死ぬ程面白いル・カレのスパイ小説だから、いくつか映画化はされている。全部映画館で観ているが、残念ながら成功した作品は最初の「寒い国から帰ったスパイ」だけだ。それ以外には、面白くなかった記憶しかない。
冷戦構造の崩壊以降、CIAとKGBの暗闘というような設定はリアルさを失い、ル・カレの視線も大国のエゴと弱小国家、少数民族の悲劇などにフォーカスするようになった。「パナマの仕立て屋」はル・カレ自ら、製作脚本に名を連ねて映画化に当たっている。原作も新境地を感じさせる作品だったから、映画化にはことさら気合いが入ったのだろう。
だが、出来はどうだったかはわからない。原作は途中で読むのを止めてしまい、映画も途中で寝込んでしまった。だから「パナマの仕立て屋」については何も分からない。ル・カレを途中で放棄するという、以前は考えられない自分の態度に、時間の流れを感じ、我ながら淋しく思ったのは確かだ。
「ナイロビの蜂」の原作も読んでいない。読んでいないが、これはいかにもル・カレを感じさせる。ル・カレの映画化として最良、最高の作品になっていると思った。ル・カレな面白さが伝わってきた。
静かな英国外交官の心を捉えた女性は、タフでエネルギッシュな人道主義者、バリバリの理想主義者だった。本来出会うはずの無い二人は、それ故に惹かれ合い結婚するが、この出会いが妻の命を奪うことになる。妻の死の真相を突き止めようとする夫が追体験する妻の生き方。やがてアフリカの大地と人々の背後に、富める者たちの不毛な欲望が浮かび上がる。
階級に守られたコンスタントなガーデナー。安寧にぬくぬくと生きてきた夫のレイフ・ファインズがいい。この人は今まで一度も良いと感じたことが無かったが、妻の生き方を通して、階級意識を乗り越え、世界を再発見して行く夫の反省する姿に、自然な説得力があってとても良い。妻役のレイチェル・ワイズは、これでアカデミー助演女優賞を受賞。確かに見せ場も豊富で、受賞もなるほどと思わせる体を張った熱演だった。
アフリカのスラムに生きる人々を捉えたカメラの迫力。「シティー・オブ・ゴッド」(未見)で評判をとった監督は、世界を社会派的な視点で追いながら、しかし権力や国家や組織を安易に告発するのではなく、あらゆる問題も、つまりは個々人の生き方の問題ではないのかと問いかけてくる。大人なのだ。
理想と現実の間を埋める。そこに夫婦の、というより男女のすれ違いの愛ではあるが、ストレートに愛を持って来たところには、原作に忠実な映画化だとしてだが、何よりル・カレの成熟が感じられる。
原題:The Constant Gardener
監督:フェルナンド・メイレレス
原作:ジョン・ル・カレ
脚本:ジェフリー・ケイン
出演:レイフ・ファインズ、レイチェル・ワイズ、ビル・ナイ、
2005年イギリス=ドイツ合作/2時間8分
配給:ギャガ・コミュニケーションズ