2008/09/29

トウキョウソナタ

失業を家族に告げられぬ父。すれ違う親子の気持ち。家族へ届かぬ母の思い。
ごく普通の4人家族だったのに、いつの間にみんなの気持ちがてんでんばらばらになっている。
何故なのか、どうしてなのか分からないが、とにかくそうなっている。

家族構成が同じ。食卓の席の並びも同じ。進路が定まらぬ長男。父と子の諍い。何だか身につまされる場面が連続する前半の展開にどんどん惹き込まれる。妻を演じるのがキョンキョンだからいいようなものの、もしこれが樹木希林だったらほとんど我が家のドキュメントじゃないか。

親子兄弟、それぞれの役割に収まりきれなくなった家族がどんどんバラけていく。会社勤めを偽装し、親の権威を維持しようとする父親の余裕の無さが、息子等の抱えている問題を露にし、妻に空虚さをもたらしていく。家族の中心にあって、一生懸命なんだけどどこかズレてしまう男の焦燥や、やり場の無い怒りを怪演する香川照之の目付きがいつもながら素晴らしい。キョンキョンのどこかつかみどころのない母親も良いし、きかん気な表情に反抗心も素直さものぞかせる次男を演じた少年も大変良かった。

それぞれの事情を抱え、それぞれが過ごす不思議な一夜。地を這うような前半の流れがこの転調で一変し、映画は静かな高揚を感じさせながら、まるで吸い込まれていくように、思いもよらぬ場所と時間を経験する家族の姿を映し、そこから先、よれよれになって一人、また一人と家に帰還してくる父母子の姿に、家族の役割とか責任とかから解放された家族の新たな可能性を暗示する。

クライマックスは必要以上に感動的だが、スリリングな展開のうちにブラックなユーモアが随所にちりばめられ、結構笑える作品でもある。


監督・脚本: 黒沢清
脚本: Max Mannix / 三浦幸子
プロデューサー: 木藤幸江
撮影: 芦澤明子
音楽: 橋本和昌
製作: 小谷靖: 椋樹弘尚: 武石宏登
編集: 高橋幸一
出演:香川照之 小泉今日子 小柳友 井之脇海 井川遥 津田寛治 役所広司
(C) 2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会

2008/09/28

アイアンマン

最新兵器を売込みに行った先でゲリラに拉致されたトニー・スタークはゲリラの裏をかき辛くも脱出する。しかし兵器製造に虚しさを感じ、トニーは経営方針の転換を図ろうとする。

ロバート・ダウニー・Jrが天才的な発明家であり辣腕の経営者というカリスマを切れ味良く演じてとてもカッコいい。傍若無人な振る舞いにも知性と憂いが感じられて魅力的だ。アイアンマンの初号機から改良2号へと開発エピソードが展開していくところの楽しさは抜群で、洗練の度を高めていくアイアンマンのメカニカルデザインの面白さに派手なアクションも加わり、何だかプロジェクトXなどと同質のカタルシスさえ感じられる。

スキンヘッドにひげという珍しいビジュアルで役作りに挑んだジェフ・ブリッジスが、これまた素晴らしい重量感で作品に風格を添えている。グウィネス・パルトローも初々しくて良かった。男の中の少年の夢を全てかなえてくれるような、心配りを感じさせる脚本と痒いところに手が届いた演出。おもてなしの心溢れた、爽快で痛快なアイアンマンの仕上がり具合がとても楽しい。

原題:IRON MAN
監督:ジョン・ファヴロー
脚本:マット・ハロウェイ / アーサー・マーカム
撮影:マシュー・リバティーク
音楽:ラミン・ジャワディ
出演:ロバート・ダウニー・Jr ジェフ・ブリッジス テレンス・ハワード グウィネス・パルトロー
2008年アメリカ
配給:ソニー・ピクチャーズ

2008/09/17

パコと魔法の絵本

因業なじじいが無垢な少女と出会って生まれ変わる。要約すればそれだけのお話。スクルージのバリエーション。タイトルからして「パコと魔法の絵本」だし、「おくりびと」ならまだしも、忙しい大人を引き寄せる要素は皆無だ。実に残念だ。素晴らしい作品なのに。大人は観に行かないだろうな。でも、ポニョかわいいとか言ってる場合じゃないんだよ。断然パコなのだよ。

優しさなのか、弱さなのか、どこか壊れた入院患者達。啖呵を切るのはスタイル抜群の看護婦さん。号泣する強面の男達。タフでなければジェントルにもなれぬという意見もあるが本当に優しいことが一番強い、という絵本のメッセージは傾聴に値する。

アメコミ風デザインのキャラをコスチュームプレイする役者達の、一見誰とは分からぬメイクとオーバーアクトがキッチュな背景とも良く調和している。それぞれのキャラが明確で、どの役者も思いっきり役を楽しんで魅力的だ。クライマックスは実写とCGアニメをハイテンポなカットバックでつなぐという手間のかかる仕事振りで見せ場は最高に盛り上がり、パコが導く高揚感が安らぎと希望に満ちたエンディングへと美しく豊かに実を結ぶ。

派手派手しく洋風にお洒落っぽい作りだが、尻がむず痒くなるような恥ずかしさとは無縁の堂々たるファンタジー振り。日本でもこんな高水準の作品が出来ちゃったんだなぁ。ディズニーにもティム・バートンにも遜色ないどころか凌駕する勢いに胸をうたれる。下妻、松子、パコと観たことのない世界を拓き続ける中島哲也凄い!。今年度を代表する1作として「おくりびと」を認定したばかりだが、チャレンジングなクリーエータ魂が炸裂したこの作品、本年屈指の最高傑作に決定なのだ。ゲロゲーロ!


監督:中島哲也
脚本:中島哲也、門間宣裕
原作:後藤ひろひと
撮影:阿藤正一、尾澤篤史
音楽:ガブリエル・ロベルト
美術:桑島十和子
出演:役所広司、アヤカ・ウィルソン、妻夫木聡、土屋アンナ、阿部サダヲ、加瀬亮、小池栄子、劇団ひとり、山内圭哉、國村隼、上川隆也
2008年日本映画
1時間45分

2008/09/16

ウォンテッド

上司からは嫌がらせ、同僚には馬鹿にされ、恋人には裏切られる。無気力な日々を送るヘタレ君が、ある日突然選ばれた男と告知され、世界の秩序を人知れず守り続けてきた異能の暗殺集団の一員として生まれ変わる。

新時代のアクションを謳ったケレン味たっぷりの予告編を幾度となく見せられて、それなりに楽しみにしていた作品。冴えない男が一夜にして富と権力に近づいていく前半が「石の血脈」、後半はフォースを得て反撃に転じる「帝国の逆襲」な展開でみせるノンストップのマンハント。VFXで飾り立てたガンアクションとカーチェイスを配し、異能者達の暗闘はビジュアルな刺激もたっぷりだが、暗殺者の能力や組織についての設定は単に設定のままに終始する。銃弾をカーブさせられることがどれほどのものか良く分からないほどにストーリーも平板。話が面白くない時、過剰なCGの投与は、クライマックスの壮絶アクションの最中に不覚をとるほど、年寄りにとって催眠効果が大きい。


原題:Wanted
監督:ティムール・ベクマンベトフ
脚本:マイケル・ブラント、デレク・ハース、クリス・モーガン
製作総指揮:マーク・シルベストリ、アダム・シーゲル、ロジャー・バーンバウム、ゲイリー・バーバー
原作:マーク・ミラー、J・G・ジョーンズ
撮影:ミッチェル・アムンドセン
音楽:ダニー・エルフマン
美術:ジョン・メイヤー
出演:ジェームス・マカボイ、アンジェリーナ・ジョリー、モーガン・フリーマン、テレンス・スタンプ
2008年アメリカ
1時間50分
配給:
東宝東和

2008/09/15

おくりびと

都会で食い詰め帰郷した男。旅行会社に採用されたつもりが、仕事は安らかな旅立ちへのお手伝い。そんなこととはつゆ知らぬ健気な妻の笑顔に送られる日々。ひょんなことから踏み込んだ納棺士への道、男はいつの間にか両足で歩いている。

納棺の儀式を執り行う本木雅弘の心を込めた所作手さばきの鮮やかさ。世俗の汚れをきれいに落とされ、死者の面に生気が蘇る。悲しみを新たにする遺族が見守るうち、死出の装束を清らかにまとわせられて、死者は静かに棺へと納められる。人間の尊厳を慈しむ画面に自然と涙も滲んでくる。泣かせる作品なのだ。

泣かせるがお涙頂戴という訳ではない。人が生きていくことのもろもろを、静謐さと厳粛さのうちに、皮肉の効いた笑わせどころもしっかり織り込んで、厳しくも優しいお話として提示する。その丁寧で行き届いた仕事ぶりに泣けるのだ。そもそも、モックンが納棺師をモチーフに、脚本は小山薫堂を指名するところから始まった企画だと言う。確かに、これはビジュアル的にも物珍しさからも映画にはおあつらえ向きの素材だ。納棺師と死者との距離感でドラマの幅を広げた脚本は、伏線の張り加減に強引とも周到とも言えそうなギリギリ感もあるが、作品の魅力からは周到という他無い仕事ぶりで指名に応えた小山薫堂はあまりにカッコいい。
滝田洋二郎の丁寧な画面作りと抑制の効いた演出も素晴らしい。「陰陽師」や「阿修羅城の瞳」のようなスペクタキュラーなものより、前作「バッテリー」同様、家族や夫婦をモチーフに普通の人々を描く方がこの監督の柄に合っているのだろう。

プロデュース的なセンスも良いモックンの、作品を力強く引っ張っる華も実もある役者振りがいい。山崎努の人を喰った怪人振りと余貴美子の生活感が作品にクッキリと陰影を刻み込み、広末は屈折した笑顔で貢献する。素材の新鮮さに対し、奇をてらわぬキャスティングが醸し出す説得力。月山を望む庄内平野の美しい四季を背景に、生きとし生けるものへの共感と慈しみを描いて、隅々迄刺激的だが味わい深くもある、今年度を代表する作品。


監督:滝田洋二郎
脚本:小山薫堂
撮影:浜田毅
音楽:久石譲
出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、杉本哲太、山田辰夫、吉行和子、笹野高史
2時間10分
配給:松竹

2008/09/09

チャイルド44 上・下

スターリン時代のモスクワ。国家保安省捜査官レオは反革命分子の摘発に辣腕をふるっていたが、悪意ある同志の姦計により失脚。辺境に追われ失意の日々をおくるレオが目にした殺人事件。損壊された遺体。その異様な手口に連続殺人を疑うレオは本格的な捜査を進言するが一顧だにされない。偉大なる革命国家に犯罪など存在する余地はないとする体制下、レオは存在してはならない捜査に踏み出していく。

スターリン政権下の猟奇連続殺人というアイディアが秀逸。異色というか盲点を突いた設定で鮮度が高い。革命直後の社会状況の苛烈さ、相互に監視し合う閉塞的で油断のならない毎日、寛ぐことさえ困難な社会の有様を、革命勝利への必然と肯定する社会主義に教化された主人公が、政治的にあり得ない事件の解決へと身を投じていく過程を、個を回復し他者への信頼を獲得していく成長の物語として料理してみせた作者の腕前の鮮やかさ。

陰鬱な世界に暗くて重いエピソードの連続だが、各キャラクターの描出には安定感があり人物はしっかり立ち上がってくる。非人間的な状況下の非人間的な事件が、抑制の効いた、それでいて随所に清新な気風漲る文章で生き生きと人間味溢れる物語として描き出されている。

ミステリーとしては様式的にバランスを欠いていることもある。因果が劇的すぎるきらいもある。が、そんな偏狭な見方を吹き飛ばす熱気と志しの高さこそ、この作品の素晴らしさと思う。月並みだが、重厚で骨太な面白作品。これがデビュー作という30才のニューカマー。次作も断然期待なのだ。

チャイルド44 上・下
トム・ロブ・スミス
訳 田口俊樹
平成20年 9月1日 初版
新潮文庫

2008/09/08

loversー永遠の恋人たち トレース・エレメンツ展

歩き、立ち止まり、きびすを返し、走り、両手を広げ、抱きしめ、消失する。
部屋の中央に積み上げられた7台のプロジェクターから投影された人たち。
輪郭を黒壁に溶かして浮かび上がる裸の男女が同じ動きを繰り返している。
それぞれ動きは独立し動きにそれ以上の意味はなく、互いに何の関係も無い。
だが、制御されたプロジェクターが交錯して、個々の動作に意味が生まれる。
一連の動きが、おいかけ、すれ違い、抱擁など関係を示す動きへと変化する。
儚く不確かなゆえ、より強固にしようとする人の営みを照らすように、
等身大の五つの裸体が4面の黒壁を世界に繰り広げるエンドレスライフ。
機械の同調が産んだ静かで美しい幻影。

もし若い頃、辛い恋愛や立ち直れない失恋の渦中にこの作品に出会ったなら、
その辛さにしっかり向き合える力が湧いてきたのでは無かろうかと思わせる、
loversー永遠の恋人たちと題されたビデオインスタレーション(古橋悌二作)
09.8.30

「トレース・エレメンツ 日豪の写真メディアにおける精神と記憶」展
東京オペラシティーアートギャラリー

2008/09/01

20世紀少年  デトロイト・メタル・シティー

20世紀少年
漫画のキャラとよくマッチさせたキャスティング。石橋蓮司の万丈目や宮迫のケロヨンはとても良く似ている。おっちょの豊川悦司はキャラ的にも最高格好よかったが、唐沢のケンヂは記憶力も悪過ぎで結構興を削がれる。 お話は原作をよく整理してあり、少年時代のドラマも良く出来ていたが、漫画の始めの頃の、背中がぞくぞくっとくるような面白は全然なかった。 2作目の予告に登場したカンナが溌剌と魅力的。春波夫の古田新太も完璧。結局、次作に期待させられた。

デトロイト・メタル・シティー
クラウザーさんの状況を常に読み誤って勝手に感動する熱烈ファンの勘違い振りを、しっかり提供してくれる大倉孝二が大変良い。松山ケンイチのクラウザーは格好良く、根岸との落差も明確でこれもいい。で結構笑えたのだが、クラウザーの正体を、あろうことか母親と相川さんに知られて佳しとする展開は誠によろしくない。一番知ってほしい人に、一番知られたくない。このジレンマに身悶えしながら、いつの間にかデス道に邁進してしまうのがクラウザーさんのチャームポイントなので、これは原作の精神を踏みにじる、まさにレイプするに等しい改悪だ。こういう安直な甘さに流れ、デス度が不足したのが惜しまれる。せっかくアースホールなどという素晴らしいネーミングの会場を用意しながら、クライマックスに向けてランニングだなんて芸が無さ過ぎだ。ジーン・シモンズとのデス対決にしてからが、アンプが爆発、それも2度だなんて野暮の骨頂もいいとこだ。なんで音楽的な盛上げで勝負させない。とてもがっかり。全体に甘いばかりでデス度が足りない。もっと厳しく責められたなら大笑いだったのに。