2008/03/13

私の男 桜庭一樹

分ち難く結びついた父娘を描いた直木賞受賞の話題作。
娘の婚礼からさかのぼって親子の過去を明らかにいくという構成は、近親相姦というアンモラルに、つい好奇や嫌悪が入り交じる普通な読者の複雑な心理を読み切った、作者の老練手練れぶりを示している。同様に、腐野淳悟と花という親子のふざけた名前にも、作者の度胸とセンスの良さが感じられる。
しかも、この父親が抜群に良いのだ。長身痩躯、笑うと愛嬌があるが孤独、虚無的な横顔と雨が匂うような体臭、優雅で腕も立つ海の男。そんな男いるかっ!ってなものだが、作者の筆には説得力がある。いるのである。この父親に較べたら、娘の方は取り立てて特徴がないが、それで良いのだ。

ネット書評や直木賞の選評、スキャンダラスなテーマなどから、公序良俗、世俗の常識に棹さす新しさ、前衛性みたいなものを予想していたから、この若くして頽廃のかげを宿した腐野淳悟というかっこいい男が、純粋、究極の愛を求めるが故に身を持ち崩していく一部始終を、ロマンティックにミステリアスに展開する作者の、徹頭徹尾エンターテインメントに照準した姿勢と手法の口当たりの良さは結構意外だ。

口当たりの良さで言えば、風俗や時事ネタの取り込み方でリアリティを盛り上げる巧さや、既成のイメージを効率よく利用する手管の良さにも感心する。しかし、あまりにも通俗的なイメージに依存していて新鮮な驚きや発見に乏しい。同じことはキャラクター造形にも感じられ、周辺の人物や関係は類型的で全体に深みにかけている。

面白くはあるが、何というか、混み合った女性専用車両にそうとは知らず紛れ込んだような居心地の悪さというか、もっと違う種類のガツンとくるものが欲しかったので何となく欲求不満だ。絵空事をリアルに見せる腕前に優れていると思わせる作者だが、他の作品も女性専用車なのかもう1冊確かめてみたい。

桜庭 一樹著
税込価格 : ¥1,550 (本体 : ¥1,476)
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出版 : 文藝春秋
サイズ : 20cm / 381p
ISBN : 978-4-16-326430-1
発行年月 : 2007.10