2009/07/08

海神別荘 七月大歌舞伎 昼の部


「五重塔」 
腕は良いが不器用でのろまだ馬鹿だと陰口叩かれながら、職人の誇りと意地を賭けて五重塔の建立に挑む大工の勘太郎。支える女房春猿と親方獅童。
気風の良い親方をいなせに演じる獅童は気持ち良さそう。最後にじっと我慢の勘太郎が胸の内を吐き出すと世話女房の苦労も報われ、観客も一気に溜飲を下げるところだが、全体に勘太郎の役どころはもどかしさがつのるばかり。感情移入も難しくて、芸道人情ものとしての味わいは今ひとつ深まらなかったかな。回り舞台を使わない場面転換はよく工夫されていたが、そっちに気を取られて芝居への集中力を削がれたきらいはあった。

「海神別荘」
いつもなら三味線の並ぶ所でハープが奏でられている。金色の珊瑚輝く海神の宮殿は歌舞伎座の舞台とは思えぬエキゾティズムを醸し出している。ファイナルファンタジーで知られた天野喜孝のデザインが衣装から背景に至る舞台の隅々にわたって見事な色彩と質感で再現されている。豪華でありながら海の底らしい清涼感をたたえて、耽美と言うに足る高級感。実に素晴らしい。

海神の王子のコスチュームを身にまとって登場し貴公子然と佇む海老蔵。実にどうも、惚れ惚れするような男ぶりだが、全身のボディーラインが露になる黒タイツ姿は歌舞伎にあるまじき掟破りのコスチューム。この黒タイツを完全に着こなした海老蔵が発するオーラは5割増量されている。優れたコスチュームはオーラを増幅させるのだ。去年の「高野聖」では滝壺の裸があったが、あれは全然格好良くなかった。 片や、白無垢の花嫁玉三郎も当然まぶしく輝いている。エスコートする白龍と黒潮騎士団のビジュアルと動きも洗練されていて楽しめる。

超俗の王子と世俗の価値観にとらわれた花嫁のすれ違いに緊張感が高まっていく山場に向け美しい台詞の応酬の勘所も、この日は玉三郎の生彩が鈍く感じられたが、そこは玉三郎、クライマックスでは呼吸一つで芝居をコントロールし場を盛り上げたのは流石なのだった。
とにかく全編これが歌舞伎かというか、これが歌舞伎だというか、挑戦的でサーヴィス精神溢れる充実した舞台。細部にわたって神経が行き届いて、統一感ある舞台に客席が次第に浸食され、ついには劇場が一体感に包まれる幸せ。とても面白く感動的な芝居を見せてもらった。 幕が下りたら皆さっと席を立つ歌舞伎座も、この素晴らしい舞台にしばし拍手が鳴り止まず、初めての歌舞伎座のカーテンコールも嬉しかった。

7月7日 昼の部 3F 2−19