水戸黄門の主題歌ではないが、人生はしばしば旅になぞらえられる。しかし、一口に旅と言っても、身一つを頼りの風まかせで追いはぎ、雲助、胡麻の灰の脅威をかわしながら歩き通した昔の人に較べたら、より速く、より遠く、より豊かな旅を楽しむ現代人は何と恵まれていることか。
昔から、日本武尊や源義経の悲劇の旅や、道行きという名の死出の旅は、好んで劇化され、多くの人々に支持されてきた。西行法師や「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」と詠んで果てた芭蕉を待つまでもなく、昔の旅には寂寥、孤独、死の影も色濃い。
そうした時代の旅を笑いで革新したのが「東海道中膝栗毛」ということで、駿府の同心の家に生まれた男が紆余曲折を経て十辺舎一九となるまでが、田沼意次のバブルから松平定信の緊縮財政へと移る時代背景とともに描かれる。伸びた背筋が気持ち良い十辺舎一九の肖像。当時の政治経済文化風俗描写は切れ味よく、蘊蓄もストーリーに無理なく馴染んで、テンポ良くリーダビリティーも高い。趣向を凝らしたエンディングの余韻も好ましかった。
3月26日 第1刷
1800円
講談社