋭さが感じられる。そこにはこの監督の人間的なスケールが如実に現れているようで、暴力も傲慢も嘘も、つまりは人を傷つけるだけの愚かな行いと、穏やかに、しかし毅然と示す彼女等の表情が胸に迫ってくるのだ。

音楽映画の体裁であり、音楽的な見せ場はあるが、特に音楽で無くとも成り立つ物語だと思いながら見ていたが、最後の最後になって、音楽でなければならない理由が、音楽であることの必然が明らかになる。お約束通り、訓練を積んだ聖歌隊は、最後にコンクールで勝利を収めるのだが、この勝利が並の勝利ではない。敗者のいない勝利というのは矛盾極まりないが、聖歌隊はこの奇跡を思いがけない形で成立させてしまう。この決着の付け方の鮮やかさには脱帽させられた。イノセントな魂の回帰を示すエピローグも美しい。

何かの犠牲の上に成り立つ勝利など、本当の勝利では無い、と優しく穏やかに言われるような作品。

これは蛇足だが、主人公のダニエルには明らかにキリストのイメージが込められている。そのつもりで思い返すと、主人公の描き方はもちろん、聖書のエピソードや登場人物に符合すると思えるところがいくつもある。

2005年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品

監督・脚本:ケイ・ポラック
出演:ミカエル・ニュクビスト フリーダ・ハルグレン
   ヘレン・ヒョホルム レナート・ヤーケル
2004年/スウェーデン/132分
配給:エレファント・ピクチャー