パブリックアイ上がりのプライベートアイ、ハードボイルドな探偵としては非の打ち所がないキャリアだ。ボッシュが公から民へと転じた経緯も動機も、21世紀の新たなハードボイルド探偵像を打ち立てるに相応しい魅力あるものだった分、期待も大きかったのだが、やる気が空回りしたボッシュが印象的だった「暗く聖なる夜」や、エレノアとのゴタゴタを引きづりながらポエットとの派手なエンディングに突入していった「天使と罪の街」に共通するのは、私立探偵であることへの戸惑いや苛立から無理を重ねていくボッシュの姿だった。少しも楽しまずかっこ良くもなく、ボッシュは私立探偵が辛そうにみえた。
ボッシュというよりアティカスかと思わせるタイトルの新作。
未解決事件班に配属され、17年前の少女殺害事件の再調査を命じられたボッシュ。3年のブランクに勘も鈍っている。新米であり以前のように自由に動くことは出来ない。制約も不安も少なくないが、それさえ現場復帰の喜びには代え難い。かくして、ボッシュは旧知のキズミンと共に17年前の調書に残る空白を埋めにかかる。
調書を頼りに足で稼ぐ地道な捜査。捜査活動の基本をこなすボッシュを丹念に追いながら、同時に一層のリリシズムでロサンゼルスと言う街の様々な顔を、従来にも増して丁寧に描きだすコナリーの筆が冴えている。作者の大好きなラスベガスもFBIもどんでん返しも封印し、エレノアとのゴタゴタも遠方に押しやって、筋肉質な展開に面白さが加速して行く。夾雑物を排除したストイックな作りにも、作者は小芝居するボッシュというサービスも忘れない。
作者が思っていた以上にボッシュはバッジへの依存度が高かった訳だ。チャンドラーを敬愛する作者にして、自らが考えていた程にはチャンドラー気質ではなかったのだ。だからこの期に及んで、ボッシュを民から公へと復帰させるという、冗談にも程がある前代未聞な展開でシリーズの起死回生を図るという大博打に出て、コナリーは見事な勝ちをおさめた。この独創性的発想と大胆な手口によって、シリーズはハードボイルド探偵史をユニークに更新し、ボッシュは二人といないキャリアを身にまとうことになった訳だ。コナリー実にやるもんなのである。そう、組織の力学に影響されない正義漢、組織にあってこそ輝く男なのだ。
終決者たち THE CLOSERS
著者:マイクル・コナリー
訳者:古沢嘉通
発行:07年9月14日