2009/07/23

ハリーポッターと謎のプリンス


今回は、すっかり成長したハリー達がホグワーツを舞台に繰り広げるラブコメの趣。闇の帝王一派との戦いという大枠に盛り込まれたお話は、シリアスよりコメディーに針が振れているが、学園ものの王道をいく展開も巧みで全体のバランスもよく、とても面白い。

ハリーはすっかり逞しくなってメガネが無ければ誰だか分からないほど。年頃になった3人それぞれが抱える恋心に、ロンは脱線し、ハーマイオニーは自制する。火を吐くドラゴンもクィディッチの迫力もいいが、キャラクターもしっかり描かれた彼らの心理と行動は派手なアクションシーン以上にサスペンスフルだしスリリングだ。
巻頭、超高速でロンドン中を縦横に飛び交うデスイーターの目と化したカメラの凄い事。あるいは、移動する列車の内外を自在に捉えるダイナミックなカメラワーク。こうした映画ならではの魅力もドラマがしっかりしていなければ色褪せるが、今回はドラマ部分の密度も高く、CGが一層の興奮と快感を盛り上げているのも嬉しかった。

これまでは全作劇場で観てきたが、実のところ3作目以降は気分が乗らなくなっていた。ダンブルドアがリチャード・ハリスからマイケル・ガンボンへと変わったことに抵抗があったし、皮肉で嫌味なキャラクターや愚かで意地悪な行いが多い陰鬱な物語展開にも過剰なCG映像にも魅力を感じなくなっていた。今回もそんな予断のまま出かけたのだが、まずマイケル・ガンボンがとても良かったし、とにかくおもしろかった。ひいきのアラン・リックマンが良い役回りだったこともあって、エンドロールを眺める頃にはすっかり悔い改めた。

原題:Harry Potter and the Half-Blood Prince
監督:デビッド・イェーツ
製作:デビッド・ハイマン、デビッド・バロン
製作総指揮:ライオネル・ウィグラム
原作:J・K・ローリング
脚本:スティーブ・クローブズ
撮影:ブリュノ・デルボネル
美術:スチュアート・クレイグ
編集:マーク・デイ
音楽:ニコラス・フーパー
2009年アメリカ
2時間34分 ワーナー・ブラザース

2009/07/13

愛を読む人


何気ない日常の出会いが少年を愛と性の坩堝へと連れ去っていく。年上の女性と過ごす秘密の場所、秘密の出来事、永遠に続くかと思う甘美な時間。
が、ある日、何の前触れも無く女は忽然と姿を消してしまう。理由も分からぬまま、世界の果てに打ち捨てられた少年の虚無。
少年を演じたデビッド・クロス、写真では魅力を感じなかったが、動きが加わったら素晴らしい。学校や家庭に自分の居場所はない。年上のハンナと共にいる世界こそ自分本来の居場所なのだという少年の実感を品良く繊細に演じ、ケイト・ウインスレットの存在感とコントラストも絶妙。背徳的でありながら純粋という二律背反から醸し出される二人の親和的な空気感の魅力と説得力。

後半、大人になった少年がハンナとの思いがけない再会を果たすところから話は一転する。過去の行いを告発されたハンナは、自己弁護ひとつすることなく、秘密を守るため余分な罰を被って行く。ハンナの秘密を知る少年はしかし口を閉ざす。それがハンナへの愛なのか少年にも判然としない。

誰よりも深く愛した人から、関係を一方的に断ち切られた少年が心に負った傷の深さ。愛し愛され、赦し赦され、救い救われ、求め求められる。少年は他者との関係をうまく築けなくなっている。
生きるにはいつだって判断と選択に迫られる。常に最善の判断と最良の選択していても、ただ、そのつもりでいるのがせいぜいであり、およそ後悔の種が尽きる事はない。それが人生だ。それでも、結果は全て自分の責任、どんな事でも従容として受け入れるというハンナの生き方。無知で愚かだが聡明で高潔でもあるハンナの人となりを、深いところから陰影豊かに彫琢したケイト・ウインスレットも素晴らしい。

ハンナの窮状を知り、本音と建前に揺れながら示す、暖かさと同時に冷たさも感じさせる距離感のデリケートさに少年が負った傷の深さが表れ、二人の関係が新たな段階を迎える終盤、ハンナを救済する気でいながら、再度うっちゃられることで逆に救済される男の弱さをレイフ・ファインズは静かに演じて格調を感じさせた。原作に忠実な映画化で、味わいもよい。主人公の職業を作家から裁判官にし、語りの対象も私的な関係へと変わっているが、その結果、男の抱え込んだ問題が原作より切実さを増した形で提示する脚本も優れている。

自立していく少年の姿を切なく瑞々しく描いた「リトル・ダンサー」。時間も空間も異なる3つのドラマを巧妙な構成でみせた「めぐり合う時間たち」。これらの作品についで、少年と親子ほども歳の離れた女性との関係を描いたこの原作は、スティーブン・ダルドリーにとって、正に自分が監督すべき作品と思えたかもしれない。本来なら映画化権を持つアンソニー・ミンゲラが監督するはずだったらしいが、諸般の事情によりミンゲラはスティーブン・ダルドリーを監督に据えて、自らはシドニー・ポラックと共に製作にまわったものの、二人とも作品の完成を待たず亡くなっている。ミンゲラもポラックも、華々しいキャリアの掉尾をこのよう優れた作品で飾る事ができてさぞかし本望だろう。ドイツ語だったらと惜しまれるが、とにかくスティーブン・ダルドリーは素晴らしい仕事をした。

原題:The Reader

監督:スティーブン・ダルドリー

製作:アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック

製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン

原作:ベルンハルト・シュリンク

脚本:デビッド・ヘア

撮影:クリス・メンゲス、ロジャー・ディーキンス

美術:ブリジット・ブロシュ
編集:クレア・シンプソン

音楽:ニコ・ムーリー
出演:ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デビッド・クロス、レナ・オリン、ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ、

アメリカ・ドイツ
2時間4分

2009/07/08

海神別荘 七月大歌舞伎 昼の部


「五重塔」 
腕は良いが不器用でのろまだ馬鹿だと陰口叩かれながら、職人の誇りと意地を賭けて五重塔の建立に挑む大工の勘太郎。支える女房春猿と親方獅童。
気風の良い親方をいなせに演じる獅童は気持ち良さそう。最後にじっと我慢の勘太郎が胸の内を吐き出すと世話女房の苦労も報われ、観客も一気に溜飲を下げるところだが、全体に勘太郎の役どころはもどかしさがつのるばかり。感情移入も難しくて、芸道人情ものとしての味わいは今ひとつ深まらなかったかな。回り舞台を使わない場面転換はよく工夫されていたが、そっちに気を取られて芝居への集中力を削がれたきらいはあった。

「海神別荘」
いつもなら三味線の並ぶ所でハープが奏でられている。金色の珊瑚輝く海神の宮殿は歌舞伎座の舞台とは思えぬエキゾティズムを醸し出している。ファイナルファンタジーで知られた天野喜孝のデザインが衣装から背景に至る舞台の隅々にわたって見事な色彩と質感で再現されている。豪華でありながら海の底らしい清涼感をたたえて、耽美と言うに足る高級感。実に素晴らしい。

海神の王子のコスチュームを身にまとって登場し貴公子然と佇む海老蔵。実にどうも、惚れ惚れするような男ぶりだが、全身のボディーラインが露になる黒タイツ姿は歌舞伎にあるまじき掟破りのコスチューム。この黒タイツを完全に着こなした海老蔵が発するオーラは5割増量されている。優れたコスチュームはオーラを増幅させるのだ。去年の「高野聖」では滝壺の裸があったが、あれは全然格好良くなかった。 片や、白無垢の花嫁玉三郎も当然まぶしく輝いている。エスコートする白龍と黒潮騎士団のビジュアルと動きも洗練されていて楽しめる。

超俗の王子と世俗の価値観にとらわれた花嫁のすれ違いに緊張感が高まっていく山場に向け美しい台詞の応酬の勘所も、この日は玉三郎の生彩が鈍く感じられたが、そこは玉三郎、クライマックスでは呼吸一つで芝居をコントロールし場を盛り上げたのは流石なのだった。
とにかく全編これが歌舞伎かというか、これが歌舞伎だというか、挑戦的でサーヴィス精神溢れる充実した舞台。細部にわたって神経が行き届いて、統一感ある舞台に客席が次第に浸食され、ついには劇場が一体感に包まれる幸せ。とても面白く感動的な芝居を見せてもらった。 幕が下りたら皆さっと席を立つ歌舞伎座も、この素晴らしい舞台にしばし拍手が鳴り止まず、初めての歌舞伎座のカーテンコールも嬉しかった。

7月7日 昼の部 3F 2−19