
鶴ヶ丘八幡宮境内の木立に建つ、直線で構成された美術館はいかにも近代というに相応しいモダンなシルエット。くたびれ具合も程よく、いつ来ても静謐な佇まいは魅力的だ。
その環境、建物の全体を大胆に使いながら、作家は繊細でしなやかな空間を創り出した。
都市の利便性がもたらす恩恵。しかし予定にしばられ、ネットに依存し、情報に振り回される毎日。管理体制は強まる一方で何もかもが複雑化、あるいはブラックボックス化するリアル社会にストレス募らせ、それだけに一層バーチャル化も加速する。次から次に生み出される様々な病理現象に到底対応仕切れない現代社会。そのような状況に人はどう対することが出来るか。内藤礼は展示ケースの中にギャラリーを招き入れて静寂を聞けと言い、闇の深さを思えと言う。空中に吊るしたリボンを揺らす風の恵みに感謝し、空の青さに畏敬の念をいだけと、あるいは、目を凝らせなければ見えないものを見ろと、そんな風には言っていないが、言っているように感じたのだった。アバターもサロゲートも内藤礼も言っていることは同じ、身体性の回復。五感を楽しませ想像力を羽ばたかせる。都市生活者は野生を忘れてはいけない。自然との回路はいつでも開かれているのだ。そうなのだ、チャンネルはオープンなのだと美術館を出れば、境内には真冬の風が吹き渡る。鎌倉時代にも吹いた冷たさだろうか。