スターリン時代のモスクワ。国家保安省捜査官レオは反革命分子の摘発に辣腕をふるっていたが、悪意ある同志の姦計により失脚。辺境に追われ失意の日々をおくるレオが目にした殺人事件。損壊された遺体。その異様な手口に連続殺人を疑うレオは本格的な捜査を進言するが一顧だにされない。偉大なる革命国家に犯罪など存在する余地はないとする体制下、レオは存在してはならない捜査に踏み出していく。
スターリン政権下の猟奇連続殺人というアイディアが秀逸。異色というか盲点を突いた設定で鮮度が高い。革命直後の社会状況の苛烈さ、相互に監視し合う閉塞的で油断のならない毎日、寛ぐことさえ困難な社会の有様を、革命勝利への必然と肯定する社会主義に教化された主人公が、政治的にあり得ない事件の解決へと身を投じていく過程を、個を回復し他者への信頼を獲得していく成長の物語として料理してみせた作者の腕前の鮮やかさ。
陰鬱な世界に暗くて重いエピソードの連続だが、各キャラクターの描出には安定感があり人物はしっかり立ち上がってくる。非人間的な状況下の非人間的な事件が、抑制の効いた、それでいて随所に清新な気風漲る文章で生き生きと人間味溢れる物語として描き出されている。
ミステリーとしては様式的にバランスを欠いていることもある。因果が劇的すぎるきらいもある。が、そんな偏狭な見方を吹き飛ばす熱気と志しの高さこそ、この作品の素晴らしさと思う。月並みだが、重厚で骨太な面白作品。これがデビュー作という30才のニューカマー。次作も断然期待なのだ。
チャイルド44 上・下
トム・ロブ・スミス
訳 田口俊樹
平成20年 9月1日 初版
新潮文庫