2008/06/17

六月大歌舞伎 夜の部

一、新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)
    序幕 新清水花見の場 二幕目 幸崎邸詮議の場 
     三幕目 園部邸広間の場 同 奥書院合腹の場

花見の華やかさに恋の花開き、悪党は罠を仕掛ける。序幕の前半は福助が艶やかさで客席を魅了し、後半は染五郎の大立ち回りがめっぽう楽しい。二幕目は雰囲気一転して吉右衛門、幸四郎、富十郎が大人のやり取り。三幕目はさらに重苦しく、幕開けから三段逆スライド方式で失われた華やかさに反比例する重厚なドラマ展開。親の情と男の信義の二律背反。辛さ苦しさを絞り出すような笑いに変える芝翫、吉右衛門、幸四郎の大芝居。明日も元気に行かなきゃと、こちらもグッときてしまった。

二、俄獅子(にわかじし)
粋を極めた福助&染五郎の舞踊。6月は昼夜通してこの二人がとにかく素晴らしい。染五郎は著しく柄の違うキャラクターを見事に演じ分けて格好良い。このところ初役の大役が続いた福助は風格も増して、その一挙手一投足には観客を惹き付けてやまない輝きに満ちている。

初めて歌舞伎を見たのがちょうど1年前。それが思いもよらぬ楽しさで、こんな面白いもんをこの歳まで知らずに来たことを後悔しつつ、以来歌舞伎座通いを続けている。一度は愚息達に見せたいと常々思っていたが、今回愚息2号の帰省を機に、家族+義理の母と昼の部を見に行った。花道横の12列目でそれぞれウトウトしたり爆睡したりと様々だったが、歌舞伎らしいビジュアルに面白さがギュッと詰まった濃厚な味わいの新薄雪物語、とても楽しかった。
6.15 1Fー12-6

2008/06/15

六月大歌舞伎 夜の部

一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) すし屋
     吉右衛門 芝雀 染五郎 歌六            
二、新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)
     仁左衛門  錦之助  段四郎
三、生きている小平次(いきているこへいじ)
     幸四郎  染五郎  福助
四、三人形(みつにんぎょう)
     芝雀  錦之助  歌昇

バラエティーに富んだ夜の部。染五郎と芝雀の健闘が印象的。
一は芝雀と染五郎の派手さと歌六、吉之丞が見せる大人の渋さをまとめる吉右衛門の大きさが光った。
二はとても楽しかった。奥方玉の井の段四郎。魅力的なビジュアルは、同じ仁左衛門の、玉三郎との美しいコンビにも負けないインパクトある絵柄。おっかない山の神をニコリともせずに演じながら、格調とユーモアでかわいらしく見せて説得力があった。
三は何といっても福助が凄い。勢いがあり、余裕もたっぷり。どんな状況でもたちどころに場をリードする愛嬌と色気。その磁場のボリュームが凄い。
6.14 3F 2-16

山のあなた 徳市の恋

人は皆、何らかの重荷を背負って生きている。つかの間、重荷をほどき、浮世のしがらみから解放され、袖振り合う人々の想いが綾なす山の温泉宿。山の鄙びた温泉場で按摩の徳市が出会った美しい人。都会の匂いを運んで来たその人にいつしか想いを募らせる徳市だったが、彼女に行くところ何故か盗難事件が頻発する。

どちらかと言えば、演技を感じさせない自然さが持ち味の草なぎ君だが、今回は盲人の按摩の所作、動作を丁寧な模写でリアルに演じている。これまでのイメージからみれば、とても演技を感じさせるのだが、徳市という結構アクの強いキャラクターにはそれが却って効果的だ。徳市の同僚を演じる加瀬亮は、草なぎとは対照的で、いま上げ潮の若手が良くここまでと思わせるほどに主役をたてる役回りに徹しているのにはちょっと感心した。ヒロインを演じるマイコは、ミステリアスな表情に適度なフェロモン漂う美貌でビジュアル的な効果は抜群。温泉客の堤真一がマイコの魅力につい長逗留してしまうのも当然だ。

謎のヒロインを挟んで、草なぎと堤真一が織りなす三角関係を横糸とすれば、縦糸は学生を按摩に踊り子を都会の女に置き換えた「伊豆の踊り子」なので、儚い恋、叶わぬ想いの切なさが一番の味わいどころだが、大人の話に換骨奪胎したにしては艶っぽさが足りない。マイコのビジュアルに頼り過ぎなのである。徳市にはマイコがみえないのである。草なぎもやんちゃで健康的だが陰影に乏しい。徳市の盲目なるが故のエロティシズム(そんなものがあるかどうか分からないが盲人が主人公なら)や身悶えするような大人の切なさが欲しかった。
コメディータッチだが笑える場面はほとんどない。

監督:石井克人
脚本・原作:清水宏
製作:亀山千広
撮影:町田博
音楽:都築雄二
2008年日本映画
上映時間:1時間34分
配給:東宝

2008/06/09

笑う警官 佐々木譲

婦人警官が殺され、同僚の刑事が容疑者として手配される。仲間の無罪を確信した所轄署の佐伯は、不自然な射殺命令と共に設置された捜査本部に抗し、数人の有志と裏の捜査本部を組織して独自の捜査を開始する。

組織の腐敗に粛正の嵐吹き荒れた道警。組織防衛を最優先する体質。警官を取り締まる警官の犯罪は誰が取り締まるか、とはハリー・ボッシュが抱え込んだテーマだが、夜の札幌を舞台に警官の犯罪を追う「笑う警官」も同種の問題をサスペンスフルな設定に落とし込み、スピーディーな展開で読ませてくれる。警察組織や捜査活動の基本など、話の中に巧く折り込みながら、タイムリミットに向けて盛上げ、高揚感が炸裂するクライマックスまで、ページもどんどん消化した。面白い。

面白いから良いのだけど、良く走る車で性能的には不足はないが、無駄の多いスタイリングに魅力を感じないといったらいいか、説明か描写か分からない中途半端な表現に興を削がれることしばし。気になった。

ハルキ文庫
07.5.18 第 1刷
08.3. 8 第16刷

2008/06/03

ナルニア/第2章:カスピアン王子の角笛

下校する長女の背後にロンドンの町並み。落ち着きのある街路、行き交う人々と往時の車。丁寧に再現された街に生き生きとした息吹が通う素晴らしいシーンだ。このシーンが無くても物語に何の影響もないが、こうした細部へのこだわりが世界に一層豊かな彩りを添え、作品の足腰を強くする。ああいいなぁ、このシーン。後は安心してシートにおさまっていよう。もちろん手ひどくしっぺ返しされることだってないわけじゃないけど。

ナルニアの民は侵略者の支配から逃れ、深い森の奥に忘れ去られていた。侵略者達は王位継承問題に揺れていた。見る影も無く変わり果てたナルニアに戻った4人兄弟は、昔日の面影を取り戻そうと立ち上がる。

1作目より4人が大人っぽくなった分だけ、作品も力強さが増している。長男と長女は始めのうちはパッとしなかったが、戦いを重ねるにつれどんどん魅力をましてかっこよくなっていく。次女も大きくなったがピュアさは維持している。次男も合わせ4人の成長ぶりが素敵だ。美形のカスピアン王子だが、程よいボケ具合が却って育ちの良い王子様を感じさせて、コメディーリリーフとは言えないが、4人兄弟とのバランスもよかった。

適度なアクションと見せ場を要所に配し、展開も語り口のテンポも良い。眠気を催すこともなく、2時間半という長さを感じないまま、面白く観ることが出来た。大人になって行くことの誇りと寂しさを漂わせるエンディンのほろ苦さには胸もキュンとなり、終始一貫気持ちよく楽しんだ。

原題:The Chronicles of Narnia: Prince Caspian
監督:アンドリュー・アダムソン
脚本: アンドリュー・アダムソン、クリストファー・マルクス、スティーブン・マクフィーリー
製作:アンドリュー・アダムソン、マーク・ジョンソン、フィリップ・ステュアー
原作: C・S・ルイス
撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ
音楽:ハリー・グレッグソン、ウィリアムズ
出演:ベン・バーンズ、ウィリアム・モーズリー、アナ・ポップルウェル、スキャンダー・ケインズ、
時間: 2時間25分
配給:ディズニー
2008年アメリカ

2008/06/02

ランボー 最後の戦場

冒頭、ミャンマーの虐殺を記録した映像が凄い。娯楽映画には重すぎる前提。ミャンマーへのガイドを頼む平和主義のボランティア一行に「ゴーホーム」と繰り返すスタローン。沈黙と忍の一字で現実をやり過ごす一人ぼっちのランボーだが、ミャンマーの奥深く一行を送り届けるのだ。しかし、その後消息を絶ったボランティアーの救出に向かう傭兵のガイドとして同行したランボーは、ミャンマー軍のあまりな非道さにとうとう封印を解き放ち、尻尾を巻いて逃げようとする傭兵のリーダーに、「こんなところ居たい奴はいない。だが俺たちの仕事はここにあるんだ」と迫る。なんとかっこいい。これを歯切れの悪いスタローンが言うところがまた憎い。ロッキーと同じだが、勘所の抑えがスタローンは巧い。この朴訥さにノせられてしまうのだ。ジャングルクルーズの船頭から超人的な戦闘マシーンへとお約束の変身もカタルシスが効いている。

こうなりゃあとはアクション全開。繰り広げられるのは殺戮の地獄図。「プライベート・ライアン」がエポックを築いた戦闘シーンのリアルな描写だが、あれ以来これほど迫真的かつ即物的な死の描き方をした戦争作品があったか。従来の戦争映画の発想にはなかった人体損壊の克明な描写。これまでの戦争映画が避けて来た戦闘と破壊の実相を、スタローンはCGを駆使して徹底的に描き出し、これでもかとばかりに観客に叩き付けてくる。ただひたすら、弾丸が人体をどう切り裂き、爆薬にどうちぎれ飛んで行くかを見つめるランボーなのである。ロッキーやランボーの栄光にすがる落日のスタローンかと思っていたのである。そうではなかった。重く、深く、矛盾に満ちたテーマを、地獄の黙示録から故郷への長い道へと続く、一筋縄でいかない刺激的な娯楽映画に仕立て上げたスタローン。その思いの深さと志しに敬意を表さずにはおれないのである。

原題:Rambo
監督・脚本・製作:
シルベスター・スタローン
撮影:グレン・マクファーソン
音楽:ブライアン・タイラー
時間:1時間30分
2008年アメリカ
配給:ギャガ・コミュニケーションズ