2009/01/26

007/「慰めの報酬」


007に邦題がついたのは久しぶりです。「慰めの報酬」曰くありげで格好いい邦題だと思います。でも意味は良くわかりませんです。

オープニングの激しいアクションは007のお約束です。前作から始まった、生理的な痛みや恐怖感を前面に押し出す演出は、さらに過激なアクションシーンを実現しています。一段目が収束したと見せて二段三段とたたみ掛けてくる展開はスピード感と重量感を両立させたハードなものでありながら、過去の作品への敬意を示すなど遊び心にも溢れて楽しめます。ボンドが陸海空に展開するバトルと超絶体技。全編に渡って、アクションシーンは実に洗練されてエレガントでさえあります。

ビックリしたのは素晴らしく状態のいいDC−3が登場してきたこと。冒険小説の栄光を担った名機の思いがけない大活躍には、この作品に注ぎ込んだ製作陣の愛と見識の深さが感じられました。

イアン・フレミングはボンドのイメージをケーリー・グランドに求めていたため、タイプの異なるショーン・コネリーの起用には反対だったらしいのですが、結果はボンド is とまで謳われたショーン・コネリーの魅力によって、硬軟併せ持つボンドのキャラクターも決定づけられました。ショーン・コネリーが降板してからは、ロジャー・ムーアからピアーズ・ブロスナンへと主としてボンドの軟派なDNAが受け継がれていきましたが、私はニヤけたボンドには違和感がありましたので、「カジノ・ロワイヤル」でボンドの硬派なDNAと共に登場してきたはダニエル・クレイグには好感を持ちました。この軟派から硬派への移行と言うか改革は「ジェイソン・ボーン」の存在を抜きには考えられないことですが、ベテランが新人の活躍に刺激されて生まれ変わる、それを、これほど決定的に鮮やかに成し遂げたダニエル・クレイグには絶賛の拍手を送りたいと思います。

絵に描いたような悪党面のゲルト・フレーベやアドルフォ・チェリが世界征服を企んだのも今は昔。今回ボンドがあぶりだす敵はNPOの環境保護団体という仮面をかぶっています。国家間の利害が多様に絡み合って、政治的な難しさを伴っているという状況設定説明など上面だけですが、物語にリアルさを与えるには必要充分でした。しかし、敵の首魁を演じたマチュー・アマルリックにはボンドに拮抗するだけの暴力性や身体能力が感じられず、ラスボスとの闘いにもかかわらず、アクションシーン全体の中でも弱くなっていたのが難点といえば難点でした。

とはいえ、良くできた作品です。中でも、ダニエル・クレイグが進境著しく、前作より遥かに魅力的なボンドを見せてくれました。ボンドに比例するようにジュディー・デンチも流石の貫禄で場面を引き締めています。今迄で最高のMだったのではないでしょうか。オルガ・キュリレンコのべたつかずキリっとした様子も説得力ありました。それらの中心にあって、やはりダニエル・クレイグの魅力が際立ちました。ホテルの部屋をチェックするボンドが、上着を脱ぎながら隣の部屋に消えていく。その姿の何とカッコいいこと。痺れました。脚本も演出も素晴らしいのですが、これは徹頭徹尾ダニエル・クレイグの格好良さを楽しむべき作品だと思いました。「カジノ・ロワイヤル」と見比べると良くわかるります。スーツの着こなし、身のこなし、表情のニュアンスまで、まるで別人のように垢抜けたボンド冷たい怒りが炸裂した「慰めの報酬」でした。

原題:Quantum of Solace
監督:マーク・フォースター
脚本:ポール・ハギス、ニール・パービス、ロバート・ウェイド
製作総指揮:カラム・マクドゥーガル、アンソニー・ウェイン
製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン
撮影:ロベルト・シェーファー
美術:デニス・ガスナー
音楽:デビッド・アーノルド
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、ジャンカルロ・ジャンニーニ、ジェマ・アータートン、ジェフリー・ライト、ジュディ・デンチ、イェスパー・クリステンセン
2008年アメリカ・イギリス合作映画
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2009/01/22

チェ/28歳の革命


カストロに共鳴した若者がゲリラ戦を指導して革命を成功へと導く。
チェ・ゲバラのこともキューバ革命の事も良く知らないので興味深く観ました。キューバの山中でゲリラたちの日常が、ごく日常的に描かれる前半は地味な展開です。そこに、国連に於ける演説。ジャーナリストのインタビューに応える姿。カストロとの邂逅場面などが、当時のニュース映像を思わせるような粒子の粗いモノクロ映像でカットバックされます。モノクロ映像が裏付けある客観映像なら、カラーのゲバラはソダーバーグの主観に基づく映像であり、二つ併せてゲバラとその時代を浮かび上がらせようとの狙いでしょうか。ただ、地味な展開の上に地味な映像がカットバックされるので、意識の集中がなかなか難しいため、シートにふんぞり返った受動的な態度ではてきめんに眠くなります。さらに、思わず身を乗り出すような事もなくて、少し寝ました。

「おもちゃを持った子供は、必ず2つ3つとより多くのおもちゃを欲しがる。欲望には際限がない。それが人間の本性なのだが、しかし、だからといって国がそれをやったら世界はどうなる」と言うゲバラにインタビューアーは「しかし、あなたも一個の人間ではないか」と返します。これに対し「フィデルも私も、全体のために個の欲望を犠牲にする立場を選択したのだ」とゲバラは答えます。カッコいいですが、喘息の発作に苦しみながら行軍するゲバラという頼りなげな姿もあり、ゲバラの不屈の闘志と行動力を普通に、ヒロイックでなく描いているところに、却ってソダーバーグの熱意と志を感じました。

国連での演説も山場を迎え、革命も本懐を遂げようかとする後半、前線が山中から市街へと拡大すると、それ迄の地味な流れとはうって変わって一気に戦争アクション映画の様相を呈した上に、カタルシスたっぷりに収束していきます。まるで、難攻不落のアカバを背面から奇襲して活路を開いたロレンスのアカバ攻略を思わせるような展開を眺めながら、ソダーバーグのこれは「アラビアのロレンス」だったのかと思いました。そうすると、何故かこの作品の作り方全体が、とてもしっくりと収まってくるような感じもしてきました。

ソダーバーグの「オーシャンシリーズ」は全然楽しめなかったのですが、ベニチオ・デル・トロのゲバラが、普通の中にも特別の感じが漂って、説得力も魅力も充分ありました。このままパート2でも楽しませて欲しいと思います。

原題:Che: Part One
監督・撮影:スティーブン・ソダーバーグ
製作:ローラ・ビックフォード、ベニチオ・デル・トロ
製作総指揮:アルバロ・アウグスティン、アルバロ・ロンゴリア、ベレン・アティエンサ、フレデリック・W・ブロスト、グレゴリー・ジェイコブズ
脚本:ピーター・バックマン
美術:アンチェン・ゴメス
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチル、サンティアゴ・カブレラ、エルビラ・ミンゲス、カタリーナ・サンディノ・モレノ、ロドリゴ・サントロ、ジュリア・オーモンド
2008年スペイン・フランス・アメリカ合作
上映時間:2時間12分
配給:ギャガ・コミュニケーションズ、日活

2009/01/21

ザ・ムーン

アポロ司令船の窓から見えているのは、月面へと降下して行く着陸船イーグル。月面の無彩色にイーグルの金色が唯一の有彩色として輝いています。荘厳で美しい、と同時に戦慄的な映像です。夜空の月を見ても、あそこに行ってきた人がいるということが嘘のように思えます。しかし今から40年前、人類は確かに月に降り立ったのです。

米ソ対立を背景に、国の威信とを賭けた宇宙開発競争から生まれたアポロ計画。あれから40周年を記念した記録映画ということで、巨大なサターンロケット打ち上時の迫力、荒涼さと静けさをたたえた月面の不思議な美しさをはじめ、NASAから提供されたという秘蔵フィルムの興味深い映像が次々に繰り出されます。60年代の社会状況を示すニュース映像に、当時を振り返った宇宙飛行士達の証言を織り込んで、アポロ計画とはどのように展開したかが淡々と示して、月面着陸が歴史的に位置づけられ評価検証されていきます。

その意味では、画面いっぱいに映し出された、70歳以上になる元宇宙飛行士のじいさん達の、とても人間的魅力に溢れた証言の数々が、この作品の何よりの要だと思えます。人間を月へと送り込んだ驚異的なプロジェクトの成功は、科学的、技術的にも世界に多大な恩恵をもたらしましたが、世界がこの40年間に遂げた変化が、アポロ計画とその結果に新しい光を与える事にもなりました。アポロの恩恵として世界が最も共有するべきは、人類史上初めて月に立った彼らが感じ、思ったこと。月に立った人間がどのような認識に至ったかでは無かろうか、と結論づけてゆきます。それは、漆黒の宇宙に浮かぶ色鮮やかな地球の美しさにおののき感謝するということ。

アポロ計画は結局莫大な資金を喰い尽くし、米の宇宙開発計画はその後縮小を余儀なくされてしまいます。あれから40年、今や誰も月に行く事はかないませんが、想像力を駆使して月に降り立つ手だてを共有の財産としてアポロ計画は我々に残してくれたのです。「ライト・スタッフ」+「アポロ13」+「宇宙からの帰還」これらの作品の面白さもぎっしりと詰まっていました。

原題:In the Shadow of the Moon
監督:デビッド・シントン
製作:ダンカン・コップ、クリストファー・ライリー
提供:ロン・ハワード
撮影:クライブ・ノース
音楽:フィリップ・シェパード
出演:バズ・オルドリン、マイク・コリンズ、アラン・ビーン、ジム・ラベル、エドガー・ミッチェル、デイブ・スコット、ジョン・ヤング、チャーリー・デューク、ハリソン・シュミット、ジーン・サーナン
2007年イギリス 1時間40分
配給:アスミック・エース

2009/01/18

ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー

その昔、人間と戦っていたエルフ王は不滅の鋼鉄兵団ゴールデン・アーミーを組織したが、その恐るべき破壊力ゆえに王は兵団を封印する。しかし、時満ちて、ゴールデン・アーミーの封印を解き放そうとするエルフが復活する。

ヘルボーイの2作目。前作に続き、ヘルボーイ、ファイアーウーマン、半魚人のチームに、今回はシュタイナー言うところのエーテル体を潜水服に詰め込んだような変なガス人間が新たに加わります。このドイツから来たガス男がキャラクターもビジュアルも魅力的で、コメディーリリーフとしての働きも光っていました。半魚人とエルフの切ない恋を描いて、異形の者の哀しさにさりげなく触れる演出の節度を好ましく感じました。チームの中でヘルボーイが一番単純で能天気というのも可笑しいのですが、皆を盛り上げるリーダーにはこういう資質も必要とでも言いたげなキャラのひねり具合も洒落が効いていました。

ギレルモ・デル・トロ監督は「パンズ・ラビリンス」もそうでしたが、今回も異形の者というか、クリーチャーの造形に独特のセンスを発揮しています。悪夢のような外見ですが、概して愛嬌がありその眼差しには哀しい色をたたえて、デル・トロのクリーチャー達には惹き付けられてしまいます。ラテンの光と影。光が強いほど影を濃いという、そのラテンゆえの闇の深さを、この監督は特異なイメージで美しくビジュアル化して見せてくれるようです。今回ストーリーに新味はありませんでしたが見応えは充分。前作より完成度も高く、とても面白かった。

原題:Hellboy II: The Golden Army
監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ
原作:マイク・ミニョーラ
製作:ローレンス・ゴードン
撮影:ギレルモ・ナバロ
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ロン・パールマン、セルマ・ブレア、ダグ・ジョーンズ、ルーク・ゴス、ジョン・ハート
2008年 アメリカ:1時間59分

2009/01/10

禅 zen

村勘太郎が道元を演じるということで、道元禅師の若き日々の苦闘が描かれた作品かと思いましたが、母親と死別した少年時代から説き起こし、宋への留学、教団創設、叡山との対立、永平寺建立、鎌倉幕府への貢献から入滅までを描いた一代記だったのは意外でした。鎌倉時代に生きた高僧の一生を2時間で描くのですから、強引さと説明不足とで分かり難い点は少なくありませんが、全体の流れにはテンポの良さが生まれ、退屈せずに観る事ができました。
中村勘太郎は落着きと品格で道元禅師を実に見事に演じていました。5年前の「新撰組」の頃から較べると、目を見張るような成長振りは素晴らしいと思いました。この道元の側近は皆雰囲気のいい僧侶振りで魅力的でした。紅一点の内田有紀が演じる、世俗にまみれた下賤の女が、道元の人となりと思想を観客に分かりやすく提示する役目を担っているのですが、エピソードが余りに通俗的図式的で説得力に欠けています。内田有紀は悪くないのですが、内田有紀の出番を削ってでも、道元の内面を掘り下げた展開で観たいと感じました。

日本の四季に中村勘太郎の立ち姿が良くマッチした美しい画面、丁寧に作られた作品ですが、ある程度の知識理解のある人を想定した内容、語り口になっていると思います。道元や禅に関しての知識が無いと、道元は始めから終わり迄「選ばれた人」として選良の道を歩み続けたようだし、禅に関しても分かり難く思えました。

初日の夕方、高齢者ばかり良く入った客席は老人ホームのような様相を呈していました。年末年始のTV番組にうんざりしたお年寄りの興味関心に訴える題材、特定の世代を狙い撃って見事に仕留めた企画のセンスを感じました。

監督・脚本:高橋伴明

原作:大谷哲夫

撮影:水口智之

音楽:宇崎竜童、中西長谷雄

美術:丸尾知行
出演:中村勘太郎、内田有紀、藤原竜也、村上淳、勝村政信、西村雅彦、笹野高史
2008年:2時間7分


2009/01/06

K-20/怪人二十面相・伝

二十面相とくれば明智小五郎、そこを二十面相に間違われた男と明智の許嫁に変え、怪人対巨人の激突という王道を外したこの作品。太平洋戦争が無かった1949年頃の日本という設定は、全体主義下での個の復権を描いた「Vフォーヴェンデッタ」を連想させますが、その設定も、サーカス芸人と富豪令嬢の汚名挽回の闘いをロマンティックなアクションコメディーとして彩る以上の働きは持たされていません。まぁ肩のこらないお正月向けとしてはこれが正解でしょう。金城武と仲村トオルの間で、松たかこはオキャンな令嬢を生き生きと魅力的に演じ、コメディー的な面白さは結構盛り上がりました。しかしこの三角関係が図式的なままに終始し、肝心のロマンティック方面の盛り上がりには欠けています。
実力もあり経験も豊富なスタッフによるSFXや派手なアクションもなども売りの一つですが、いずれもハリウッドのヒット作品のおいしいところを無節操に取り込み、詰め込み過ぎている感があり感心しません。これは監督さんの趣味か、ニコラ・テスラの物質伝送装置やK−20のビジュアルなどクリストファー・ノーランの気配が濃すぎるのも気になりました。
しかし最大の違和感は、脚本と演出に表れた二十面相と明智小五郎に対する愛情の無さでしょう。国民的ヒーローとして世代を超えて支持されている二人への敬意を利用し結末の面白さに転じて見せるという手口の、それ自体を悪いとは言いませんが、あの結末はあまりに愛も敬意も芸も身も蓋も無さ過ぎ。二人の男から好意を寄せられ、恋の冒険に身を躍らせるご令嬢の大活躍に、それなりの面白さは認めつつ、しかしこの令嬢が感じるワクドキ感を楽しむには、二十面相と明智への愛と敬意なんてのはむしろ無用かと思わせられる結末の哀しさではありました。

監督・脚本:佐藤嗣麻
子
原作:北村想

撮影:柴崎幸三

音楽:佐藤直紀

美術:上條安里

脚本協力・VFX協力:山崎貴
出演:金城武、松たか子、仲村トオル、國村隼、高島礼子、
2008年日本
2時間17分