2009/06/28

桜姫


コクーン歌舞伎10周年記念、歌舞伎の現代劇化という趣向の舞台。

高貴なお姫様が、何の因果かある出会いを境にして堕ちはじめたらもう止まらない。あとは男達の欲望のまま次から次へと流転を重ね、運命に弄ばれる波瀾万丈という桜姫のお話。
色と欲に彩られたスキャンダラスな興味で客のご機嫌を伺おうと鶴屋南北が入念なえげつなさでまとめ上げた因果応報。これを政情不安な南米の某所に処を変えて、色と欲の輪廻を宗教と政治という切り口で語ろうとする長塚圭史の脚本は、色を宗教で、欲を政治で説明しようとした分、登場人物達の言動はイデオロギー的で、心情的、情緒的には動機付けが弱く、観客への歌舞伎的な訴求力に欠けた。現代劇化のあり方として、それはそれで面白くなるという展開もあり得るわけだが、役者の出し入れ、場面転換、空間処理、ミニチュアや楽団の使い方など、より祝祭的な気分や感情を重視した演出には脚本との指向性の違いも感じられる。今回串田和美の得意な演出テクニックが炸裂したステージは、面白い場面もあるが全体を通してピタッと決まったという快感がそれ程感じられない。クライマックスのセルゲイとゴンザレスのやりとりなど、言葉だけが浮きあがるような収まりの悪さがあった。

過酷な運命に弄ばれる桜姫は被害者的ではあっても、それに負けないだけ強力なファム・ファタールなのであり、ファム・ファタールとは所詮、男なんぞは到底太刀打ちかなわぬ、超越的な存在であるからして、桜姫の存在そのものに、聖と俗、貧と富との対比が明確に浮かび上がる感じが欲しかった。今回、狂言回しとヒロインを演じた大竹しのぶの演技はコメディエンヌ率が高く、俗性は豊富でも聖性が皆無ということもあり、きりっとした魅力に欠けた。
 
原作:四世鶴屋南北
脚本:長塚圭史
演出:串田和美
出演:大竹しのぶ、笹野高史、白井晃、中村勘三郎、古田新太、秋山菜津子

2009/06/24

劔岳 点の記


平日の昼下がりに希望する席が取れないなんて事は、まあ、考えられない訳だが、今日は上映まで20分以上あるにもかかわらず、既に希望の席などとは論外という大入りの現場に直面して大層驚いた。それも座席を埋め尽くす白髪頭の方々。ここは老人ホームの集会室かと見まごうばかりの館内。「劔岳」の凄い動員力。ターミネーターもトランスフォーマーも軽く一蹴する大ヒットではないか。もっとも、年寄りは夜が早いので夜間興行は苦しいかもしれない。みんなシニアか、夫婦50割引の利用者というのも興収的には痛し痒しかもしれないが、そんなことはともかく、客席がこれほど埋まっているのは今年初めて見た。
雄大な山々の厳しさと美しさを捉えた映像と香川照之の素晴らしい演技は印象的。浅野忠信は黙っている時の表情がとてもよろしい。
ちょいと長めで展開には粗っぽさもあるけれど、山の映像とそれを引き立てる名曲の使い方は心地よい。丁寧に作られた画面から伝わってくる作り手の熱意執念が生き甲斐を求めるシニアの需要を見事に掘り起こしたようなのだった。 

監督・撮影:木村大作

原作:新田次郎

製作:坂上順、亀山千広
プロデューサー:菊池淳夫、長坂勉、角田朝雄、松崎薫、稲葉直人

脚本:木村大作、菊池淳夫、宮村敏正

美術:福澤勝広、若松孝市
編集:板垣恵一

音楽:池辺晋一郎

出演:浅野忠信、香川照之、松田龍平、モロ師岡、蛍雪次朗、仁科貴、蟹江一平、仲村トオル、小市慢太郎、安藤彰則、橋本一郎、本田大輔、宮崎あおい、小澤征悦、新井浩文、鈴木砂羽、笹野高史、石橋蓮司、國村隼、井川比佐志、夏八木勲、役所広司
2009年:2時間19分

2009/06/09

ハゲタカ

ハゲタカ
日本を代表する自動車メーカーに敵対的買収を仕掛ける中国ファンドに、伝説のファンドマネージャーが立ち上がる。
玉山鉄二扮する中国ファンドの辣腕マネージャーが立派な悪役振りで頼もしい。日本を買い叩け!との中国政府の意向を受けた玉山が、TOBに望む導入部は快調なテンポで面白くなりそうな空気が画面に漲った。厳しい仕手戦の内幕がこれからスリリングに、かつ格好良く描かれていくのであろうよと、見ているこちらもちょっと気合いが入った。
玉山を受けて立つ大森南朋も不敵な面構えが伝説のファンドマネージャーにぴったりで魅力がある。総じて役者達は良い芝居を見せているのだが、ファンドマネージャーの仕事がどうのこうのというより、登場人物達の過去だの因縁だのによってドラマが構成されていおり、話が進めば進む程、主要な人物達が皆で泣きを入れる浪花節に転じて、終わってみれば、血も涙もないハゲタカ同士の攻防なんてのはほんの刺身のつまなのだった。金融ビジネスという現代そのものの、いくらでも面白くなりそうな素材を実にもったいないことではある。経済戦の中味の無さは脚本の責任だが、それを途切れる事無く流れる大仰さが最悪なBGMと大森南朋の顔の大アップで緊迫感を煽り立てるという野暮な演出もまた、スクリーンが放つダイナミズムを理解しているとは言い難い。

NHKが製作に一枚噛んだれっきとした東宝映画なのだが、遠藤憲一や柴田恭兵が声を荒げているの見ているとどうも東映映画を観ているような気になった。

監督:大友啓史

企画・プロデューサー:訓覇圭、遠藤学

エグゼクティブプロデューサー:諏訪部章夫、市川南

脚本:林宏司

原作:真山仁

撮影:清久素延

美術:花谷秀文

編集:大庭弘之

音楽:佐藤直樹
出演:大森南朋、玉山鉄二、栗山千明、高良健吾、遠藤憲一、柴田恭兵、
2009年 上映時間:2時間14分

配給:東宝

2009/06/07

ターミネーター4


人類と機械の戦いという設定でジョン・コナーとターミネーターの追っかけを繰り広げてきたシリーズも、4作目に至って己のアイデンティティーについて苦悩する機械と人間のハイブリットがメインにという新展開。
今日的な問題を巧みに配し物語も流れによどみない。スカイネットの大規模な人間狩りで人が集められる場面などナチスの収容所に送り込まれたユダヤ人のようで、スカイネットの悪辣振りにも拍車がかかる一方、サム・ワーシントンが憂いとタフネスの垂れ流しでハイブリッドのマーカスを好演し、見せ場の数でも格好良さでもジョン・コナーを圧倒する大活躍だったのには驚いた。
クリスチャン・ベール的にはこの脚本で良く契約したもんだと思わせるほどだが、きっと5作目で盛り返せるということなのであろうか。マーカスをサポートする女優さんもかっこ良かった。

終末感溢れる荒涼とした風景にスカイネットのメカが人間めがけて襲いかかるアクションシーンなど、ビジュアルも文句のつけ様がない見事なもの。「スタートレック」でも感じたが、CG工房数ある中、やはりILM社の仕事はイメージの豊かさ処理の鮮やかさで他社を引き離している。ILMの絵にはひと味違うコクとうま味が詰まっている。人間と機械の違いを情と心臓だとまとめたエンディングにも納得。とても面白い。

原題:Terminator Salvation
監督:マックG
製作:モリッツ・ボーマン、ジェフリー・シルバー、ビクター・キュービセック、デレック・アンダーソン
製作総指揮:マリオ・カサール、アンドリュー・G・バイナ、ピーター・D・グラベス、ダン・リン、ジーン・オールグッド、ジョエル・B・マイケルズ
脚本:ジョン・ブランカート、マイケル・フェリス
撮影:シェーン・ハールバット
美術:マーティン・レイング
編集:コンラッド・バフ
音楽:ダニー・エルフマン
出演:クリスチャン・ベール、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン、ムーン・ブラッドグッド、ブライス・ダラス・ハワード、コモン、ジェーン・アレクサンダー、ヘレナ・ボナム・カーター
製作国:2009年アメリカ映画
上映時間:1時間54分
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2009/06/04

トワイライツ


あの時、別の決断をしていたら、その後の自分はどうなっていたか。というようなことは考えてどうなる事でもないから考えるだけ無駄なようなものだが、そうはいっても、やはりそんな考えが頭をもたげざるを得ないような状況に立ち至ってしまうことだって、生きている限りはどうしたってある。

うた子ちゃんに思いを寄せる薫。あの日の学校の帰り道で起きた出来事。その後の人生の岐路となったあの選択をもしリセットできるなら。チキン、マッチョ、道化、とリセットされループする薫とうた子のその後。

うた子を演じる鶴田真由に対する薫はタイプの異なる3人が演じ分けている。話がループを重ねるにつれ緊張感も高まり、尻上がりに面白くなっていく。技巧的だが切れ味の良い脚本と演出は、観念的な話をあまりそうとは感じさせずに見せてくれたと思う。ヒロインの兄が一挙に存在感を増すどんでん返しの衝撃。露口茂似の役者さんの上手さも印象に残った。


出演:古山憲太郎、津村知与支、小椋毅、西條義将(モダンスイマーズ)
   鶴田真由 山本亨 菅原永二 梨澤慧以子
作・演出:蓬莱竜太
鎌倉芸術館小ホール 6/4