2009/07/13

愛を読む人


何気ない日常の出会いが少年を愛と性の坩堝へと連れ去っていく。年上の女性と過ごす秘密の場所、秘密の出来事、永遠に続くかと思う甘美な時間。
が、ある日、何の前触れも無く女は忽然と姿を消してしまう。理由も分からぬまま、世界の果てに打ち捨てられた少年の虚無。
少年を演じたデビッド・クロス、写真では魅力を感じなかったが、動きが加わったら素晴らしい。学校や家庭に自分の居場所はない。年上のハンナと共にいる世界こそ自分本来の居場所なのだという少年の実感を品良く繊細に演じ、ケイト・ウインスレットの存在感とコントラストも絶妙。背徳的でありながら純粋という二律背反から醸し出される二人の親和的な空気感の魅力と説得力。

後半、大人になった少年がハンナとの思いがけない再会を果たすところから話は一転する。過去の行いを告発されたハンナは、自己弁護ひとつすることなく、秘密を守るため余分な罰を被って行く。ハンナの秘密を知る少年はしかし口を閉ざす。それがハンナへの愛なのか少年にも判然としない。

誰よりも深く愛した人から、関係を一方的に断ち切られた少年が心に負った傷の深さ。愛し愛され、赦し赦され、救い救われ、求め求められる。少年は他者との関係をうまく築けなくなっている。
生きるにはいつだって判断と選択に迫られる。常に最善の判断と最良の選択していても、ただ、そのつもりでいるのがせいぜいであり、およそ後悔の種が尽きる事はない。それが人生だ。それでも、結果は全て自分の責任、どんな事でも従容として受け入れるというハンナの生き方。無知で愚かだが聡明で高潔でもあるハンナの人となりを、深いところから陰影豊かに彫琢したケイト・ウインスレットも素晴らしい。

ハンナの窮状を知り、本音と建前に揺れながら示す、暖かさと同時に冷たさも感じさせる距離感のデリケートさに少年が負った傷の深さが表れ、二人の関係が新たな段階を迎える終盤、ハンナを救済する気でいながら、再度うっちゃられることで逆に救済される男の弱さをレイフ・ファインズは静かに演じて格調を感じさせた。原作に忠実な映画化で、味わいもよい。主人公の職業を作家から裁判官にし、語りの対象も私的な関係へと変わっているが、その結果、男の抱え込んだ問題が原作より切実さを増した形で提示する脚本も優れている。

自立していく少年の姿を切なく瑞々しく描いた「リトル・ダンサー」。時間も空間も異なる3つのドラマを巧妙な構成でみせた「めぐり合う時間たち」。これらの作品についで、少年と親子ほども歳の離れた女性との関係を描いたこの原作は、スティーブン・ダルドリーにとって、正に自分が監督すべき作品と思えたかもしれない。本来なら映画化権を持つアンソニー・ミンゲラが監督するはずだったらしいが、諸般の事情によりミンゲラはスティーブン・ダルドリーを監督に据えて、自らはシドニー・ポラックと共に製作にまわったものの、二人とも作品の完成を待たず亡くなっている。ミンゲラもポラックも、華々しいキャリアの掉尾をこのよう優れた作品で飾る事ができてさぞかし本望だろう。ドイツ語だったらと惜しまれるが、とにかくスティーブン・ダルドリーは素晴らしい仕事をした。

原題:The Reader

監督:スティーブン・ダルドリー

製作:アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック

製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン

原作:ベルンハルト・シュリンク

脚本:デビッド・ヘア

撮影:クリス・メンゲス、ロジャー・ディーキンス

美術:ブリジット・ブロシュ
編集:クレア・シンプソン

音楽:ニコ・ムーリー
出演:ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デビッド・クロス、レナ・オリン、ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ、

アメリカ・ドイツ
2時間4分