2008/02/17

チーム・バチスタの栄光

心臓手術の精鋭チームが立て続けに手術に失敗。心療内科医が内務監査に当たるが不審な点は見当たらない。そこに厚生労働省の役人が調査に乗り込んで院内を引っ掻き回し始めると。という原作はこのミス大賞受賞のベストセラー。話題作の映画化に相応しく新鮮かつ豪華なキャスティング。「人のセックスを笑うな」が同時刻の開始でどっちにするか少し迷ったが、楽しい週末の夜、娯楽に徹したい気分が勝ってこっちにした。

阿部寛が厚生労働省の怪人を生き生きと演じてとっても素晴らしい。キャラクター的にも日本映画には珍しいスケールのいけ好かなさを、嫌みなくユーモアを滲ませながら魅力たっぷりに造形している。「トリック」のバリエーション的なキャラクターとも言えるが、役柄の幅広さと技巧の繊細さにおいて阿部寛はジョニー・デップに匹敵すると思う。

心療内科医を演ずる竹内結子も人の良さと暖かさをじんわりと伝えて魅力的。この主役二人のコンビネーションが小気味良く、心臓手術のハラハラドキドキとよく調和した展開は見応え充分。吉川晃司以下、登場する役者はすべて良いが、特に、出番の長短に関係なくベテランが皆いい演技で楽しませてくれたのが実に印象的、この監督は力があるなぁ。

ミステリーには意外な犯人という様式がある。動機にも方法にも意外性が求められる。一昔前なら、事実は小説より奇なり、と言われる程度の余裕はあったものの、近年は事実のほうが圧倒的に奇想天外で、もはやミステリーもバカミスと呼ばわるぐらいの覚悟があっても太刀打ちは難しくなっているという現実。この映画の犯人はミステリーの様式を満たしているが、動機は、今の時代に驚くようなことでもなく、意外性があるとは言い難い。この程度は月並みと感じるぐらいこちらの感覚は日々のニュースで鍛えられてもいるのだ。この殺伐とした時代に本格ミステリを成立させることの困難さは高まるばかり。フーダニットは納得だが、ハウとホワイに感じる不満を補って余りある、肥大した心臓の余分を切り取ってダウンサイズするバチスタ手術の克明な描写の啓蒙的な面白さだった。

監]中村義洋
[原]海堂尊
[脚]斉藤ひろし 蒔田光治
[音]佐藤直紀
[出]竹内結子 阿部寛 吉川晃司 池内博之 玉山鉄二 井川遥 田口浩正 田中直樹 佐野史郎 野際陽子

2008東宝
120分

2008/02/05

スゥイニー・トッド

無垢なまんまじゃ生きていけない。汚れたまんまじゃ生きる資格もない。などと、チャンドラーを気取るわけではない。無垢なまま生きるにはいろいろ苦労が絶えないという、ティム・バートンの世界に想いを馳せているのだ。

無垢なるものが生きるには、世間から隔絶した空間に逃避するか、世間の相場に適応してくかのどちらかしかない。だから、シザー・ハンズ・エドワードは城に帰り、チャーリーはチョコレート工場に隠遁したりしたものだった。適応するなら、ゴッサムシティーでバットマンになったり、スリーピーホロウ村まで首なし死体を追いかけにいったり、時にはビッグフィッシュに遭遇する幸運を得た者もあった。ハロウィン・タウンのジャックはクリスマス・タウンに出かけて挫折したりしたわけだが、何れにしても、乳幼児以外の無垢とか純粋には、どうしたってトラブルがつきものってのがティム・バートンの主張だ。

優しく美しい妻と生まれたての赤ん坊。幸せな理髪師ベンジャミン・バーカーを一挙に地獄へと陥れる邪な欲望。無垢なるベンジャミンは、スゥイニー・トッドと名を変え、家族を奪った魔都ロンドンに相応しい邪悪さをもって蘇るのだった。という期待の新作は世にも名高いヒットミュージカルだが、なるほどティム・バートンにぴったりの内容ではある。

回転する歯車と流れる血の色。緊張感と美しさで見せるメインタイトルから素晴らしい。ジョニー・デップはヴィジュアルもボーカルもスタイリッシュで申し分なく、アラン・リックマンの、出てくるだけで場が引き締まるいつもながらの存在感にも惚れ惚れ。ヘレナ・ボナム・カーターだって負けてはいない。哀感溢れるゴシック的妖しさでイライラさせる魅力も全開なのだ。

異常が正常な世界。異常な登場人物達ばかりなので、楽曲の普通の美しさが際立つ。際立つが、いわゆるミュージカル的なもので、絵とのギャップに戸惑う感じがあって、ダニー・エルフマンならどうだろうかなどと、ちらり頭をよぎったりした。しかしまあ、ティム・バートン独特のイマジネーションは今回もハイレベルで、陰鬱な画面に芸達者達の達者な芸が陰鬱な華やぎを添える独壇場の美しさ。強い牽引力でグイグイ引っ張る。

スゥイニー・トッドの狂気は無垢さの裏返し。次から次へと犠牲者が増えるのも無垢なるが故、郊外の城へと導いてくれる庇護者も、チョコレート工場もスゥイニー・トッドには無い。クリスマスの雪を削りだすエドワードの姿が、美しくもロマンティックなエンディングとして描かれてから18年経って、今や、無垢なる愛は地獄のかまどに劫火が燃え盛る理髪店の階下で、妻の亡がらを抱きながら息絶えるベンジャミン・バーカーへと姿を変えたけれど、その無垢なる本質に変化は無い。ただ、ティム・バートンも歳をとり、世界は地獄との距離を一層縮めているだけなのだ。

2008/02/04

アメリカン・ギャングスター

ハーレムを牛耳ってきた大物の後釜に納まったフランクは、べトナム戦争のドサクサに米軍絡みの麻薬密輸ルートを確立し、高品質な商品を供給して瞬く間に市場を支配する。組織を血縁で固め、豊富な資金で事業を拡大していくが、堅実な経営手法は麻薬取り締まり官の注意を引くこともない。
一方、伝説の正直者として仲間うちから煙たがられ、それ故に検察の特命麻薬捜査主任を命ぜられたリッチー。麻薬密売の本命をあぶり出そうと懸命の捜査を続けるその線上に無印フランクが浮上してくる。

信義を重んじ、親兄弟を大事にするフランクだが、ブチ切れると何をするかわからない危ない男でもある。粗悪品を売りつけるキューバ・グッディング Jr.に、品質を維持しブランドイメージを守ることが大事なんだと説教を垂れる場面は面白いが、このとんでもない悪党もデンゼル・ワシントンがやるととてもエレガントで少しも悪党に見えない。対するラッセル・クロウは、清廉潔白、お天道様に恥じない生き方を貫く立派な男だが、男やもめの生活感横溢した結構な汚れ役で、キャラクター的にはもっと格好良くてもいいのだが、どうもパッとしない。

一口でいえば、「ゴットファーザー」のロバート・デニーロに対する「アンタッチャブル」のケヴィン・コスナーといった味付けの二人。これを単純な善悪のコントラストで描いていないのはいいが、麻薬を商うフランクの卑劣さを正当化しすぎているきらいがあり、そこからウエットさとか緩さとかが滲み出てくる。更に、悪徳警官撲滅キャンペーンへと盛り上がるところも同様で、どうにも厳しさが足りない。却ってフランクのキャラも見え難くなっている。

ベトナム戦争の推移を背景に、入念に作り込まれた映像も魅力的なアメリカンギャングスター。スケールの大きさで見せるリドリー・スコットにしては中途半端で、ドラマ的な奥行きに乏しい。フランクはデンゼル・ワシントンよりサミュエル・L・ジャクソンなんかの方がしっくりくると思うのだ。

監督:リドリー・スコット
出演:デンゼル・ワシントン、ラッセル・クロウ、キウェテル・イジョフォー、アーマンド・アサンテ、
07年 アメリカ 157分