2006/08/20

表現したい人のためのマンガ入門

変な名前ってことでは、例えば吉田戦車や吉本ばなななど、結構なインパクトがあった。しりあがり寿http://www.saruhage.com/ってのも相当変だが、末広がりの言い換えには芸があるし、寿には社会性豊かな常識人の気配が漂う。意味不明な戦車やばななの暴力性に比べ、「しりあがり寿」には良識というか、理知と含羞もほの見える。

この、へたうま派の巨匠がガイドする「マンガ入門」は、若くして漫画家を志して以来、しりあがり寿がどのように生まれ、何を考えどのように漫画を書き続けてきたか、自作の解題を通して語られるその軌跡が、昭和から平成へと変化していく世相とともに、若さから成熟へと真っ当な変化を遂げる作者を確かな輪郭で浮かび上がらせる。それがとても気持ちよく、これがまた格好いい。

「表現したい人のためのマンガ入門」とはいうが、マンガを描くためのHow to本としての効能を期待したら裏切られるだろう。言ってみればマンガを通して物事の普遍的なHow toに迫った野心作。タイトルから言えばむしろ「表現したい人のため」の部分にこの本の眼目がある。表現したい人の、とはつまり、全ての人に向けてという意味だろう。なんと大それた、でもそれだけの面白さはある。

講談社現代新書

2006/08/13

サイレントヒル 


ゲームの映画化ってことで、元のゲームは知らないしホラーも苦手だから見る気はなかったが、絶賛する声が少なくないのが気になって見に行く。行って良かった。

夢遊病の娘がつぶやく言葉に導かれ、サイレントヒルという名のゴーストタウンにたどり着いた母と娘。しかし娘は忽然と姿を消し、母は我が子を取り戻すべく死の街の奥深くに分け入っていく。

元がゲームというだけあって、ゴーストタウンで娘を追うだけのシンプルな設定。ここにヒロインの危機が連続するプロセスもまたゲーム的だが、訳分からないまま葛藤、決断を繰り返し、核心に肉薄していく母親を演じたラダ・ミッチェルの節度、品位、色気のバランスが絶妙な魅力は、まさに映画ならでは。

この監督、語り口も見せ方もセンス抜群。イマジネーション豊かな絵作りが素晴らしい。要所要所でヒロインを脅かすクリーチャー達も、怖さより気色悪さが特徴的だが、何より、観客を背後から驚かすような演出をしていない。そういう刺激を期待すると物足り無く感じるかもしれないが、ビクビクさせられるのは嫌なので全然不満はない。

それより世界の全体像が明らかになるにつれ、アート的な統一感を深めていくビジュアルが、思いがけないイメージとスケールで一気に結晶していくクライマックスの素晴らしいこと。このクライマックスの迫力と美しさに唖然。唖然としながらも、力強さと問答無用のカタルシスに心の中で拍手喝采。

おぞましさと気色悪さを、えげつなくも品位のある映像で見せた、アート風味も魅力なホラー。エピローグの切なさも味わい深い。
 

原題:Silent Hill
監督:クリストフ・ガンズ
脚本:ロジャー・エイバリー
製作:サミュエル・ハディダ、ドン・カーモディ
撮影:ダン・ローストセン
音楽:ジェフ・ダナ、山岡晃
出演:ラダ・ミッチェル、ショーン・ビーン、デボラ・カーラ・アンガー、ローリー・ホールデン、ジョデル・フェルランド
2006年アメリカ映画/2時間6分
配給:松竹

2006/08/11

こころ

昔、「夏への扉」なんて名作を読んだせいか、夏にはSFが読みたくなる。面白そうなSFを物色するつもりで書店に入ったが、夏休みのキャンペーンで平積みになっていた「こころ」に、「我が輩は主婦である」の楽しかった記憶から思わず手が伸びてしまった。そうだ、これ読んでないし、夏の課題図書にぴったり。価格的にも嬉しい。ちょっと比較したら集英社320円、角川340円、新潮380円。読みやすそうで、何より安い集英社文庫をレジに持って行く。

夏休みの鎌倉海岸、避暑地の退屈をもてあました私の目に映った一人の男。それが先生との出会いだった。高潔だがどこか冷ややかな人柄、不可解な生き方、謎めいた先生と過ごした豊穣の時。不意に訪れる別れと全てを明らかにする手紙。不幸の上に幸せを成り立たせてしまう人間の罪と罰。

そうか、こういうお話だったのか。もっと重苦しくて暗いものと思ってたが、明晰な文章の平明なお話だった。倫理的道徳的なテーマ性からも、若い時により切実な共感をもって読めたら一番だろう。ここに描かれた板挟みには普遍性があると思う一方で、今の時代、若い人達がどの程度のリアルさを実感するものなんだろうかとも思う。

何より、「こころ」に登場する女性達は今日的な説得力に欠けた存在に映らないか。このあたり、今の女性から見てどうなんだろうか。漱石の描く女性達はあまりに封建的な女性観の範囲に納まっている。漱石って、女の人が巧く描けない人だったのね。いやこれは貶してる訳じゃなく、好感している訳ですけど。

我が輩を主婦に乗り移らせたクドカンはいろんな意味で深いなと改めて思った。

日本沈没

樋口監督、VFX的には気持ちよい絵作りだが、それ以外はとんと魅力がない。

国土消失の危機に瀕して一向に盛り上がらない展開は、ミクロ的にはべたな感傷の大安売りで恥ずかしいし、マクロ的には危機管理のダイナミズムに欠ける。

早い話が、「タイタニック」と「アルマゲドン」を足して4で割ったような、実にどうも、この素材にしてこの料理かと、あまりに安手なドラマ連発の沈没具合に脱力しきりで、泳ぐ気力もなく溺死。

ハチミツとクローバー

5人の美大生の恋愛模様を描いた人気少女マンガの映画化。評判がいいので観にいった。

奇才天才平凡美貌入り乱れた仲良しグループが繰り広げる、全員片想いのトレンディードラマ風ラブコメディー。5人の専攻がそれぞれ絵画、彫刻、建築、陶芸でお洒落方面に強いデザイン科生がいないのはちょいと意外。主人公は天才とうたわれる大学1年生、この少女が抽象画で認められてるって設定はちょっと面白いが弱い。

でも、そうゆー理屈や些細なことは気にしない。スクリーンに映る若く美しく魅力的な俳優達の青春を楽しもう。葛藤や挫折はもれなく青春に付いてくる、オヤジには、それがいくら緩そうに見えたって、当事者にとっちゃ大変なことには違いない。

陶芸専攻山田を演じた関めぐみ、他の4人にそれほどキャラクター的な魅力がない中、ひときわ輝やきが魅力的。素晴らしい。



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