http://event.yomiuri.co.jp/2006/tendai/
バルラハを西洋美術館のロダンとカリエール展で相対化という手もあるが、バルラハには仏像彫刻の影響も強く感じられたので国立博物館の天台の国宝展にいくことにした。
去年の鑑真展以来の国博。鑑真程ではないが、それでも天台のお経、仏像、絵、曼荼羅等々、それも国宝、重文がざ〜くざ〜くざっくざくのありがたい展示なのだ。上出来の観客動員。
展示品の性格上、博物館といえども、参観者は宗教空間として対応すべきだろうが、それはなかなか難しい。どんなお宝でもひとたびお寺を離れてしまえば、宗教性も弱められてしまう。博物館で観る仏さんには、どうしても晒しもの感が消えない。
そんな状況にもまるで影響されず超然とされている強い仏さんもいるが、中には弱い仏さんだっている。物悲しそうな雰囲気で所在なさそうな佇まいの仏さんをお見受けすることもままある。そんな時こっちも見てはいけないものを見てしまったようなきまり悪さを憶えたりして、それやこれやで、結構気疲れしたりする。そんな目でみても、こんな時こそ一層生き生きして見えるのが神将足下の餓鬼等なのは確かだ。自分のような偽善者にはワルってどうしても魅力的なのね。
アートとして眺める面白さも、千手観音の腕の付け根を真近に眺められる楽しさも、こうした機会ならではだが、手間ひまかけてオリジナルな空間で見るのが基本だなどと、今更当たり前のことを思ってしまうのは、老老男女ひしめく会場の混雑に圧倒されるから。