2008/12/31

2008年のまとめ 螺旋式

映画
1.「ダークナイト」 
ヤバすぎるジョーカー。素晴らしいキャメラ。脚本の深みを見事な映像美で表現しきったクリストファー・ノーラン凄い。

2.「アイアンマン」 
カッコいいこと。それ以外一体何が必要なんだとばかりに、「力」をゴージャスなデザインで見せたアイアンマンの勇姿。 

3.「パコと魔法の絵本」 
冒険してます。挑戦的です。観た事ないもの見せてやろうというクリエーターの心意気が伝わってくる画面の力。

4.「ゼア・ウィルビー・ブラッド」 
「マグノリア」に較べ一段と凄みを増した演出力。一部の隙なく構築された世界の美と迫力。

5.「ノーカントリー」 ジョーカーの登場で印象が薄れたがこの殺し屋も忘れ難い。何処ともなく消えていく姿はダークナイトと表裏一体を成している。

次点、「ウォーリー」「おくりびと」「ハプニング」「クローバーフィールド」「潜水服は蝶の夢を見る」


1.「 極限捜査」 
「夢果つる街」を思い出させるドラマの深さ展開の密度。村上基博の訳も素晴らしい。

2.「スリーピング・ドール」 
自己革新と読者へのサービス精神を忘れないディーバーの行き方も好きだ。

3.「どこから行っても遠い街」
これはとても良かった。川上弘美が一段と深い世界を見せてくれた。

4.「ドッグ・タウン」
すでに亡くなっている作者のシリーズ1作目。チャンドラーの衣鉢を継いでますこの作者。しかも女性だ。

5.「 赤朽葉家の伝説」
驚いた。まんま「百年の孤独」だ。語り口を自由自在に使い分ける実力から生まれた抜群の面白さ。

次点「チャイルド44」「略奪の群れ」「告白」「四十七番目の男」「魔都に天使のハンマーを」     

美術
「ピカソ 展」 国立新美術館 サントリー美術館  ピカソは永遠に新しい。 
    
「レース・エレメンツ 展」東京オペラシティー 新鮮で刺激溢れる展示。印象的だった。
           
「ボストン美術館 浮世絵名品展」 江戸博物館  墨だって素晴らしい。イベントとしても楽しかった。

「アンドリュー・ワイエス 創造への道程展」bunkamura 制作の内側を垣間みる面白さも。
      

舞台
1.「道元の冒険」コクーン 井上ひさしの志に感動した。
2.「太鼓たたいて笛吹いて」サザンシアター 井上ひさしの信念に感動した
3.「表裏源内蛙合戦」コクーン 井上ひさしの体力に感動した。 
4.「江戸宵闇妖鉤爪」国立劇場 乱歩的ないかがわしさもあって楽しめた。

歌舞伎座には今月をのぞいて毎月行っていたのだが、何が良かったのか記憶が混ざって判然としない。仁左衛門と染五郎と玉三郎が良かった事。観ている時はそれ程楽しくなかった野田版 愛陀姫が案外記憶に残っていたりする。

TV
ケーブルTVの回線を地デジ対応にするってこともあり、使わなくなって久しい天吊りの3管プロジェクターをハイビジョン対応の液晶プロジェクターに変えた。ついでにブルーレイ購入。早速「ダークナイト」と「ピクサーの短編集」のブルーレイディスクを買った。絵を出してビックリ。なんという美しさ。もう後には戻れない。禁断の木の実を食べちゃった気分だ。

2008/12/07

スリーピングドール


一家惨殺で服役中のカルト指導者が大胆不敵な手口で脱獄を図る。しかも潜伏したまま逃亡する気配もない。脱獄犯の狙いは何か。一家惨殺を生き延びた少女との関係は。事件を預かるキャサリンにFBIからカルト犯罪専門の捜査官も乗り込んで、捜査は複雑困難の度を深めていく。

仕草や表情から心理を読み解く「キネシクス」の天才。高度な尋問技術によって物証至上のリンカーン・ライムを唸らせた「人間嘘発見機」キャサリン・ダンスが、「ウオッチメーカー」の脇役から堂々たる主演に転じての登場。相手は言葉巧みなマインドコントロールで人を自在に操り、犠牲を強いる凶悪犯。言うなればキャサリン・ダンスと表裏を成す心理分析のスペシャリスト。この二人の心理戦を軸に多彩なキャラクターが豊富なエピソードを繰り広げる。

リンカーン・ライムシリーズからのスピンアウトというからには、どれだけライム物から差別化できるかが、作者にとっては最優先課題だったのだろう。例えば、男ー女 物証専門ー尋問専門 独身生活ー家庭生活 東海岸ー西海岸など分かりやすい。とりわけ、ニューヨークとカリフォルニアという対比の中、北カリフォルニアの舞台設定にはディーバーらしいツイスト感がある。ロサンゼルスならマイクル・コナリー、オレンジ郡からサンディエゴはT・J・パーカーが書き尽くしているわけで、南カリフォルニアでは新鮮味に欠けるのだ。ではサンフランシスコならどうか。結構な都会だからニューヨークとの違いは出し難い。ならばロサンゼルスの北、サンフランシスコの南、エデンの東にしてスタインベックの故郷だということになる。そうなのか。そこでミステリの舞台としての鮮度の高さも充分な北カリフォルニアはサリナス、モントレーに照準を合わせ、風光明媚、豊かな自然を背景に壮絶な頭脳戦とマンハントを繰り広げる。ということになったのではなかろうか。

そんな訳で、北カリフォルニアの観光案内としても通用する美しい情景描写も読みどころ。工夫と努力を怠らないディーバーの誠実。おもてなし感覚あふれるサービス精神に裏付けられた卓抜した技術と洞察の深さから生み出された超絶的面白さに大満足。ディーバーの魅力が、スピード感とどんでん返しにあるのは確かだが、それ以上に、今回も、キャサリン・ダンス親子のキャラクター、日常生活を丁寧に書き込むことで、事件の本質を、被害者加害者の病理を何気なく照射するという技ありの語り口が素晴らしいのだ。 家族を描いて、これはディーバー流の「エデンの東」とも読めるのだ。

作:ジェフリー・ディーバー
訳;池田真紀子
文芸春秋
2008年10月
2,500円

2008/12/06

太鼓たたいて笛ふいて

林芙美子の後半生を描いた音楽劇。
放浪記で名を成した芙美子も近作が重版禁止となって面白くない。時代を動かす、国が求める物語が必要と諭され、南方戦線の従軍記で戦意高揚に尽くす。だが戦争の実相を知った今、イケイケどんどんと囃し立てた自分を許せない芙美子は、非国民のそしりを恐れず自分のやり方で愛国心を貫こうとする。

穏やかでユーモラスな庶民の日常をスケッチする楽しさに戦時の緊張感が割り込んでくる波乱含みの前半。休憩を挟んで、後半は戦況の悪化から敗戦、戦後へと押し流されていく日本の変化が描かれる。反戦のテーマとメッセージがドラマティックに浮かび上がるが、全然説教臭くなくイデオロギー的でも無い。普通の人の弱さや優しさを通して、美しく尊いものの価値を提示してくれる。戦意高揚した責任は、仕事を通して乗り越えていこうとする芙美子の苦渋に満ちた言葉を全身で客席にぶつける大竹しのぶに思わず泣かされた。

6人の登場人物が芙美子の家の小さな茶の間を中心に繰り広げるドラマの大きさと深さに圧倒された。音楽も役者も無駄な飾りが無く。何処をとっても見事に洗練され、ハイレベルであり完成度が高い。原稿用紙をモチーフにデザインされた舞台装置の端正な形とデリケートな色彩の美しさは快感だった。

田母神論文などというものが世上賑わす昨今、申し分の無いタイミングでの再再演といえよう。それにつけても、井上ひさしという人はこんなに凄い人だったのかと、今更その偉大さに気がついたのは我ながら恥ずかしい。

12.5 21-11

サザンシアター
作  井上ひさし 
演出 栗山民也
美術 石井強司
照明 服部 基
出演 大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、阿南健治、神野三鈴。
演奏 朴勝哲。

2008/12/05

レッドクリフ

見た目の格好良さを追求して止まないジョン・ウーの身上はその「軽薄」さだ。なので、「三国志」みたいな重厚長大との相性は必ずしも良くないんじゃないの、「レッドクリフ」ってタイトルからしてすでに微妙だし。と思っていた。まあ、今迄「三国志」は読んだ事も観た事もなくきたので、これは単に根拠のない憶測予断に過ぎないのだが。

跳ね上がる泥水の飛沫。「七人の侍」のクライマックスを連想させる激しい戦闘シーン。巻き込まれるいたいけな幼児と母の絶体絶命に超絶体技で応じる英雄の勇姿。開巻即の格好良さ全開。考える間もあればこそ、あっという間に観客拉致してヒロイックファンタジーの世界へと強引に連れ去る呼吸のよさは流石ジョン・ウーなのである。プロローグも一息ついて、お話は魏の横暴に抵抗する呉の金城武と蜀のトニーレオンの肝っ玉較べへと進行していく。なるほど。そういう話であったのか。

英雄豪傑はあくまで英雄的であり、剛毅な振る舞いで雑兵を圧倒し続ける。できる男達の見せ場の数々。格好良さ至上の殺陣、その臆面なさが痛快。ほとんど歌舞伎の荒事に等しい世界。人間のスケールと地位が正比例し、役割と仕事の分担が明確なところも、この世の本質が階級的であることをスッキリと映している。もったいを付けず深刻にもならず、秩序立つというより様式的であり、とても分かりやすいのである。ジョン・ウーの軽薄さと重厚長大とが巧く釣り合っている。

役者ではトニーレオンがだんとつのかっこ良さだが、金城武は面構えが甘い過ぎて天才的な軍師と見えないのが不満。CGに頼り過ぎたモッブシーンも見飽きた。いくら大軍でも大地を覆う軍勢や川面を埋め尽くす船団もインフレの度が過ぎて興ざめするのだ。あんな船団が一気に押し寄せて、排泄物の処理は一体どうすんだ。垂れ流しで河は大変な有様になるのではなかろうかなどと、エコ意識を刺激されてあらぬ心配をさせられた。その辺のことも気になるから、パート2もすぐに観に行こうと思う。

原題:赤壁

監督:ジョン・ウー

脚本:ジョン・ウー、カン・チャン、コー・ジェン、ジン・ハーユ

総指揮:ハン・サンピン、松浦勝人、ウー・ケボ、千葉龍平、ジョン・ウー

製作:テレンス・チャン、ジョン・ウー
撮影:リュイ・ユエ、チェン・リー

音楽:岩代太郎

アクション撮影:コリー・ユン

出演:トニーレオン、金城武、チャンフォイー、チャン・チェン、中村獅童

2008/12/03

表裏源内蛙合戦



平賀源内の出産シーンから説き起こす一代記。類いまれな神童と謳われた少年期から才気煥発にして野心満々の青年へと成長を遂げるものの、やがては江戸市中で山師と呼ばわった奇人平賀源内の肖像。

素早い場面転換で矢継ぎ早に繰り出されるエピソードがテンポ良く積み重ねられる。膨大な台詞と多彩な動きに、溌剌として活力漲ったステージ。上演4時間に及ぼうかという長丁場を決してダレず飽きさせず疾走しきった出演者たちに拍手。

井上ひさしが人間の猥雑さを通して「源内」とその時代を語れば、蜷川は鏡を大胆に配置し観客の猥雑さを取り込んで今の時代を描き出す。前回「道元の冒険」とは感動の趣は大きく異なるが、楽しく面白く、刺激に満ちたステージ。

表の上川隆也も裏の勝村政信も良かった。他の出演者達もレベルが高く台詞、歌、切れのある動きは気持ち良く、脇を固める女性陣の健闘も印象的。
後半は尻が痛くなって再三座り直したりし、連日の公演を続ける出演者達の疲労はいかばかりかと思うが、公演も終盤に入って疲れの微塵も感じられないステージを続けている役者魂にも脱帽。

2F−M27
シアターコクーン
作   井上ひさし
演 出 蜷川幸雄
音 楽 朝比奈尚行
出 演 上川隆也、勝村政信、高岡早紀、豊原功補、篠原ともえ、
    高橋努、大石継太、立石凉子、六平直政 他