

7世紀のアイルランドを舞台にしたミステリー・シリーズ。
ヨーロッパの中世というのが既に一大ミステリーなのだが、さらにアイルランドとなると、最近見た「トリスタンとイゾルデ」に描かれた蛮族なイメージぐらいしか思い浮かばない。本格ミステリは守備範囲外だが、英語圏では既に17作も出ている人気シリーズの、これは5作目だという。わざわざ5作目から訳出という出版社の戦略への興味も湧いた。
読み進める間もなく、人気シリーズであることがよくわかる。面白いのである。
主人公の修道女フィデルマてのが、王の妹にして高位の裁判官かつ弁護士かつ宗教者で、これだけでも相当なもんだが、さらに武芸に秀で、清廉高潔、頭脳明晰、容姿端麗、眉目秀麗なうえに溢れる気品と含羞の若き女性という天下無敵のセレブ振りなのである。実にどうも、水戸黄門と大岡越前とジャンヌ・ダルクを一人にまとめちまったような、大胆というか、欲張りというか、図々しいというか、こんな臆面のないキャラ造形、普通はしないだろう。
しかし、ピーター・トレメインはやっちまった。あとがきに、作者はケルト研究の大御所として世界的に高名な学者だと。なるほど、リスクをとったらハイリターンの大成功って訳だ。プロの作家じゃできない芸当ではある。そうして生まれたフィデルマの万能性は、スーパーなヒロインの活躍によるカタルシスを読者にたっぷり与えてくれるが、むしろ7世紀のアイルランドという特殊な背景、当時の社会状況を読者に分かりやすく、面白く伝えるためのものだと理解できる。
フェデルマが事件の核心に迫る過程で、ブリテン人のエイダルフを相手に語る7世紀アイルランドの社会制度や伝統的宗教、生活様式に関わる蘊蓄が物語にリアルな彩りを添えるが、同時に合わせ鏡のように現代社会を相対化していく面白さも特徴的。
例えば、上巻のp143に見られるフィデルマの言葉は次のようなものだ。
「彼は公平な裁判なしに断罪されてはなりません。」
「障害者を侮辱した人間には、重い罰金が科せられます。それが神経を病む者だろ
うが肢体に支障がある者であろうが、誰であろうと」
7世紀アイルランド。修道女フィデルマ。かっこいいのだ。
事件は起こり、魅力ある謎が提示される。地方の名家にまつわる因習の深さと血の怨念。何だか横溝正史を思わせる状況の中、物語は本格推理の様式を満たして関係者全員集合のクライマックス、名探偵の謎解きへと至る。ここ迄の面白さに対し、謎解きはカタルシスが不足していると思うのは本格嫌いの偏見として、シリーズの面白さ、フィデルマの魅力はしっかり伝わってきた。