2005/12/31

2005年ぐるぐる式ベストテン

年末恒例のベストテン発表も、ここ数年来、新しい作家に追いつく体力も無いし、何より選出された本もほとんど読んでない状態が続いて、以前のようには胸ときめかせることも無くなった。少し寂しい気もある。

「文春」のランキングに照らせば、国内作品で読んでいたのは次点「モーダルな事象」だけ。海外作品では「暗く聖なる夜」1位「獣たちの庭園」4位「カリフォルニア・ガール」次点の3点。全20作中、圏内2作で次点が2作ではミステリが好きというより、だった、と言う方が正しいかも。

で、文春ベストを軸にマイベストを選出。

国内作 
1位「モーダルな事象」 奥泉光 
他には読んでないので絶対的1位。
これは中井英夫への供物とも、リスペクトとも思わせる作品。中井英夫の衒学、耽美、レトリックをユーモア、滑稽に置き換え、あの大傑作をなぞるようにキャラを動かし、反推理小説として知られた結末を彷彿とさせるオチにつなげた技ありの作。奥泉光版「虚無への供物」というほか無い野心作。「虚無への供物」が好きな向きには堪らないはず。文春の次点というランキングは上位すぎるかも。

海外作 
1位「サイレント・ジョー」T・ジェファソン・パーカー
今年のMWA長編最優秀賞受賞作。しかも02年の「サイレント・ジョー」での受賞に続いて。ってことで俄然興味を惹かれた。かねてより評判の「サイレントジョー・ジョー」が文庫落ちしたのでそっちから手をつけたら、これがぶっ飛んだのなんの。主人公の造形はエルロイ発コナリー(ボッシュ)経由の不幸な幼児期克服類型ヒーローへの見事な返歌として読み取ることも出来る。普通の生活感を滲ませながら、人間として、ハードボイルドヒーローとして魅力的に描かれているのが良い。普通だけど非凡という造形がとっても良い。隅から隅までぎっちりと面白さが詰まっていて、この作家、何でもっと早く読まなかったかとほぞを噛んだ。
     
2位 「カリフォルニア・ガール」T・ジェファソン・パーカー 
ジョーに続いてすかさず手にした「カリフォルニア・ガール」。これがまた60年代の南カリフォルニアを舞台に、オレンジ畑が大規模開発され都市化、近代化されていく時代の夢と若さをノスタルジーゆたかに描きながら、今日的な課題を浮かび上がらせる。参った。凄い。面白い。死ぬ迄この人の後について行こうと久々に胸がワクワクした。

3位 「ブルー・アワー」上下講談社文庫 T・ジェファソン・パーカー
オレンジ郡殺人課の保安官補マーシ・レイボーンのシリーズ1作目。正義感と強烈な上昇志向で保安官事務所の厄介者マーシに保安官がつけたお守り役は親程も歳の違う退職警官ヘス。妥協知らずで前進するマーシと放射線治療の老体にむち打つヘスが追うのは「レッド・ドラゴン」へのオマージュだと作者自らが言う死体の無い連続殺人事件。性犯罪者の再犯防止のために住所を公開する制度を反映させた展開も新鮮だが、何より二人の造形が深く、読ませる。終章の味わいは心がキュンとなる格別なもの。

4位 「レッド・ライト」講談社文庫上下 T・ジェファソン・パーカー
マーシ・レイボーンの2作目。婚約者でもあるマイクが殺人の容疑者として浮上した時、マーシのとった行動は・・。成長するシングルマザー、マーシ・レイボーンの生活と生き方。同僚サモーラの魅力がキラリと光る終章の味わいは胸キュン必至となる格別なもの。

もっともっとT・ジェファソン・パーカーが読みたくて本屋を経巡ったが買えたのはここ迄。アマゾンを検索し、マーケットプレイスで「ラグナヒート」「ブラックウォーター」「コールドロード」「渇き」「流れ着いた街」を購入。「ラグナヒート」の1円表示には、いささか不安を憶えたが、本当に1円と送料で送られて来たので、人ごとながら儲けはあるかと気になった。

5位 「ブラックウォーター」早川書房 T・ジェファソン・パーカー
マーシ・レイボーン3作目。不幸にして訳出はこれが一番早かった。これから読ませたら駄目でしょ。特に主人公が成長するタイプのシリーズは順番に読ませなきゃ。
若く美しい妻は夫の銃で殺され、頭を打ち抜きながらも夫は一命を取り止める。アメリカンドリームを絵に描いたようなカップルに訪れた悲劇の真相は何か。はずれがない人ですこの人には。プロット、キャラクター、ともに文句なし。何よりドラマが深い。登場人物には皮肉や衒い、カッコ付けもない。解説によれば「サイレント・ジョー」で化けたってことらしいが、いやそれ以前にお会いしたかった。

6位 「長いお別れ」早川文庫 レイモンド・チャンドラー
エリオット・グールドがテリー・レノックスを撃ち殺しちゃった時はえらく驚いたが、ロバート・アルトマンの解釈はそりゃ新鮮でスッキリ腑に落ちた。22か23か、それくらいの歳だったはず。この夏久しぶりに読み直して、チャンドラーの方がアルトマンより余程厳しい終わり方なのだったと改めて感じた。コナリーも矢作も藤原伊織も真似してるが、やっぱチャンドラーだわ。

10位 「暗く聖なる夜」マイクル・コナリー
プライベートアイに転じたボッシュの行方、ということではシリーズを革新する作品。3人称1視点から1人称での叙述という点も画期的。ハリウッドの地場産業を正面から取り込んで、ロサンゼルスの正統的ハードボイルド探偵として、矜持に満ちたアイデンティティーの主張がなされているのも頼もしい。
お話も工夫されている。泣かせどころの押さえも効いている。例えば、ボッシュがマーケットのケーキ屋で幼い頃を思い出す切ないシーンは印象的。ちなみに、あのマーケットはこの夏、ロス観光で訪れた時にタフィなど買い込んだ場所だし、ラスベガスではまさにエリノアがフランチャイズにしているホテルに泊まったのだったりと、個人的には一層思い入れし易い記憶と共に読むことができて楽しくはあったのだ。
    
がしかし、コナリーにはちょっとがっかりした。プロットとかトリックとかでは無い、ボッシュにあんな盗聴させるなんて何て酷いことか。「あなたには高貴なところがある」とシルビアに言わしめたボッシュをしてあの盗聴行為がプライドに抵触しなかったのもまことに残念。さらに残念なのは「この素晴らしき世界」で相殺しているところ。狙いが透けて嫌らしい。あんなボッシュは嫌だ。
    
次点 「獣たちの庭園」

コナリーが90年代を代表するハードボイルド作家なら、パーカーは21世紀をリードするハードボイルド作家だと確信する。

2005/12/28

キング・コング


ジャック・ブラック、エイドリアン・ライン。地味めのキャスティングには不安もあったが、キング・コングのスーパーヒーロー振りに拮抗するジャック・ブラックのアクの強さをはじめ、キャスティングの説得力は申し分無かった。リトル・ダンサーのジェイミー・ベルの成長振りにも驚いた。

序盤、ニューヨークの街頭風景やショウビズ界の描写から無駄のない語り口と隙のない絵作りが快感。大人はいいが子供は退屈する部分だが、ここを辛抱する経験も子供には大事だ。

中盤、絶海の孤島に上陸以降、派手な見せ場のつるべ撃ち。探検隊全滅必至の状況を幾度もくぐり抜けるアクションを、しつこい、くどい、ってくらいにたっぷり見せてくれる。キャラクター描写も、伏線の仕込みも充分。コングの運搬輸送関係には課題も少なくないはずだが、情緒盛り上げの目くらましでサッと舞台を切り替える狡さも憎い。

悲劇の予感に切なさが高まって行く終盤。メロドラマとアクションを完璧なビジュアルでテンポ良く見せる演出が素晴らしい。摩天楼の空中戦に至っては、もう見惚れるばかりの素晴らしさ。オリジナル作品へのリスペクトを感じさせる複葉機の動き。ダイナミックなカメラが捉えた光と色のきらめき。空中戦のライブ感が堪らない。摩天楼の天辺で咆哮するコングの大きさと小ささ。地球の美しさへと繋ぐイマジネーションが素晴らしい。

「男はつらいよ」なきあと、寅さんの精神を体を張って示したコングの姿は家族で安心して楽しめる判り易さ。娯楽性に優れてボリュームもたっぷり。スケールと格調からも正統派お正月映画の貫禄充分。

2005/12/23

悲劇週間


矢作はよく他の作家(監督)の作を下敷きにするが、もろチャンドラーだった前作「ロング・グッドバイ」では、シチュエーションやキャラの不自然さに結構違和感があった。ただ、昭和への惜別の情は理解できたし、何より「ハ」の字への決別も著されていると思えば、不自然さには情状酌量で応じることができた。

昭和の跡目を相続した平成日本のみっともなさは、矢作もかねてから指摘してきたところだが、ますますもって救い難い社会現象頻発する昨今、憂国の作家は維新へと回天したか、

 明治四十五年、僕は二十歳だった。それがいったいどのような歳であったか誰にも語らせまい。

と始まる新作はポール・二ザンを彷彿とさせる。
なるほど。青春。明治。「アデン・アラビア」懐かしの60年代。ハードボイルド文体に日本語のリズム感による一層の磨きがかけられ、スマートで読み易い。うーん「ハ」の字ではないが「ハ」の字以外の何者でもない匂いもぷんぷんしている。