2008/04/29

そろそろ旅へ 松井今朝子

水戸黄門の主題歌ではないが、人生はしばしば旅になぞらえられる。しかし、一口に旅と言っても、身一つを頼りの風まかせで追いはぎ、雲助、胡麻の灰の脅威をかわしながら歩き通した昔の人に較べたら、より速く、より遠く、より豊かな旅を楽しむ現代人は何と恵まれていることか。

昔から、日本武尊や源義経の悲劇の旅や、道行きという名の死出の旅は、好んで劇化され、多くの人々に支持されてきた。西行法師や「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」と詠んで果てた芭蕉を待つまでもなく、昔の旅には寂寥、孤独、死の影も色濃い。

そうした時代の旅を笑いで革新したのが「東海道中膝栗毛」ということで、駿府の同心の家に生まれた男が紆余曲折を経て十辺舎一九となるまでが、田沼意次のバブルから松平定信の緊縮財政へと移る時代背景とともに描かれる。伸びた背筋が気持ち良い十辺舎一九の肖像。当時の政治経済文化風俗描写は切れ味よく、蘊蓄もストーリーに無理なく馴染んで、テンポ良くリーダビリティーも高い。趣向を凝らしたエンディングの余韻も好ましかった。


3月26日 第1刷
1800円
講談社

2008/04/28

紀元前1万年

正体不明の奴隷狩りに許嫁を連れ去られた若者の、許嫁奪還の旅。
メル・ギブソンの傑作「アポカリプト」が同じようなストーリーラインをたどったが、作品の方向はまるで異なっている。こちらはピーチ姫を追いかけるマリオという味わいの物語ながら、物珍しい紀元前1万年前の光景に、一応のハラハラドキドキ感を添える役割は果たしている。

とにかく、誰も見たことが無い紀元前1万年前なのである。しかもローランド・エメリッヒなのである。ローランド・エメリッヒと言えば、最強の装備を持つ超巨大UFOに対し、MacだかWindowsだかのコンピューターウイルス送り込んで混乱させ、その上核の特攻攻撃で凶悪宇宙人の野望を見事に打ち砕いた男なのである。ビジュアルの為なら何でもできる、少年の心も失わぬ、正に男の中の男なのである。

その男が、これが1万年前の世界だと言うならそうなのだ。多少怪しくても、理屈に合わなくても気にすることはないのである。見たことの無い動物や建築中の世界遺産の様子など、見るのも叶わぬものを見事な映像で示してくれる。立派な男子の仕事。それでいいのである。

許嫁を演じたカミーラ・ベルのエキゾティックで可憐な美貌が、CGメインのビジュアルに魅力的なアクセントにもなっていた。

原題:10,000 B.C.
監督:ローランド・エメリッヒ
脚本:ローランド・エメリッヒ、ハラルド・クローサー
製作総指揮:ハラルド・クローサー、サラ・ブラッドショー、トム・カーノウスキー
製作:マイケル・ウィマー 、ローランド・エメリッヒ、マーク・ゴードン
撮影:ウエリ・スタイガー
音楽:ハラルド・クローサー、トマス・ワンダー
美術:ジャン、バンサン・ピュゾ
出演:スティーブン・ストレイト、カミーラ・ベル、クリフ・カーティス、オマー・シャリフ
2008年 アメリカ映画 1時間49分
ワーナー・ブラザース

2008/04/25

ニシノユキヒコの恋と冒険

ニシノユキヒコの女性遍歴を追った連作短編集。
という体裁だが、それでは中身とかけ離れすぎ。様々な女性からいたぶられるニシノユキヒコの肖像、正確とは言えないがこの方が近い。川上弘美は凄い。異界へと開かれた回路を自由に往来し、この世ならざるものと交感する。ほとんどの場合、潜在的か露呈しているかの違いはあるが、それは本質的な怖さをはらんでいる。

ニシノユキヒコはきれいな男である。優しくて自分勝手。繊細で大胆。パワフルでどん欲。自分が欲しかったのはこれだと女性に思わせるような男。だが永遠の愛は誓えない。それゆえ別れは常に女性から。なので女性遍歴を重ねるように見えるが、必ずしもニシノユキヒコの望んだことではない。もててもニシノは可哀相な男なのである。もててももてなくても、結局男は可哀相なのである。女は怖いのである。誰でも知ってることなのである。

女の怖さはいろいろに描かれるが、こんなに静かに積み上げられた優しい残酷の切なく美しい形に、川上弘美の凄さも怖さもしっかり刻み込まれている。そんな、ニシノユキヒコの愛の姿を語り継ぐ女性達の独白を読み進むうちに、これは川上弘美の「裏・源氏物語」だったかと思えるほど、二シノユキヒコが光源氏のように見えて来る。

ニシノユキヒコの恋と冒険
川上弘美
平成18年 8月1日 発行
新潮文庫
438円+税

2008/04/22

大いなる陰謀

自らの野心とキャリアを賭けた新たな軍事行動をめぐり、独占スクープを餌に好意的報道をと迫るトム上院議員と職業的良心の間で揺れるメリル・ストリープ記者。懐疑的、冷笑的な態度を身にまとい始めた学生に自己中心的な価値観を越えた社会参加の価値と意義を説くカリフォルニア大のロバート・レッドフォード教授。上院議員の杜撰な作戦によって、アフガン山中敵陣の真只中に取り残された若い二人の兵士は、教授の反対を押し切って志願した優秀な教え子だった。

ワシントン、カリフォルニア、アフガン。軍事行動開始から集結へ短い時間にそれぞれの場所で交わされた会話から浮かび上がる今日の合衆国の1断面。
反戦とも、反共和党のプロパガンダとしての主張も明確な作品。その意味では大統領予備選の渦中に投入してこそ価値があるというようなものだが、こんなストレートな政治性をも売りにしてまうショウビズ界の、まず日本では考えられないしたたかさに感じいってしまう。

会話主体の動きの少ない内容だが、動的に構成された脚本と安定感ある演出でとてもスリリングに見せてくれる。メリル・ストリープの格調ある演技が断然素晴らしい。「イエシュ ォアノー」と迫りくるトム・クルーズの上院議員がなかなか良くって、かいま見せる俗な表情にも説得力がある。ロバート・レッドフォードの大学教授も理屈っぽくならず、説教臭くなくナチュラルさに好感する。しかしこれ、面白いが昨今の風潮からもヒットする内容じゃないし。

オールドメンにはもはやノーカントリーだと嘆こうが、今時の若者はとお定まりを吐こうが、事態が改善される訳も無い。改善どころかこんなにしちまった責任こそオールドメンなかったら、一体誰にあるんだってことだ。団塊オヤジこそ責任を自覚しなきゃいけないのに、無事にリタイアしてのうのうと暮らして行こうなんてふざけるな。って言われて言葉返せるオヤジがどれだけいるかってことだが。

アフガン山中に残された二人の若者。じりじりと迫ってくる敵兵に全弾ぶち込んでなお挫けないこの二人、明らかにブッチ・キャシディーとサンダンス・キッドへのオマージュと見えるところに、リベラリスト、レッドフォードの怒りと誇りをかいま見るようだ。

原題:Lions for Lambs
監督:ロバート・レッドフォード
脚本:マシュー・マイケル・カーナハン
製作総指揮:トム・クルーズ、ポーラ・ワグナー
製作: ロバート・レッドフォード、マシュー・マイケル・カーナハン、アンドリュー・ハウプトマン、トレイシー・ファルコ
撮影:フィリップ・ルースロ
音楽:マーク・アイシャム
美術:ヤン・ロールフス
製作国: 2007年アメリカ映画
上映時間:1時間32分
配給:20世紀フォックス映画

2008/04/20

四月大歌舞伎 昼の部

3階西8番。一応最前列。と思っていたが下手と花道は全然見えない。舞台が見えない分は客席の反応で動きを想像せよ、というような席。やれやれ。

一、本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)十種香
替え玉たてて生き延び、別人に成り済ましたのに全てバレバレだった殿様を軸に、恋情に身を捩るお姫様と主君の犠牲となった男の妻の心情を対比する。
名作の誉れ高い本朝廿四孝、初めて見たが、今回は余り伝わってくるものが無かった。

二、熊野(ゆや)
豪奢を極めた衣装にしてあの風雅な佇まい。しかもそこはかとなくもの悲しい玉三郎。何処から見ても隙のない仁左衛門。絵に成り過ぎな二人の並のスケールには収まらない絵姿。背景は板ばかりで桜が入ってこない。こりゃ真正面から見れなきゃだめだ。3階西8番、最悪。

三、刺青奇偶(いれずみちょうはん)
勘三郎は惚れた女房の死に際に少しでも楽をさせようと、賭場にでかけてしくじってしまうが、その様子に興味を持った親分が博打の話を持ちかける。
小気味良い台詞回しの勘三郎と、生活感の表出とコメディーセンス抜群の玉三郎。息の合った二人の絡みが随所に展開して楽しめる。しかし圧巻は仁左衛門。場面さらうんだよなぁ。男振りの良さで。夜も昼も四月は結局仁左衛門に尽きるようだ。

ヒットマン

中立な「組織」としてあらゆる政権から暗殺の依頼に応える。その暗殺者達の中で抜きん出た成功率を誇る男が罠に落ちる。インターポールとロシア保安庁の追撃を躱し、反撃に転じる男に「組織」から送り込まれたヒットマン達がつぎつぎに襲いかかる。同名の人気ゲームが原作とのこと。

スキンヘッドにバーコード。暗殺者にしては目立ちすぎだと突っ込んではいけない。ビジュアルとしてかっこ良ければ、それこそ映画のリアリティとして価値がある。顔が命が人形ならば、映画は断然画が命だ。全編こだわりのかっこよさ満載したこの作品、讃えるべきは数あれど、悪いところなど何もない。

寡黙でストイックな47号をティモシー・オリファントが力強く演じている。ダグレイ・スコットのインターポールの凄腕捜査官も迫真的でかっこいい。ヒロインのオルガ・キュリレンコ、草食動物系のあっさりした顔立ちは厚化粧にもピュアな気配が漂い、エレガントな肢体にワイルドな脱ぎっぷりで、新ボンドガールに抜擢が納得の魅力を見せている。

ハードボイルドにセンチメンタルが背中合わせなら、禁欲主義に耽美は欠かせない。クールでセンチで耽美な最強のヒットマン、エージェント47の水際だった殺しの美学。胸のすくバイオレンスをスタイリッシュに積み上げる。要所を抑える遊び心とおフランスらしいお洒落なアートセンスも心憎い、超絶面白アクション巨編dさ。記憶すべき監督の名はザビエ・ジャン。

原題: Hitman
監督:ザビエ・ジャン
脚本: スキップ・ウッズ
製作総指揮:ヤーノシュ・フロッサー
製作:チャールズ・ゴードン、エイドリアン・アスカーリ、ピエランジュ・ル・ポギャム
撮影: ローラン・バレ
音楽:ジェフ・ザネリ
出演:ティモシー・オリファント、ダグレイ・スコット、オルガ・キュリレンコ
1時間33分 2007年アメリカ
配給: 20世紀フォックス

2008/04/19

うた魂

可愛くて歌はうまいが自意識過剰な合唱部の夏帆、好きな男子から歌う顔が面白いだと言われ大ショック。以来大好きだった合唱に嫌気がさし、大会予選を前に退部を申し出る。しかし熱いハートのライバルから「必死の顔に疑問持ってたら一生だせえまんまだ」と煽られて立ち直る。

という青春コメディーなわけだが、演出にセンスがなくて、ギャグは滑る、役者は馬鹿に見え、とくに間寛平の扱いはかわいそうだしで、しらけること甚だしく、浮つき加減も半端じゃない前半は痛すぎる展開。後半はそれでも、夏帆のナチュラルさと芸達者達の個人技、さらに決勝戦のステージパフォーマンスが加わって、ギリギリ作品として体裁が保たれたような有様。

文化放送と朝日新聞社が名を連ねた制作委員会。本業とは別にわざわざ娯楽映画をつくるなら、文化事業だろうと単なる金儲けだろうと、社名を傷つけぬクオリティーを示して欲しいもの。

監 督:田中 誠
脚 本:栗原裕光 田中 誠
主題歌:ゴスペラーズ
出 演:夏帆 ゴリ 徳永えり 亜希子 岩田さゆり 間 寛平 薬師丸ひろ子
製 作:『うた魂♪』製作委員会
2008 日活 120分

2008/04/17

償い 矢口敦子

『ごめんなさい!今までこんな面白いミステリを紹介していなくて』 20万部突破! 悲しいけれど暖かいミステリの隠れた傑作!20万部突破!などなど。幻冬舎の気合いの入った新聞広告。「隠れた傑作」って言い方に惹かれて手に取った1冊。

子供が病死、妻は自殺、仕事はクビなった医師が絶望の果てにたどり着いたのは、男がはるか昔に誘拐された幼児の命を救った街だった。ホームレスとなった男が巻き込まれた連続殺人事件。男の胸に生じたかすかな疑念は、やがて明確なイメージへと結晶し始める。

状況設定も物語の展開も大変ドラマチックだがリアリティーに欠け説得力も乏しい。元医師のホームレスの自意識過剰な述懐に興がそがれたし、その他の登場人物達もキャラクター的な魅力は弱い。狭い街とはいえ、関係者が至る所で偶然に邂逅するのも気になる。人の肉体を殺したら罰せられるのに、人の心を殺しても罰せられないのですか?という惹句が、単なる惹句だけで終わっているのも半端な印象が残った。

本来が鬼畜体質だし本格風味も苦手なので、そこから文句を言うのは筋がちがうかな。これは体質に合わなかった。

償い
矢口敦子
平成15年 6月15日 初版
平成19年12月11日  4版
幻冬舎文庫
648円+税

2008/04/16

フィクサー

巨大法律事務所のダークサイド、もみ消し担当のマイケル・クレイトンは、副業の失敗と賭博の借金とでどうにも首が回らない。そこに巨額の賠償訴訟を扱っていた弁護士が相手側に寝返るという事態が生じ、早速もみ消しを命ぜられる。巨大企業の表の顔と裏の顔がクロスし、様々な人の様々な思惑が揉み消し屋を走らせる。

身過ぎ世過ぎでいつの間にか薄汚れてしまった中年男の諦めとわずかに残った反骨をバランス良く生活感も豊かに演じるジョージ・クルーニーがかっこいい。訴訟の相手側に寝返る弁護士のトム・ウィルキンソンの人情味もなかなかの味わい。ギリギリの緊張感を抑え込んで自己実現に邁進するティルダ・スウィントンの、タフなキャラクターとはうらはらにチワワのような純な目の表情とのギャップに妙なリアリティがある。
即物的に邪魔者を取り除こうとする殺し屋達の手際のいい仕事ぶりも素晴らしい。

組織と個、公と私、是と否、理想と現実。人は様々なしがらみの中で生活し、成功と挫折を繰り返しながら日々の糧を得ている。人並み以上の豊な果実を得る者もあれば、マイクル・クライトンのように心ならずも軌道を外れる者もいる。何れにしても、全体の利益を阻害するものは排除するという組織と個の普遍的な関係を、分かりやすい設定とスリリングなストーリーに展開して見応えがある。

がしかし、こうした問題を描いて、一人の男のヒロイックな行動によって解決が導かれるという通俗性は、今時甘過ぎて説得力に乏しい。人知れず姿をくらまそうとする殺し屋の後ろ姿がフェードしたノーカントリーと、ヒーローを真正面から捉えたフィクサー。このエンディングの違いに、アカデミー作品賞の候補作と受賞作を分けた、面白さの違いが表われている。

生活感原題: Michael Clayton
監督・脚本: トニー・ギルロイ
製作総指揮: スティーブン・ソダーバーグ、アンソニー・ミンゲラ、ジョージ・クルーニー
製作:シドニー・ポラック、ジェームズ・A・ホルト、スティーブン・サミュエルズ
撮影: ロバート・エルスウィット
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
美術:ケビン・トンプソン
上映時間: 2時間
2007年アメリカ映画
配給:ムービーアイ

2008/04/14

ブラックサイト

FBIポートランド支局のネット犯罪捜査官ジェニファーは、娘の養育のために夜間勤務を専門にし、同居の母親の協力を得ながらキャリアアップを果たしている。今夜も怪しいウェッブサイトの巡回を始めたジェニファーのモニターに、KILL WITH ME? と見慣れぬ文字が浮かび上がる。

ネットで殺人現場をライブ中継し、アクセス数が増すごとに作動する殺人装置で死に至らしめる。残忍で狡知を極めた犯人はサイトの存在を巧妙に隠蔽し、匿名性に保護された好奇心を共犯者にして、捜査陣を嘲笑いながら更なる犯行に及んで行く。

ネット犯罪を扱った作品はいくつかあったが、この作品はこれまでにない鋭い視点での問題提起がなされている。それは犯人の犯行に至る動機や手のこんだ犯行手段にも深く関連させてあって、犯人像には説得力があり今日性も高い。サイトへアクセスすることが人を殺すと分かっても、人はアクセスをやめられないだろうという苦い認識を高品質なエンターテインメントに変えた技ありの脚本だ。

ポートランドという街をちょっと陰鬱な雰囲気に描写したシャープな映像。ジェニファーの日常生活をきめ細かく追いながらキャラクターの魅力がしっかり描けている。序盤からいかにもなムードで流れる音楽が様式美に則っていて文句なしに良い。意気軒昂だが疲れ気味なダイアン・レインのジェニファーがとても魅力的だ。このダイアン・レイン以外あまり見慣れた顔のないキャスティングにはB級感もあるがむしろリアリティーを盛上げる効果の方が高い。それくらい仕上がりがよく、面白さも抜群の秀作。


原題:Untraceable
監督:グレゴリー・ホブリット
脚本:ロバート・フィボレント、マーク・R・ブリンカー、アリソン・バーネット
撮影:アナスタス・ミコス
音楽:クリストファー・ヤング
美術:ポール・イーズ
2008年アメリカ映画/1時間40分
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2008/04/10

チャールトン・ヘストン

「十戒」と「ベン・ハー」の強烈なイメージのまま、並外れたヒーロー像を大スクリーンに刻み続けたチャールトン・ヘストンが亡くなった。特別ファンではないが、ほとんどの出演作を見ているのは、60年代のハリウッドの大作といえば、ほとんどこの人が主演していたようなものだったからだ。辺りをはらう風格で歴史的な大人物を演じたが、作品も大味なものが多かった。
晩年はマイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」により、全米ライフル協会会長としての超タカ派的言動が注目され、主演作品のヒーロー然としたイメージとのあまりな落差に失望感を抱いた人が多かったのは残念だった。

川本三郎が4月9日の朝日朝刊の追悼文で、この、ヘストンに対するマイケル・ムーアの姿勢をして、「俳優としての敬意を欠いていたと思う」と切り捨てている。マイケル・ムーアの礼節を欠いた態度がチャールトン・ヘストンの意固地で偏屈な反応を引き出していたことは確かで、誠にもってその通りだと共感した。さらに川本は「ウィル・ペニー」をヘストンの最高作と記して追悼の文を締めくくった。再度共感、激同意する。

「ウィル・ペニー」ね。あれはよかった。時代遅れの心優しいカウボーイは、文盲で自分の名前も書けず、雪山で寒さに凍えながら丸のサインしていたのだった。モーゼ、エル・シド、ミケランジェロなど、王にも神にも伍した人物を得意としたヘストンだが、そんな男の哀しさや優しさを陰影深く演じられる俳優でもあったのだ。

2008/04/07

中古車





栄光の日々も今は昔。
錆びの浮いたボディー。(1)
フロントグラスを飾るFOR SALEの文字。(2)
行きつけのトイザラスで見つけた中古のキャディーは、(3)
1940年 フリートウッド S75。(4)

対象年齢6歳以上。
これを面白がるのはこどもより、
60を越えた団塊世代かもしれない。
どっちにしても、
ミニカー文化の成熟を感じさせる仕様になってる。

クローバーフィールド/HAKAISHA

送別パーティーの最中、突如ビルを揺るがす大音響。はるか摩天楼に火の手が上がり、通りへ飛び出した若者達の前に、轟音とともに自由の女神の首が転がり落ちて来る。パーティーの記録用だったハンディ・カムに、若者達の避難行の全てが記録されていく。

粒子の粗いブレまくった映像ということから、ある程度覚悟していたが、全然見にくくなかった。逃げるというシンプルなストーリーをチーム編成やキャラ設定の工夫で成立させているが、冒険行なのに男達に苛つかせられたのは作り手の計算なのか。

マンハッタンの市街戦、崩壊するビル群、飛来する戦闘機などの迫真的な絵の見事なリアリズム。地球を揺るがす大厄災がごく普通の青年の視点からホームビデオに収められたとの設定が、いかにもそれらしく計算し尽くされた映像で展開する。これを極彩色大画面でなく、あえてハンディカムで見せたろうかというへそ曲がりなクリエーター魂に感動し、クライマックス6:00A.Mの凄みあるイメージにはしびれた。

エンドロールで初めて娯楽映画らしい曲が鳴り響く。伊福部的なリズムと旋律の意図は分かるが、無機的でドライな現代感覚が支配する本編の味わいとはあまり折り合いがよろしくない。日常感覚で見せる異常な光景と意外な怖さで楽しんだ充実の1時間半。

ノーカントリーからはフォー・オールドメンが削られ、クローバーフィールドにはHAKAISHAという邦題が加えられた。どちらも過不足あって、見終わった後の余韻、味わいが損なわれるわけだが、はたして営業的な効果はどれほどあるものか聞いてみたい。

原題:Cloverfield
監督:マット・リーブス
脚本:ドリュー・ゴダード
製作総指揮:ガイ・リーデル、シェリル・クラーク
製作:J・J・エイブラムス、ブライアン・バーク
2008年アメリカ映画/1時間25分
配給:パラマウント

2008/04/06

村田朋泰展「夢がしゃがんでいる」


12日から平塚美術館で開催される村田朋泰展の「 展示作業公開ツアー 」に参加。午後2時集合。学芸員さんの案内で展示作業も大詰めの会場を回る。夢といっても仰ぎ見るような大き夢ばかりではない、しゃがんで見るようなささやかな夢もある、というタイトルは稲垣足穂の短編から取ったとのこと。

館内を全面的に改装し、とある温泉地に一泊旅行する男の道中を同時体験できるように構成された展示は、シュールでキッチュなテーマパークのような趣を呈している。静謐な叙情や喪失感の深さで、心に染みる映像表現が持ち味の作家本人も顔を見せてくれたが、今回の展示はそうした持ち味を一切封じ込め、俗でエロな展開が大理石の美術館を挑発している。最後は路シリーズの最新作「檸檬の路」を鑑賞。イマジネーションの新鮮さはいつもながらだが、読書室の群像を動かした技術が素晴らしい。

村田朋泰の世界はとても男臭いと思うのだが、ツアー参加の男は自分だけで、女性専用車両に紛れ込んだようだった。普段は見られぬ館内の様子は興味深く、全て出来上がった展示を見る楽しみが増えた。

2008/04/04

4月大歌舞伎 夜の部 初日

一、将軍江戸を去る(しょうぐんえどをさる)
 薩長に江戸を包囲され、上野寛永寺に謹慎し恭順の意を表していた徳川慶喜(三津五郎)が翻意し、薩長に一矢報いようとする。それを知った山岡鉄太郎(橋之助)は、江戸が火の海となれば民百姓が泣くと慶喜に諫言する。慶喜は江戸を官軍に明け渡し、水戸へと旅立っていく。
深更、未明の出来事で舞台が暗い。内容も重く、理屈っぽいのに大仰な泣きが入って居心地が悪い。三津五郎のきれいな立ち姿やラストシーンの余韻は深いが、それ以外はさっぱりしない。
 
二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
源義経(玉三郎)武蔵坊弁慶(仁左衛門)富樫左衛門(勘三郎)の豪華顔合わせで、世に名高い勧進帳を初めて見た。なるほど、このような展開であったのか。誠に結構なもの見せてもらいました。始めから終わりまで、何処をとっても見事な絵になっている。衣装、所作、鳴りもの、舞台の全てがデザインしつくされ、美しさを極めている。見ていてすごく気持ちがいい。仁左衛門の弁慶は、一般的な弁慶のイメージからは豪快方面のニュアンスが足らず、発声にも余裕が欲しいが、でもよいではないか、都会的な洗練をまとった良い男振りは大きくて、文句無くかっこいい。富樫に見咎められてからの展開も玉三郎、勘三郎とも自分のしどころはしっかり見せながら弁慶をガッチリ支えている。先月の娘道成寺もそうだったが、長年にわたって磨き抜かれた演し物だけが引き出せる役者の力ってもんがあるように見える。それにしても仁左衛門かっこ良かった。

三、浮かれ心中(うかれしんじゅう)
  中村勘三郎ちゅう乗り相勤め申し候

井上ひさし「手鎖心中」の歌舞伎化作品。
戯作者かぶれの栄次郎(勘三郎)は大店の若旦那だが、周りの心配をよそに世間の注目を集めようと馬鹿なことにうつつを抜かす毎日。今日も受け狙いで、顔を見たこともない長屋の娘おすず(時蔵)と婚礼を挙げようとしている。

胸高に袴をはいて登場した勘三郎の与太郎振りに一瞬藤山寛美がダブった。サービス精神旺盛な栄次郎は、お客を喜ばすためなら如何なる努力も惜しまない勘三郎本人を思わせるキャラクターで、本人も伸びやかに演じているから、楽しい雰囲気が場内に満ちてくる。楽屋落ちや、くすぐりのネタにお客さんも大受けで、役者も更にノリが良くなるという好循環。最後のちゅう乗りまで、目一杯楽しませてくれた。いつも3階席からで、花道はまるで見えないしオペラグラスも欠かせないが、ちゅう乗りは至近で見る事ができた。3階席でも良い事あるんだ。