2010/02/04

ラブリーボーン


子供は親のことなど眼中にないが、親がどれ程子供のことを気にかけているものか。子に先立たれた親の痛ましい報道に接する度に、家族が抱え込まざるを得ない辛さ、察するには余りある絶望を思わずにはいられない。この映画は、変質者によって非業の死を遂げた少女を軸に、家族が負った傷の深さが描かれる。主演のシアーシャ・ローナンは人生の一定期間にだけ存在できる少女としてこの上ない美しさ。その妖精のような輝きが厄災の種となり、その魅力が映画全体を支えていく。死者が死者であることを宣言するオープニング。犯人は素知らぬ顔で隣人を装い、家族は断絶を深め、未練を残す少女は成仏できない。シリアル・キラーはのさばり続けル中、被害者家族だけが救われない。刑事も霊能者も出てくるのだから、通常なら犯人逮捕に向けサスペンスが高まって行くところだが、それらの要素を全て外されてゆく。警察も法も機能しない。家族も観客も救われないのである。設定はファンタジーだが、展開はまことに現実的だ。犯人逮捕のカタルシスでは解決できないのが家族の苦しさであり、家族であるからこそそれを越えることができるのだと再生への筋道が慰謝の願いと祈りをもって描かれている。ハリウッド・メジャーの配給でもこのニュージーランド製はカタルシスの方行が異なっていて味わい深い。天国の入り口は描かれるが天国そのものは描かれないのと同様に地獄は落下のイメージで暗示されるに留めている。最後の最後迄法律とか社会正義に頼らない価値観こそピーター・ジャクソンの想いだろう。

2010/02/03

「束芋」 断面の世代 横浜美術館


新聞小説の挿絵とアニメのインスタレーションで構成された展示。作者の関心はメタモルフォーゼにあるようで、体や内臓が様々に変容していくイメージが繰返される。これも身体性を意識する、あるいはこだわりか、バーチャル度を高めていく社会が強く意識されているようだが、批判的な視線は感じられない。20世紀前半ののアバンギャルドを思い起こさせるようなイメージもあるが作品には破壊的なところはなく、結構スマートかつクールな様子でまとまっている。何だかスルっとすり抜けていくようでどうも取っ掛かりが無いのだ。何と言うか、モツ煮込みのようなのだが、モツ本来の臭みや歯ごたえはなくて、モツが洗練された感覚でお洒落に料理されているような感じなのだった。熱いけれど冷静なのだ。

「内藤 礼」 展  神奈川県立近代美術館 鎌倉


鶴ヶ丘八幡宮境内の木立に建つ、直線で構成された美術館はいかにも近代というに相応しいモダンなシルエット。くたびれ具合も程よく、いつ来ても静謐な佇まいは魅力的だ。
その環境、建物の全体を大胆に使いながら、作家は繊細でしなやかな空間を創り出した。
都市の利便性がもたらす恩恵。しかし予定にしばられ、ネットに依存し、情報に振り回される毎日。管理体制は強まる一方で何もかもが複雑化、あるいはブラックボックス化するリアル社会にストレス募らせ、それだけに一層バーチャル化も加速する。次から次に生み出される様々な病理現象に到底対応仕切れない現代社会。そのような状況に人はどう対することが出来るか。内藤礼は展示ケースの中にギャラリーを招き入れて静寂を聞けと言い、闇の深さを思えと言う。空中に吊るしたリボンを揺らす風の恵みに感謝し、空の青さに畏敬の念をいだけと、あるいは、目を凝らせなければ見えないものを見ろと、そんな風には言っていないが、言っているように感じたのだった。アバターもサロゲートも内藤礼も言っていることは同じ、身体性の回復。五感を楽しませ想像力を羽ばたかせる。都市生活者は野生を忘れてはいけない。自然との回路はいつでも開かれているのだ。そうなのだ、チャンネルはオープンなのだと美術館を出れば、境内には真冬の風が吹き渡る。鎌倉時代にも吹いた冷たさだろうか。

「サロゲート」


自宅のコンソールからロボットを操作して全て処理させることが可能になった未来。システム上あり得ない殺人事件が発生。やがて世界を揺るがす大陰謀が浮かび上がる。「アバター」に次いで、高度に発展した在宅勤務のバリエーション展開という状況設定は一緒だ。まあ、こちらはロボットという違いはあるが、未来は何もしない安楽な生活が実現し人間性はスポイルされるだろう見通しはすっかり定着したようで、最近はこういう設定の話が増えてきた。「ウォーリー」とか。さて、そのブルース・ウィリスの分身ロボット、髪の毛フサフサ、シワ一つないツルンとした顔で捜査に当たるが、事態が込み入ってくるとやは生身じゃなけりゃ埒があかんとハゲでシワシワのポンコツ振りを晒しながら大活躍。低予算だがしっかり作ってあるし、短時間でコンパクトにまとまっているところも好ましいSFアクション。このB級感覚が楽しくて好きだな。

「母なる証明」


去年、評判が高かった韓国映画。劇場で見るのは諦めていたが小田原コロナにかかったので見に行く。
殺人容疑で逮捕された知恵遅れの息子と無実を信じて真犯人の究明に奔走する母親。冬枯れの野原に女が一人踊り始める奇妙なオープニングから、何だか目が離せなくなる。主人公の母親の生活感、存在感と力強い演出がうまく噛みあって画面には重量感がある。母親の思いが通じて無垢な息子の冤罪が晴らされるか、と思わせて意外性を高める後半のタフな展開も素晴らしい。この監督は過去に怪獣のジャンル映画と見せて凶暴なホームドラマにしてしまった「グエルム」という作品がある。あれに照らせばこれも母という名の怪物を描いたホームドラマと言える。単に「母」とシンプル極まる原題を「母なる証明」とした邦題は、曰くあり気でとても上手い。
ところで、「グエルム」も「母なる証明」も骨太でパワフルな面白さは分かるが、どうも魅力を感じない。この母親も印象的だが、顔の表情で見せる芝居は仲代達矢的な技巧が炸裂して好みではないし、息子のイノセントな様子もあざとく感じてしまう。この監督絵作りはセンスが良いし語り口も力強い。才気煥発で実力もあるが。だがここと言うところで作為、あざとさを感じてしまうことがしばしばで、どうも相性がよろしくないのをである。

「アバター」


09年の見納めだったアバターだが愚息1号と帰省中の2号を伴って東宝シネマズ小田原で再見。
前回の平塚シネプレックスに比べ、東宝シネマズ小田原の遥かに高解像な映像にビックリ。どちらもXpand方式なのだが、この違いは一体何だ!隅々まで入念に作りこまれたディティールがより鮮明に映っている。映像の素晴らしに改めて感動した。ところが、その後 『アバター』3D全方式完全制覇レビューhttp://itsa.blog.so-net.ne.jp/2010-01-15 というブログを読むに及んで、俄然IMAXが見たくなり、再度1号2号を道連れに、川崎のIMAXシアターへ。ウーン、スクリーンサイズ、光量、明度、彩度、音響、全然別ものなのだった。吹替版だったのも文字が無い分絵に集中できたので大正解。

2010/01/05

09年のまとめ 舞台編


1月
歌舞伎座 昼 俊寛 花街模様薊色縫 十六夜清心 鷺娘
国立劇場 象引 十返りの松 甫競艶仲町
紀伊国屋 しとやかな獣 (ケラリーノ・サンドロビッチ) 

*鷺娘(玉三郎)が印象に残った。
*いきなりオッパイ鷲掴みにされた緒川たまきにびっくりしたら公演後ケラと結婚。納得した。 
2月
コクーン パイパー(野田秀樹)

3月
歌舞伎座 昼 元禄忠臣蔵(刃傷 評定 綱豊卿) 
       夜 元禄忠臣蔵(南部坂 仙石屋敷 最後の一日)
赤坂ACT 蜉蝣峠 新感線

*元禄忠臣蔵の通し 綱豊卿の仁左衛門が実によろしかった。 
*蜉蝣峠 立ち回りで最高の頑張りを見せた堤真一は良かったが、クドカンの脚本は下世話でスケールに乏しく面白みに欠けた。

4月
歌舞伎座 昼 先代萩
        夜 毛谷村 郭文章 曽根崎心中

*先代萩 玉三郎の政岡は情より知がまさる感じでもう少しふくよかさが欲しかった。
   
5月
歌舞伎座  夜  毛剃 夕立 神田ばやし 鴛鴦襖恋睦
新橋演舞場 昼 金閣寺 心猿 近江のお兼 らくだ

*馬の引き抜きなんて思ってもみず、茶色の馬が白に変わった近江のお兼にはびっくり。

6月
鎌倉芸術館 トワイライツ (モダンスイマーズ)
国立劇場   華果西遊記 

7月
コクーン   桜姫(現代版)
歌舞伎座  昼 五重塔 海神別荘
鎌倉芸術館 松竹大歌舞伎 東コース

*海神別荘の玉三郎と海老蔵のオーラ、美しさが格別だった。夜の「天守物語」のチケが取れなかったのが残念至極。

9月
歌舞伎座 昼 竜馬がゆく 時今也桔梗旗揚 お祭り 河内山
       夜 浮世柄比翼稲妻 勧進帳 松竹梅湯島掛額
日生劇場 ジェーン・エア
平塚市民s 清水ミチコ トーク&ライブ
 
*ミッちゃん最高!

10月
コクーン  コースト・オブ・ユートピア
国立劇場 乱歩歌舞伎Ⅱ(京乱噂鉤爪)
歌舞伎座 昼 毛抜 蜘蛛の拍子舞 河庄 音羽獄だんまり
       夜 義経千本桜(渡海屋 大物浦 吉野山 方眼館)
演舞場 蛮幽記 新感線
銀河劇場 組曲虐殺(井上ひさし)
  
*悪逆非道な人間豹がいつの間にか憂国の士に。人間豹を龍馬にしてどうする。乱歩と司馬遼の区別もつかない乱歩歌舞伎Ⅱ最低。
*文句なしに面白かった「蛮幽鬼」。中島かずき、いのうえひでのりは日本一の作、演出家。
*小林多喜二の生涯を重くならず軽やかに。悲劇を描いて明るく楽しい舞台にしてしまう井上ひさしに刮目。本年屈指の名作「組曲虐殺」
  
11月
歌舞伎座 昼 仮名手本忠臣蔵(大序 三 四段目 道行) 
    夜 仮名手本忠臣蔵(五 六 七 十一段目) 
コクーン 十二人の怒れる男
       
*蜷川演出の「十二人の怒れる男」俳優達の熱演も含めて、シドニー・ルメット作品の素晴らしさを再確認。

12月
歌舞伎座 昼 身替座禅 野崎村 大江戸りびんぐでっど
国立劇場 修善寺物語 頼朝の死 一休禅師
コクーン  東京月光魔曲
 
*「大江戸りびんぐでっど」クドカンの新作歌舞伎。新聞などでは毒気が強く歌舞伎座の客に合わないなどと叩かれていたが、時代に即した内容と真当な批評性を取り込んだ物語に遊び心あふれた見せ場を配して世話物にまとめた意欲作で楽しく面白く客席も結構な盛り上がった。
*国立劇場も新歌舞伎を上演していたが、陰気で重苦しい演目は役者さんたち熱演だが楽しめなかった。
*「東京月光魔曲」ケラの新作は新年のカウントダウンも楽しめるいろいろ趣向を凝らし、豪華キャストの大作。色と欲とで振り回される男女のとりとめのない話を耽美5、喜劇3、猟奇2ぐらいの配分で語っている。耽美と喜劇は両立し難くあるが、松雪泰子とともに耽美方面を受け持った瑛太が凄くカッコよく、立派に重責果たした。喜劇方面を受け持った大倉孝二は可笑しさに哀感漂わして味わい深い。伊藤蘭ちゃんは勿体無い使われ方で実に残念。

2010/01/01

2009年 映画のまとめ

09年に劇場で見た65本(邦画15本)その中からとても楽しめた10本 順不同

ザ・バンク 堕ちた巨像 
グッケンハイム美術館にカメラが入ったんだと物珍しく眺めていたら、いきなりの激しい銃撃戦であっという間にギャラリーがズタボロになったのが強烈なインパクト。でネットで全部セットを組んだのだと知り納得。作り手の意気込みが作品を厚くする。それを抜きにしても脚本演出役者全て水準を抜いている。

ウォッチメン      
アメリカンなヒーロー像を辛辣に解体しながらも理想主義に含みを残す。素っ裸で青く輝くDrマンハッタンの時代に、ロマンティックな故に哀感ただよってしまうロールシャッハの貧乏ったいハードボイルド振りは泣けた。

007 慰めの報酬

96時間

くもりときどきミートボール3D  
集団的自衛権を行使するジャンクフードが空を覆い尽くし、ピザやフライドチキンが襲来する。思いっきりシュールな悪夢。今日性に溢れた素材に父と子の相克という普遍的なテーマで切り込んだドラマは大人にも通用する深みがある。過剰な可愛さで観客に媚びないキャラクターデザインも原色多用のポップな色彩も主張が明確で好感した。ボケたギャグもシャープ。これは意外な秀作なのだった。

グラン・トリノ     
「許されざる者」以降の作品は重さも陰気さも半端じゃなくて、面白いが2回見る気にならなかったが、この軽やかさはどうだ。主人公は自動車産業の栄光と共に、つまりはアメリカの栄光そのものを生きたことを誇りとする老人だが、その差別的言辞や苦々しさに歪む表情や独特の笑顔、そして何よりブラフのかけ方において、完璧にハリー・キャラハンであることに感動した。後日、オバマが{GMを救済」との報道に接した折には、老人がアメリカの伝統、文化を象徴する愛車のキーを有色人種の少年に託した場面が見事に重なり、老監督の視線の深さに改めて感じ入ったのだった。
ローハイドからマカロニ・ウエスタンへ転じドン・シーゲルと出会いマルパソカンパ二ーで独立し、ソンドラ・ブロックを経てアカデミー監督となるもB級扱いの偏見の壁は厚かった。そこから先の充実した仕事振りは他に比類がない。最晩年といえる歳に至ってなお、このような瑞々しさに溢れた豊穣な作品を連打するクリント・イーストウッドという名の驚異。
                   
イングロリアス・バスターズ
タランティーノの脳みそは過去に見た映画の記憶とこれから作りたい映像だけで出来上がっているのじゃないか。例えばドレスアップし入念にメークアップするメラニー・ロランをアップで捉えたシーンは「グライド・イン・ブルー」の白バイ警官が鏡の前で装備に見を固めていくシーン思い出させる。他にも至る所に色々な映画の記憶を喚起させるようなシーンが見られる。しかし一番の面白さは、農夫と大佐の会話に何故が緊張感が高まってゆく場面の観客をブラインドサイドにおいた演出の見事さ、かと思えば今度は逆に手の内バラしていつ発火するかとサスペンスを積み上げていく酒場のシーンの緊張と緩和のダイナミズム。ダイアン・クルーガーの足の包帯を心配する素振りから一気に狂気へと振れる大佐の意外性。ナチは悪でアメリカは善というような図式とも無縁に悪いヤツはドッチにもいるというのも説得的。嬉々としてバカをやるブラピがホントに馬鹿に見えた分、クリストフ・ヴァルツがより賢く見えたたものの、最後はきっちりと帳尻を合わせる。もうタランティーノ自由自在なのである。

アバター3D
3D元年と言われるほど普及し始めた今年。3Dで見たのは センター・オブ・ジアース モンスターvsエイリアン ハリーポッター・謎のプリンス ボルト くもりときどきミートボール ファイナル・デッド・サーキット クリスマス・キャロル カールじいさんの空飛ぶ家 アバター の9本。このうちで3D表現と内容とに必然性を感じさせる点においては、「ポーラー・エクスプレス」から「ベオウルフ」といちはやく3Dni取組んできたロバート・ゼメキスが「クリスマス・キャロル」で一日の長の余裕を見せつけた。立体表現といっても刺激としては要するにこっちに来るかこっちから行くかだけというシンプルさだ。だから見せ方には工夫なければ長時間の鑑賞はきつい。その点ロバート・ゼメキスの演出はよく計算されていたて。意外にも平板で面白さに欠けたのは「カールじいさんの空飛ぶ家」。これは内容も底が浅く暴力性が高く救いが無いなどがっかりさせる作品だった。これらの中でアバターはスケールも品質もケタ違いの3D映像で誠に見応えがあった。例えて言えば全編フランク・フラゼッタの絵がフルアニメで動いているような密度と迫力なのだ。ウーン、お話や設定には穴もあるが、とにかく革命的に凄い絵のつるべ打ちだ。

2012
絵の凄さでは2012も負けていない。ローランド・エメリッヒの映画を見たからって何がどうってこともないが、ローランド・エメリッヒがいなかったら、映画界の楽しさはきっと何割か不足してたような気がする。狂気に支えられた仕事のなんと魅力的こと。

this is it
思いがけなくマイケル・ジャクソンの魅力と誇りを持って自分の仕事をする男のカッコ良さをみせて貰った。



次点 スペル、バビロンA.D ベンジャミン・バトン ウォーロード 風が強く吹いている.


日本映画で印象に残ったのは「風が強く吹いている」「南極料理人」「劔岳 点の記」など。

ローマ字やカタカナ表記の時代劇は外人向けの異国情緒やCGに頼った絵作りなど、安っぽさが良く似ていた。
「沈まぬ太陽」はエアラインを舞台に人の生き方を問う内容でありながら、飛行機が飛ぶシーンがチープで嘘くさい。肝心要の絵をおろそかにしているから役者の熱演も空回りするようだった。だから、箱根駅伝のレースシーンを自然なリアルさで見せた「風が強く吹いている」が一層爽やかに見えた。
「笑う警官」は原作を読んでいたし、「ハゲタカ」で魅力的だった大森南朋主演なので見に行ったのだが、角川春樹の脚本演出に唖然とさせられ、途中からは、大家の義太夫を無理やり聞かされる店子のような気分になった。義太夫に比べたらこちらは金を取られた分より悲惨なのだった。
15本だけで言うのはおこがましいが、今や日本映画界は滅びへの道をひた走っているような感じがする。「ディア・ドクター」「空気人形」を見れなかったのは残念だが、見ていたとしてもこの印象は変わらないような気がする。多分

2009/12/21

2009年の映画をふりかえる

http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20091217#p1

空中キャンプ氏の企画に乗せてもらいます。

名前  螺子山 旋吉 / 性別  男

--2009年に劇場公開された映画でよかったものを3つ--
* グラン・トリノ
* ザ・バンク
* 2012

--選んだ映画のなかで、印象に残っている場面--
「2012」イエローストーンが火を噴く場面のウディ・ハレルソンは「十戒」のチャールトン・ヘストンに重なった。海が割れて活路が拓けた時代から幾星霜、今や地球崩壊は必至なのだと映画が示す世界観も変ったのだ。

--今年いちばんよかったなと思う役者さんは--
ナオミ・ワッツ。良かったというのはちょっと違うがキャリアの割に「ザ・バンク」や「イースタン・プロミス」とか出る作品が面白い。脚本を読む力がある女優さんなのだと思った。
  
--ひとことコメント--
今年一般化してきた3D映画、飛び出す刺激も直に慣れてしまうので映画としてきっちりした中身は必要だが、公開された作品はどれも良く出来ていた。中でも、3Dの必然性が良く反映されていたのがロバート・ゼメキスの「クリスマスキャロル」と「ファイナル・デッドコースター3D」。後者のエゲツない3Dスプラッターの絵作りにはクリエーターの心意気を感じられて楽しかった。「アバター」楽しみ。

2009/10/04

コースト・オブ・ユートピア ユートピアの岸へ


12時開演で幕が閉じるのは22時20分過ぎという芝居。休憩時間を引いても実質9時間を越える上演時間。この間狭い椅子に括りつけられたような状態で果たして快感が得られるのかと疑念も湧いたが、いつも刺激的な蜷川の演出への期待とミーハーな好奇心もあってチケを分けてもらったのだった。しかし、万来の拍手とともに客席とステージが一つになったカーテンコールの高揚感の中で、これはなにより9時間にわたる着席のたまものと納得がいった。

ロシア革命の先駆的役割を果たした若き理想主義者達の青春群像。彼らの30年間が時代とともに「船出」「難破」「漂着」とした3部構成でじっくり描かれる。メインキャラクターは阿倍寛のロシア初の社会主義者となるゲルツェン。対抗が勝村政信の貴族出身の革命家バクーニン。この二人を始め登場人物の大半が口にするのは理想主義的な観念論が多く、長広舌ともなるとぼとんどアジ演説と化すようなのだが、じゃあこれが退屈かというとそうではなく、実に面白いのだ。膨大な台詞がハイスピードで流れて行くが深みのある内容が気の利いた言葉で語られてグイグイ惹き込まれる。演劇とは台詞を聴かせるものだと、当たり前のことに改めて気付かされる。

脚本の深さと翻訳の凄さが阿部寛や勝村政信の台詞からダイレクトに伝わってくる。蜷川の常連俳優流石の力量なのだ。別所哲也のツルゲーネフも悪くなかったが、エキセントリックな笑い方が誰かに似ているのが誰だか思い出せず、笑う度に凄く気になったのには困った。後半は笑わなくなったのでとても助かった。後で「アマデウス」のトム・ハルツだったと思い至った。男優で一際輝いていたのは意外にも池内博之。芸術とは何かと問い続けて止まない不器用な文芸批評家を演じ、観念的な台詞にほとばしる情熱を通わせ、更には存在の悲哀といった気配までも漂よわせる。実に魅力的で見応えがあった。

男達がどれだけ天下国家を論じようと、夫を我が子を恋人を愛し慈しむ女達が現実の世界を支えている。理屈に殉ずる男と愛に生きる女達。様々な愛の形を浮き彫りにする女優達もまた美しい。いや、きれいな女優さんが美しく装うと本当にきれいだなぁとこれも改めて実感させられたのも今回の収穫。美波のキュートさや京野ことみの華も印象的だったが、とりわけそのゴージャスでエレガントな美しさと並々ならぬ存在感に圧倒されたほとんどエヴァ・ガードナー級の麻美れい。声高で演説口調が多い中で、発声は明瞭で口跡は美しい。優れた台詞回しのニュアンス豊かな表現がお見事。話は逸れるが、こういう素晴らしい女優さんが映画に出ていないのは日本映画の損失だ。とは言え、きちんと使いこなせるとしたら黒沢明級の実力は必要だろうが、こういう人の魅力を十全に引き出すような大人の作品が無いことには、今に始まったことではない日本映画界の本質的な貧困さも感じてしまうのだ。

客席を大幅に取っ払って舞台を設え、本来のステージ上はすべて客席にしたコクーン内部。脚本の緻密さに大胆な演出で応ずる蜷川。楽屋も兼ねたステージ上では暗転の間に着替えもする役者達。勝村の横っ面に佐藤江梨子が容赦のないビンタを張ったのには驚いた。毎回あれではどちらも大変だろうと同情するところだが、気迫が漲り、アドレナリン分泌しまくっているような充実感を溢れさせた役者達が満席の観客を9時間に渡って力強く牽引したこのステージ全てが、阿部寛の台詞に込められたメッセージを見事に具現化していることにも感動した。

10.3 A-19
シアターコクーン

脚本:トム・ストッパード
演出:蜷川幸雄
出演
阿部寛 勝村政信 
石丸幹二 
池内博之 
別所哲也 
長谷川博己 
紺野まひる 
京野ことみ ヴァレンカ 
美波  高橋真唯 
佐藤江梨子 水野美紀 栗山千明 
とよた真帆 
大森博史 
松尾敏伸 
大石継太 
横田栄司 
銀粉蝶  毬谷友子 
瑳川哲朗 
麻実れい