自閉症とは単に内向的であることと誤解された時期は長くあった。カレンダーや数字などを記憶する能力が注目されたこともあった。しかし、コミュニケーショ ンの難しさや固執性の強さからくる生活上の問題や家族の負担についてはなかなか理解され難い面がある。日本テレビが漫画をドラマ化した「光とともに」は、 自閉症児の成長を教育と家庭のあり方から説き起こして説得力があった。「マラソン」は学校教育を終えた息子の社会的自立を図ろうとする母親を軸に、親子社会の問題を描いている。
マラソンに秀でた息子の能力を伸ばすことで息子の存在価値をアピールしたい母親。母親の強い姿勢は余裕の無さの裏返しでもある。だが、難しい子育てと将来の不安、何一つ思うままにならない毎日の暮らしの、何処に余裕の生まれる余地があるかと感じさせる気丈な母の姿。
でもあるのですね、ただひたすら、ゴールを目指して走る息子を淡々と写すカメラ。全身を委ねてひた走るそのシンプルな姿のうちに、母の息子の、未来も幸せもぎっちりと詰まっているのだよと、静かに語りかけるような演出の冴え。
息子はともかく、母親も屈折したマラソンコーチも、問題ありの人物として描かれている。実話に基づいたというが、きれいごとに納めていない脚本も役者も素晴らしい。
しかし、この作品で最も印象的だったのは伸びやかなカメラワークと抑制された演出。無駄のない編集が作り出す心地よさ。韓国のドラマはあまり見ていないが、 よくも悪くも直情径行的でどちらかと言えば泥臭いものとの予断があった。「マラソン」の洗練を目の当たりにして、予断は偏見であったと反省した。元気になれるいい映画だ。
2005年7月25日 (月)