2005/12/31

2005年ぐるぐる式ベストテン

年末恒例のベストテン発表も、ここ数年来、新しい作家に追いつく体力も無いし、何より選出された本もほとんど読んでない状態が続いて、以前のようには胸ときめかせることも無くなった。少し寂しい気もある。

「文春」のランキングに照らせば、国内作品で読んでいたのは次点「モーダルな事象」だけ。海外作品では「暗く聖なる夜」1位「獣たちの庭園」4位「カリフォルニア・ガール」次点の3点。全20作中、圏内2作で次点が2作ではミステリが好きというより、だった、と言う方が正しいかも。

で、文春ベストを軸にマイベストを選出。

国内作 
1位「モーダルな事象」 奥泉光 
他には読んでないので絶対的1位。
これは中井英夫への供物とも、リスペクトとも思わせる作品。中井英夫の衒学、耽美、レトリックをユーモア、滑稽に置き換え、あの大傑作をなぞるようにキャラを動かし、反推理小説として知られた結末を彷彿とさせるオチにつなげた技ありの作。奥泉光版「虚無への供物」というほか無い野心作。「虚無への供物」が好きな向きには堪らないはず。文春の次点というランキングは上位すぎるかも。

海外作 
1位「サイレント・ジョー」T・ジェファソン・パーカー
今年のMWA長編最優秀賞受賞作。しかも02年の「サイレント・ジョー」での受賞に続いて。ってことで俄然興味を惹かれた。かねてより評判の「サイレントジョー・ジョー」が文庫落ちしたのでそっちから手をつけたら、これがぶっ飛んだのなんの。主人公の造形はエルロイ発コナリー(ボッシュ)経由の不幸な幼児期克服類型ヒーローへの見事な返歌として読み取ることも出来る。普通の生活感を滲ませながら、人間として、ハードボイルドヒーローとして魅力的に描かれているのが良い。普通だけど非凡という造形がとっても良い。隅から隅までぎっちりと面白さが詰まっていて、この作家、何でもっと早く読まなかったかとほぞを噛んだ。
     
2位 「カリフォルニア・ガール」T・ジェファソン・パーカー 
ジョーに続いてすかさず手にした「カリフォルニア・ガール」。これがまた60年代の南カリフォルニアを舞台に、オレンジ畑が大規模開発され都市化、近代化されていく時代の夢と若さをノスタルジーゆたかに描きながら、今日的な課題を浮かび上がらせる。参った。凄い。面白い。死ぬ迄この人の後について行こうと久々に胸がワクワクした。

3位 「ブルー・アワー」上下講談社文庫 T・ジェファソン・パーカー
オレンジ郡殺人課の保安官補マーシ・レイボーンのシリーズ1作目。正義感と強烈な上昇志向で保安官事務所の厄介者マーシに保安官がつけたお守り役は親程も歳の違う退職警官ヘス。妥協知らずで前進するマーシと放射線治療の老体にむち打つヘスが追うのは「レッド・ドラゴン」へのオマージュだと作者自らが言う死体の無い連続殺人事件。性犯罪者の再犯防止のために住所を公開する制度を反映させた展開も新鮮だが、何より二人の造形が深く、読ませる。終章の味わいは心がキュンとなる格別なもの。

4位 「レッド・ライト」講談社文庫上下 T・ジェファソン・パーカー
マーシ・レイボーンの2作目。婚約者でもあるマイクが殺人の容疑者として浮上した時、マーシのとった行動は・・。成長するシングルマザー、マーシ・レイボーンの生活と生き方。同僚サモーラの魅力がキラリと光る終章の味わいは胸キュン必至となる格別なもの。

もっともっとT・ジェファソン・パーカーが読みたくて本屋を経巡ったが買えたのはここ迄。アマゾンを検索し、マーケットプレイスで「ラグナヒート」「ブラックウォーター」「コールドロード」「渇き」「流れ着いた街」を購入。「ラグナヒート」の1円表示には、いささか不安を憶えたが、本当に1円と送料で送られて来たので、人ごとながら儲けはあるかと気になった。

5位 「ブラックウォーター」早川書房 T・ジェファソン・パーカー
マーシ・レイボーン3作目。不幸にして訳出はこれが一番早かった。これから読ませたら駄目でしょ。特に主人公が成長するタイプのシリーズは順番に読ませなきゃ。
若く美しい妻は夫の銃で殺され、頭を打ち抜きながらも夫は一命を取り止める。アメリカンドリームを絵に描いたようなカップルに訪れた悲劇の真相は何か。はずれがない人ですこの人には。プロット、キャラクター、ともに文句なし。何よりドラマが深い。登場人物には皮肉や衒い、カッコ付けもない。解説によれば「サイレント・ジョー」で化けたってことらしいが、いやそれ以前にお会いしたかった。

6位 「長いお別れ」早川文庫 レイモンド・チャンドラー
エリオット・グールドがテリー・レノックスを撃ち殺しちゃった時はえらく驚いたが、ロバート・アルトマンの解釈はそりゃ新鮮でスッキリ腑に落ちた。22か23か、それくらいの歳だったはず。この夏久しぶりに読み直して、チャンドラーの方がアルトマンより余程厳しい終わり方なのだったと改めて感じた。コナリーも矢作も藤原伊織も真似してるが、やっぱチャンドラーだわ。

10位 「暗く聖なる夜」マイクル・コナリー
プライベートアイに転じたボッシュの行方、ということではシリーズを革新する作品。3人称1視点から1人称での叙述という点も画期的。ハリウッドの地場産業を正面から取り込んで、ロサンゼルスの正統的ハードボイルド探偵として、矜持に満ちたアイデンティティーの主張がなされているのも頼もしい。
お話も工夫されている。泣かせどころの押さえも効いている。例えば、ボッシュがマーケットのケーキ屋で幼い頃を思い出す切ないシーンは印象的。ちなみに、あのマーケットはこの夏、ロス観光で訪れた時にタフィなど買い込んだ場所だし、ラスベガスではまさにエリノアがフランチャイズにしているホテルに泊まったのだったりと、個人的には一層思い入れし易い記憶と共に読むことができて楽しくはあったのだ。
    
がしかし、コナリーにはちょっとがっかりした。プロットとかトリックとかでは無い、ボッシュにあんな盗聴させるなんて何て酷いことか。「あなたには高貴なところがある」とシルビアに言わしめたボッシュをしてあの盗聴行為がプライドに抵触しなかったのもまことに残念。さらに残念なのは「この素晴らしき世界」で相殺しているところ。狙いが透けて嫌らしい。あんなボッシュは嫌だ。
    
次点 「獣たちの庭園」

コナリーが90年代を代表するハードボイルド作家なら、パーカーは21世紀をリードするハードボイルド作家だと確信する。

2005/12/28

キング・コング


ジャック・ブラック、エイドリアン・ライン。地味めのキャスティングには不安もあったが、キング・コングのスーパーヒーロー振りに拮抗するジャック・ブラックのアクの強さをはじめ、キャスティングの説得力は申し分無かった。リトル・ダンサーのジェイミー・ベルの成長振りにも驚いた。

序盤、ニューヨークの街頭風景やショウビズ界の描写から無駄のない語り口と隙のない絵作りが快感。大人はいいが子供は退屈する部分だが、ここを辛抱する経験も子供には大事だ。

中盤、絶海の孤島に上陸以降、派手な見せ場のつるべ撃ち。探検隊全滅必至の状況を幾度もくぐり抜けるアクションを、しつこい、くどい、ってくらいにたっぷり見せてくれる。キャラクター描写も、伏線の仕込みも充分。コングの運搬輸送関係には課題も少なくないはずだが、情緒盛り上げの目くらましでサッと舞台を切り替える狡さも憎い。

悲劇の予感に切なさが高まって行く終盤。メロドラマとアクションを完璧なビジュアルでテンポ良く見せる演出が素晴らしい。摩天楼の空中戦に至っては、もう見惚れるばかりの素晴らしさ。オリジナル作品へのリスペクトを感じさせる複葉機の動き。ダイナミックなカメラが捉えた光と色のきらめき。空中戦のライブ感が堪らない。摩天楼の天辺で咆哮するコングの大きさと小ささ。地球の美しさへと繋ぐイマジネーションが素晴らしい。

「男はつらいよ」なきあと、寅さんの精神を体を張って示したコングの姿は家族で安心して楽しめる判り易さ。娯楽性に優れてボリュームもたっぷり。スケールと格調からも正統派お正月映画の貫禄充分。

2005/12/23

悲劇週間


矢作はよく他の作家(監督)の作を下敷きにするが、もろチャンドラーだった前作「ロング・グッドバイ」では、シチュエーションやキャラの不自然さに結構違和感があった。ただ、昭和への惜別の情は理解できたし、何より「ハ」の字への決別も著されていると思えば、不自然さには情状酌量で応じることができた。

昭和の跡目を相続した平成日本のみっともなさは、矢作もかねてから指摘してきたところだが、ますますもって救い難い社会現象頻発する昨今、憂国の作家は維新へと回天したか、

 明治四十五年、僕は二十歳だった。それがいったいどのような歳であったか誰にも語らせまい。

と始まる新作はポール・二ザンを彷彿とさせる。
なるほど。青春。明治。「アデン・アラビア」懐かしの60年代。ハードボイルド文体に日本語のリズム感による一層の磨きがかけられ、スマートで読み易い。うーん「ハ」の字ではないが「ハ」の字以外の何者でもない匂いもぷんぷんしている。

2005/10/13

ルパン



期待してたので初日大喜びで出かけた。クリスティン・スコット・トーマスもエヴァ・グリーンも素敵に美しい。ところが肝心のルパンがどうにもしょうがない。下品で馬鹿みたいなのだ。クールでエレガントでミステリアスでちょっぴり下世話なルパンに、ムードたっぷりな伝奇的冒険アクションを繰り広げて欲しかったのだが、残念。

チャーリーとチョコレート工場


父親にスポイルされた主人公のダークなファンタジーを得意としたティム・バートンも、「ビッグ・フィッシュ」では一転、父性への信頼を伸びやかに謳い上げた。ロアルド・ダールのロングセラーを映画化した新作は、ダニー・エルフマン、ジョニー・デップと最強の布陣。しかもダークなファンタジーの傑作「シザーハンズ」エドワードのその後ともいえる内容のお話。しかしファンタジーではあるがこの作品はダークと言うよりシュールでブラックな、とでも言おうか。エドワードの悲哀がチャーリーの幸福感と見事に入れ替わっとでも言うベキか。100%のハッピーエンドは健全なご家族向けに最適。
うーん、ティム・バートンもジョニー・デップもどっちかといえば、不幸が似合う方なのだが、今回はとても幸せそうなのだ。公開間近の人形アニメ「コープス ブライド」もダークとは言えなくなっているかどうか、ここは是非確かめたい。

シンデレラマン


レニー・ゼルウィガーがドンピシャのキャスティング。ミルクの為に戦うロートルボクサーというキャラが泣かせる。子供達の扱い方も巧い。行き届いた製作、ツボを押さえた演出で映画の魅力がほとばしった面白作品。凄惨なファイトシーンはリアルだが、ラッセル・クロウの顔がほとんどきれいなまま終始するので興ざめ気味で誠に惜しい。なので、アカデミー賞最有力とか宣伝しているがラッセル・クロウの主演男優賞は無いな。

ファンタスティック4


強烈な宇宙線を浴びて超能力を獲得したものの、そんなものより元の体に戻ったほうがいいとか、いやこのままで人生を楽しむべきだとか、何だか自分たちの方向性を巡ってさっぱりしない葛藤がうざったい。敵役も恨みつらみと経営不振で悪の道へという塩梅。どっちも未熟なキャラクター同士が内輪もめを繰り返すばかりで、一体何処がファンタスティックやねん。と突っ込みを入れたくなる展開。そんな中、ジェシカ・アルバちゃんはファンタスティック。

2005/10/11

獣たちの庭園


「シンデレラマン」は、大恐慌時代に家族のために戦い抜いたボクサーを描いて評判を呼んだ映画だが、ディーヴァーの新作「獣たちの庭園」と「シンデレラマン」に共通して出てくるのがデイモン・ラニアン。不屈のオヤジボクサーの栄光を讃え「シンデレラマン」と呼んだのがデイモン・ラニアンだとクレジットされていたが、ディーヴァーの新作「獣たちの庭園」にもデイモン・ラニアンが登場してきたので驚いた。ラニアンは、はるか昔、HMMでいくつかの短編を読んだことがあったが、懐かしさより意外性が先に立った。

意外性ならデイーヴァーの新作も同じ。オリンピックに沸くベルリンへ、リクルートされたヘルズキッチンの殺し屋がヒトラー側近暗殺の密命を帯びて潜入するという設定は、鷲は舞い降りた、針の目、ジャッカルの日などの名作傑作キラ星のごとくきらめく英国の伝統芸に真っ向勝負の、冒険小説の王道を往く構えだ。

構えが良くて技の切れも素晴らしいのがディーヴァーだが、従来に無い構えには、当然新しい技も必要だろう。その一つが、例えばデイモン・ラニアン。主人公である殺し屋の友人として何と実在の作家を登場させている。これが主人公のキャラ設定に与える効果は微妙なところだが、実録風の物語に一層のリアリティーを添えるという役割は果たしている。

ヤンキー気質の殺し屋が親衛隊が跋扈するベルリンの街角をすり抜け、ナチス台頭で冷や飯食わされた警官がリンカン・ライムを思わせる証拠へのこだわりや鋭い洞察で才気縦横に殺し屋を追っかけ回す。このサスペンスが従来の技なら、ヒトラーと側近たちの駆け引き、綱引き、暗闘を描き、架空の人物の目を通してナチス中枢部の日常を生き生きと再現してみせたのはディーヴァーの新機軸だ。最近見た、ヒトラー最期の12日間という映画と合わせて、とても立体的にイメージされた。

さらに言えば、あの特徴的などんでん返しが抑制されていた点にも、この作品に対するディーヴァーのスタンスが明らかだ。先行する英国産の傑作群にディーヴァーがどれほど肉薄したかという興味は興味として、ディーバーはあくまでディーヴァーらしく、ヒューマニスティックにこの大作をまとめている。それは、英国風とはやはり趣が異なるアメリカンティスト。エピローグでは、全ての山に登れと歌うサウンド・オブ・ミュージックのエンディングが連想されたりする。

2005/09/19

妖怪大戦争


帝都の魔人加藤保憲が人間を滅ぼそう東京を制圧する。そうはさせじと日本中から妖怪達が上京しここに妖怪大戦争が勃発する。

三池監督の魅力は並みはずれた臆面の無さにある。その資質に相応しい素材がくれば爆発的な面白作品になるし、そうで無い場合はとほほとしか言いようがなくなる。要は当たり外れが厳しいのである。前作「ゼブラーマン」はかなりのとほほだったが、今回はどうか。

と ほほなのである。加藤保憲は見かけばかりで中身が無い。妖怪達も怪しくもなければ怖くもない。妖怪映画にする必要がまるで感じられない。妖怪に妖怪とし ての魅力がないのはまずいだろ。壊れかけたターミネーターみたいな加藤の手下を少年がエクスキャリバーもどきの大太刀で壊しまくるってのも、妖怪映画とし てアイデンティティー的にどうなのよ。

大沢、宮部、荒俣、京極、水木しげるの各先生方が、教師やホームレスなどに扮して彩りを添えている のも一興だが、 単なるコスプレ集団の学芸会で、ご本人や熱心なファンを喜ばす以上の意味はない。ただ、流石と思わせたのは妖怪の太もものデンジャラスな魅力的。これは三 池監督の臆面の無さの見事な結晶だ。

角川グループ創立60周年の記念作品。体裁は夏休みの子供向け映画だが、一番のターゲットはお子様ではなく、大沢、宮部ファンのお父ちゃんという作りになっている。スケベな親父向きなのである。

05.08.12

2005/09/18

戦国自衛隊1549 OPERATION ROMEO

そりゃ確かに自衛隊が戦国時代にタイムスリップするなんてのは余太話には違いないが、素晴らしくイマジネーションを喚起する素敵な余太話でもある。

で も、余太話だからこそ、それらしく見せるための基本的な心構えが作り手になければどうにもなんないのである。この作品はその、どーにもなんない場合の結構 なお手本になり得ている。普通の人間の普通の行動が描かれないから、江口洋介や鈴木京香がシリアスな演技を重ねるほどに、キャラが一層薄っぺらになってい く。実物の戦車を使おうがCGを多用しようが、映画的なリアリズムには届かない。

憂国の情から発した暴走集団を元の仲間が鎮圧するという ワンパターンをイージス、ローレライ、自衛隊とバリエーション展開してみせるという福井晴敏戦略も、キャラが立たなければ肝心の憂国の大義にも説得力は生 まれない。しかも、アクションには切れもコクもないときている。間の悪さとセンスのなさで気持ち悪さはつのる一方なのだ。

そんな中で、儲け役を気持ち良さそうに怪演した北村一輝が一人気を吐いた。

05.06.15

ミリオンダラーベイビー

傾 きかけたボクシングジム。長年手塩にかけて育て上げた選手に逃げられたクリント・イーストウッド。ジムを背負って立つまでに成長した弟子と、これから収 穫期を迎えようと思う矢先の出来事。ジムの経営を立て直す思惑も外れ、残ったのは相変わらず勝てないボクサー達と苦しい台所。娘とも絶縁したままの老境が さらに深まる。
 
それもこれも、すべては自分の生き方を貫いてき結果。誰に文句をいう筋合いでもないが、事ここに至って背に腹は代え られぬ。女はコーチしないという節を曲げ、熱心に弟子入りを志願するプアホワイト、ヒラリー・スワンクを受け入れる。イーストウッドの薫陶よろしく、成長 目覚ましいヒラリー・スワンクは頭角を表し、やがてランキングを駆け上がっていく。

快進撃を続けるヒラリー・スワンクのファイトシーンが極上。不幸をバネにランキングを駆け上がっていくヒラリー・スワンクの面構えの魅力。一撃で相手がマットに沈み込む毎に生まれる強烈なカタルシス。
やがて頂点に上り詰めた二人に訪れる真実の時。イーストウッドが光と影のコントラストで描きだすのは、人生の、社会の、貧しさと豊かさ、老いと若さ、強さと弱さ、その他すべて。我々自身が抱える心の中の光と影。
 
場末のボクシングジムに集まるのは、最底辺の境涯から腕一本で這い上がろうとする貧しい若者たち。ジムを守るのはオーナーのクリント・イーストウッドと住み込みの雑用係モーガン・フリーマンの老いぼれ二人。
片目が白濁した元ボクサーのモーガン・フリーマンがつぶやく。「ボクシングは尊厳のスポーツだ。」

道理で、尊厳とは縁のなさそうなキャラクターばかりが集まったわけだ。
あえてそのような所から人間の尊厳の何たるかを描こうとしたイーストウッド。
ストイックなタッチで、力強くシンプルに物語を進め、深さと静けさのうちに描ききってみせたイーストウッドの、あまりに見事な、驚くべきファイティングスピリット。

05.06.60

電車男

「エ ルメス」が良いのである。優雅で優しくイノセントなのである。電車男をコントロールし、正しい方向へ導いてくれるのである。それでいてそんなことはお くびにも出さないから、電車男だってそこんとこ気がつかない。「おまいら」の励ましを背に、勇気をふり絞って一歩一歩前に踏み出すのである。

「電 車男」の恋愛は、正当的というか、まともな手順を踏まえていて、結構普遍というかクラシカルなのである。山田孝之の電車男は、オタク風味にリアルさを欠き わざとらしいところが気にはなるが、嫌味が無いので救われる。「おまいら」も収まりの良い類型化で、匿名性の奥で行われたコミュニケーションの持つ力を描 き出している。

しかし、なんと言っても中谷美紀が良いのである。
今時は、もっと強く、勢いがあり、ひねりの効いたヒロイン が好まれる時代かと思ったが、この「エルメス」のまるで絵に描いた良家の子女振り。時代錯誤な中年男が想い描いたかと見間違えるようなヒロインを、中谷美 紀はファッションにヘアに、ふとした表情と何気ない仕草に、魅力をにじませながら、ヒロインに相応しい気品と計算とで演じている。じつに素晴らしいのであ る。

06月12日 17:43

クローサー

医者とカメラマン、作家とストリッパーの二組のカップルの秘密と嘘。マイク・ニコルズがロンドンを舞台にジュード・ロウ、ジュリア・ロバーツ、ナタリー・ポートマン、クライブ・オーウェンという豪華キャストで描く都市生活者の愛と孤独。

台詞が妙に芝居っぽいしシチュエーションも同様で元が演劇だと言うのが納得できる。全体に観念的な台詞のやりとりが多く、演出も役者もさぞかしアートな気合いが入ったのだろう。アミダラをストリッパーにキャスティングするなんて、所謂「必然性のある裸」としてマイク・ニコルズなればこその説得力。ナタリー・ポートマンは健気にも健気なストリッパーを熱演している。きれいな女優さんが汚れ役や悲劇的な役を求めるのは理解できるが、ナタリー・ポートマンみたいにデビューからずっと暗く悲しい役が多い人も珍しい。薄倖の美女の名に相応しい女優さんだ。

繊細で自分勝手なジュード・ロウが良い。クライブ・オーウェンの骨太感も好対照。これに比べるとジュリア・ロバーツには輝きが無いし、ナタリー・ポートマンはきれい過ぎる。
要は、自我の肥大と自意識過剰という都市生活者の病理から生まれたすったもんだだから、4人の男女が深刻ぶる程には問題は深まらない。ロンドンという土地も職業も階級性も物語に影響を与えないのも物足りない。そりゃ何処の誰にだって愛も孤独も重大事だ。それについてなら、マイク・ニコルズのロンドンはウディ・アレンのニューヨークほどにはあか抜けなかった。

ヒトラー 〜最後の12日間〜

ソ連軍に包囲されたベルリン。ナチス本部の地下壕に進退極まったヒトラー。間断のないソ連軍の砲撃にさらされ、現実から目を背けるしか精神の均衡を保つ術がない極限状況の人々。

ヒ トラーとエヴァ、ナチス高官達からゲッペルス一家の子供達まで、個としての自然な存在感をにじませる出演者達。至近に炸裂する砲弾、爆音、貫通銃創など、 アクション映画とは画然と異なる精神を感じさせる効果の迫真。ゲッペルス婦人の鬼気迫る静けさを見据える視線の説得力。スキの無い演出と洗練された技術 が、息詰まるような緊張感と共に第三帝国の終焉を描き出す。ナチス本部を浸潤した狂気に、観客もまた追い込まれていくようだ。

総統秘書のドキュメントをベースにしたという映像は、風格と重量感に溢れている。映画的な興趣に満ちた傑作である。
  

アイランド

環境破壊された地上で、唯一破壊と汚染を免れた「アイランド」。高度に管理された密閉社会で人々は最後の楽園「アイランド」への移住を夢見て暮らしている。ユアン・マクレガーも同様だが、近頃どうも夢見が悪い。

マ イケル・ベイってのは、これまでの実績から言えば、やたら騒々しくて闇雲に破壊しまくるノータリンで大味なアクション大作を専門にする、ジェリーブラッカ イマーにサポートされた監督。という感じで、今回も期待薄の気分。ところが予想に反しこれが、とても面白いではないか。

何一つ不自由のない安定した暮らしに生じた違和感と疑念。
主 人公の行動が、謎、探索、陰謀、脱出、逃亡、反撃とスッキリストレートなのがまず良い。設定もよく出来ているしお話も判りやすかった。 アクションや破壊のスペクタクルは相変わらずの派手さだが、主人公の生存への意思と巧く関連づけられているから、スケールアップも納得出来る。展開上のア クセントとしても効いているし、何より「バッドボーイズ2バッド」の時のような虚しさを感じさせないのが良かった。

ユアン・マクレガーと スカーレット・ヨハンソンのキャスティングは新鮮味があるし、二人とも魅力的。ショーンビーンとスティーブ・ブシェミは求められる役割をきっちり消化して プロの余裕と安定感を感じさせるナイスな芝居。近未来のロサンゼルス市街のCGがイメージも表現もとても素晴らしく、これまた効果的。

それやこれやで、マイケル・ベイのキャリアに初めてプラス要素の作品が加わったような感じだが、ここんとこブラッカイマー印ならぬドリームワークス製作だってことも大いに関係ありそうだ。

2005年7月30日(土)

マラソン

自閉症とは単に内向的であることと誤解された時期は長くあった。カレンダーや数字などを記憶する能力が注目されたこともあった。しかし、コミュニケーショ ンの難しさや固執性の強さからくる生活上の問題や家族の負担についてはなかなか理解され難い面がある。日本テレビが漫画をドラマ化した「光とともに」は、 自閉症児の成長を教育と家庭のあり方から説き起こして説得力があった。

「マラソン」は学校教育を終えた息子の社会的自立を図ろうとする母親を軸に、親子社会の問題を描いている。
マラソンに秀でた息子の能力を伸ばすことで息子の存在価値をアピールしたい母親。母親の強い姿勢は余裕の無さの裏返しでもある。だが、難しい子育てと将来の不安、何一つ思うままにならない毎日の暮らしの、何処に余裕の生まれる余地があるかと感じさせる気丈な母の姿。

でもあるのですね、ただひたすら、ゴールを目指して走る息子を淡々と写すカメラ。全身を委ねてひた走るそのシンプルな姿のうちに、母の息子の、未来も幸せもぎっちりと詰まっているのだよと、静かに語りかけるような演出の冴え。

息子はともかく、母親も屈折したマラソンコーチも、問題ありの人物として描かれている。実話に基づいたというが、きれいごとに納めていない脚本も役者も素晴らしい。

しかし、この作品で最も印象的だったのは伸びやかなカメラワークと抑制された演出。無駄のない編集が作り出す心地よさ。韓国のドラマはあまり見ていないが、 よくも悪くも直情径行的でどちらかと言えば泥臭いものとの予断があった。「マラソン」の洗練を目の当たりにして、予断は偏見であったと反省した。元気になれるいい映画だ。

2005年7月25日 (月)

魂萌え  桐野夏生

子供達はとうに独立し、定年退職した夫と静かに暮らそうと思っていた矢先、何の前触れもなく夫が急死。この先一人でどう生きるか。途方に暮れる妻に息子夫婦は僅かな遺産を当てににじり寄ってき、追い打ちをかけるように夫の背信が発覚する。

いきなり切羽詰まった状況から説き起こし、中高年なら多少なりとも身に覚えのある問題を巧みに織り込みながら、お人好しの未亡人が窮地に陥ってゆく様がスリリングなものだから思わず引き込まれた。

世知辛さはいや増し、老い先はどんどん長くなる昨今。既成の価値観丸呑みの、世間知らずが、そのままで幸せな老後を送れるほど世の中甘くない。何より本人がしっかりしなきゃ。と友人に鼓舞されても、そうそう人は変われやしないが、環境に適応できなきゃ生きられない。

夫の陰で自己抑制に慣れきった妻の覚醒。といえば「人形の家」だが、変な人達や思いもかけぬ出来事に戸惑いながら感覚を拡大させていく魂萌え妻の様子は、むしろウサギ穴に落下したアリスに近い。

初老を迎えることへの不安を様々なトラブルに託して提示する前半は、作者得意のダークで容赦ない人間観察が冴えて面白さ抜群。主人公がどんどん窮地に追い込まれていくスリル、サスペンスに目が離せない。この人は身勝手とか悪意とか書かせるとほんとに巧いのだ。

人生避けては通れない諸々をどう乗り越えていくか、窮地に陥った妻が反撃に転ずる後半部は、初老問題解決シミュレーションで、いかに老後を生きるべきかのHOWTO本と言ってもいい。最近では若年性アルツハイマーに材を得た「明日の記憶」にも同じような印象を持ったが、こういうのが流行なのだろうか。面白さは認めるし勉強もさせてくれるが、この方向は小説の面白さ魅力を衰弱させていく気がするんだよなぁ。

05.4.25発行  毎日新聞社

2005年7月 4日 (月)

サハラ 死の砂漠を脱出せよ


派手なアクションはある。見せ場もきっちりと用意されている。冒険活劇として普通に楽しめる。だったら文句無いじゃん。ってことだが、やっぱもの足りないんである。

ミステリアスでデンジャラスなダーク・ピットのオーラがマシュー・マコノヒーにはないのである。ダーク・ピットが普通じゃ嫌なんである。ところが、ジョルディーノもサンデッカーもみんな軽量級なもんで、キャスティングとしてはトータルバランスよくまとまっていたりもする。一応原作に即した映画化がなされていることでもあるし、だったら文句無いじゃんて訳なのだが。

そうはいかんのである。つまりは華が無いのである。全体に漂うそこそこ感も、てんでクライブ・カッスラー的ではないのである。奇想天外さと華麗さが魅力のダーク・ピットの映画化としてはそこんとこどーしても納得し難いのである。
2005年7月20日 (水)

逆境ナイン

廃部決定の全力学園野球部のキャプテン不屈闘志は、甲子園出場を条件に部の延命をはかる。逆境こそ神の思し召し、人生の糧と心得た不屈闘志率いる弱小野球部は、あらゆる逆境を跳ねのけて栄光へと突き進む。

逆 境といえば聞こえはいいが、身から出た錆、自業自得を都合良く言い変えただけ。その臆面の無さ、おバカっぷりが楽しいナンセンススポ根コメディー。「小林 サッカー」のパクリといったら却ってあちらに失礼だろうってくらいの緩さだが、玉山鉄二演ずる、なぜか根拠の無い自信をみなぎらせた主人公の突き抜け方 は、校長藤岡弘、が普通に見えるほどに痛快で清々しい。

強豪校との練習試合から地区予選を勝ち上がっていくまではなかなか笑わせてくれるが、肝心の決勝戦は間合いをためすぎで笑えない。観客の生理を支配するリズム、テンポでダイナミックな体技など見せてくれたらカタルシスも相当なもんになっただろう。

先行「スターウォーズ」と公開後初の週末を迎えた「宇宙戦争」にお客さんは集中したかと思われた初日の土曜日。きっと客席はガラガラじゃ無いかと思っていたが、若い男性を中心に結構な入り。逆境に意外と強い「逆境ナイン」。

2005年7月 4日 (月)

宇宙戦争

「宇 宙戦争」を見に行ったら、ダイエットしたピーター・ジャクソンが登場して「キング・コング」の予告編が始まってしまった。ラッキー。そしたらこれが時 代設定から何からオリジナルに忠実なリメイクの様子。エンパイアステートビルのクライマックスははたしてどんなイメージで見せてくれるのか今から興味津 々。

肝心の「宇宙戦争」だが、これどうやって撮ったんだ。ってシーンのつるべうち。大量殺戮マシーンがあたりを蹂躙していくスペクタクルも凄すぎ。ILMとスタン・ウインストンの素晴らしい仕事ぶりが盛り上げる前半の展開は素晴らしい。

後 半はオリジナルの「宇宙戦争」を彷彿とさせるシーンが増える。ティム・ロビンスも絡んで芝居の比重が高くなるが、意外とさっぱりしなくて、もたつき感もあ る。トム・クルーズ絶体絶命の危機もちょいと笑えちゃうのは困った。ジョン・ウイリアムズの音楽も含めて、ヒッチコック風な演出で怖さを醸成せるスピル バーグ。それを完璧に受け止める芝居はやはりダコタちゃんの巧さが群を抜いている。懐かしやジーン・バリーの姿も垣間見えた。

今回のトライポッドは、オリジナルの円盤に迫力では優るが造形の美しさでは劣る。近年の作品には、9.11の悲劇が直接的、間接的に反映されたものが少なくない。侵略者が美しい円盤に乗ってたりするのも今の時代、駄目だろう
な。
2005年6月30日 (木)

ラマンチャの男 千秋楽  帝劇

まともな勤め人なら、真っ昼間っからの芝居見物なんぞしないもんだ。そんなことしたひにゃお天道様に顔向けできない。というような事を母親がよく言っていた。今日は幸いなことに梅雨空でお日様も出ていない。で、帝劇「ラマンチャの男」の千秋楽に行ってきた。

カーテンコールは楽日ならではの華やかさに加えて、観客総立ちの「幸四郎ミュージカル2000回公演」記念セレモニー。さらにスペイン政府より記念金貨贈呈式あり、観客には愛知県提供のバラ一輪のプレゼントありと思いがけない盛り上がり。前から4列目という良い席ですっかり楽しんでしまった。

肝心のお芝居だが、これはもう、卑しい街を行く騎士の物語であるからして、チャンドラー精神の源流を再確認するに等しいもの。ドン・キホーテは「現実に折り合うより、あるべきものの為にたたかうのだ」とうたい。セルバンテスは「事実は真実の敵だ」と叫ぶ。幸四郎が、中空を見据える眼差し一つでドン・キホーテの狂気をあますところなく表現し、セルバンテスをチャーミングに具現化する。松たか子のアルドンサもよかった。カーテンコールでは「見果てぬ夢」を英語でうたってくれました。

ズル休みの芝居見物も捨てたもんじゃないのだ。

2005年6月30日 (木)

バットマン・ビギンズ

「メメント」「インソムニア」とシャープで密度の高い作品を見せてくれたクリストファー・ノーラン。今回はビギンズと謳うにふさわしく、バットマンが何故どのように誕生するに至ったかを、恐怖を軸にした男の成長の物語として見せてくれる。

従来のシリーズに見られたアメコミのテーストはきれいに排除され、リアルさの追求が徹底的。キャラクターからコスチュームの一切合切、設定にきちんとした裏付けを与えようと努力した跡が忍者の絡み方などからも伺える。

ア クション場面は分かり難い見せ方をしているが、迫力あるデザインのバットスーツでダイナミックに飛び回るバットマンはかなりのかっこよさ。クリスチャン・ ベールはこれまでで最も若いバットマンだが、凄い顔ぶれの共演者達が、悲劇的なドラマを一層重厚に盛り上げる中心に在って遜色はない。

贅を尽くしたビジュアルもファンタスティック。ハンス・ジマーとジェームズ・ニュートン・ハワードの二枚看板の音楽もムードたっぷり。子供よりむしろ大人を納得させる「ビギンズ」の魅力。いや、面白かった。

次作があるなら、クリストファー・ノーランには、このダークなヒーローの活躍を是非また手がけてもらいたい。

2005年6月19日(日)