
5日、半日で早退、午後から国立小劇場「社会人のための文楽観賞教室」。
http://www.ntj.jac.go.jp/cgi-bin/pre/performance_img.cgi?img=2171_1.jpg
歌舞伎はその多くを文楽に負うているということで、文楽にも触れてみたいと思ったが、何をどうしていいか判らない。そんな時にぴったりの初心者向けの企画があったもんだ。人形遣いの名人上手が有名だから、文楽は当然人形が主で語りが従だと思っていたから、自ずから興味も関心も人形の動きにあったのだが、幕が開いて太夫四人三味線三人の演者が一声響かせた瞬間、いやいや、語りの迫力にいきなり全身総毛立つ思い。語りが従などとはとんでもない勘違いだったと思い知らされた。ああ、こういうもんですか文楽って。
「寿柱立万歳」(ことぶきはしらだてまんざい)は三河万歳の祝歌。明るく楽しく歌い踊るショートプログラムで観客を文楽の世界へ軽く導入して幕。
ついで解説コーナーは太夫と三味線の代表が登場。下手な漫才師など軽く凌駕する達者な語りと掛け合いで、それぞれの役割をギャグなどかましながら一通り解説し終わると、更に人形遣いへとバトンをつなぐ。人形遣いのチームが人形の仕掛けや遣い方の基本など面白く見せて文楽の基礎講座終了。
まあ、大人向きのギャグで笑わせる場面もあったが、あえて「社会人のための」とことわりを入れるほどの事も無く、そもそも平日の昼間に文楽の勉強しにくる社会人像って、国立劇場はどんな社会人をイメージしてるのだろうか。
締めくくりは「伊賀越道中双六」沼津の段。もとが荒木又右衛門、鍵屋の辻の仇討ちの大評判を受けて劇化されたものだと解説にある。ふーん。そうなんだ。とはいえ、この段に剣豪は登場しない。義理と因果に絡めとられながら、命がけで人としての筋を通そうとする周辺の人物達の悲劇が描かれる。登場するのは実家に戻った傾城と親兄弟。
人形のリアルな動き。元傾城、年寄り、男盛りと幅のあるキャラクターが、それぞれの存在感、生活感も確かな動作、所作で動く様は確かに生きているよう。三人に操られる人形。その頭の脇には首と右手を操る主遣いの顔。人形と人形遣いが雁首そろえているというのは、何と大胆な演出かとも思うのだ。
しかし、義太夫、清元、長唄、小唄、端唄、邦楽の催眠効果抜群で、ましてや襟を正してお勉強しようなんて柄でもない殊勝な心がけは、身に付かない分すぐ化けの皮も剥がれていつの間にか寝入ってしまった。字幕が出るのは大助かりだが、寄る年波には勝てないのである。全然教養がないので歯が立たないということもある。次回はいつになるか判らないが捲土重来を期して体調気力整えておこうかな、おきたいなと思いつつ、次の予定もあり、早めに退散した