2009/03/18

三月歌舞伎座 元禄忠臣蔵


1月は玉三郎「鷺娘」の席が取り難かった。2月は何故かそれ以上の難しさで結局行けずじまいだった。今月は忠臣蔵だからなのか、3階席通路脇の2列目1列目という絶好のポジションがすんなりゲットできてラッキーだった。
真山青果作「元禄忠臣蔵」は全10編から成る演目。Wikipediaは本当に便利だ。そのうちの6編から構成された今回の通しは団十郎と幸四郎と仁左衛門の大石競演が呼び物。

松の廊下を逃げ去って行く上野介をチラっと見せて、事件直後の当事者に事の次第を語らせる「江戸城の刃傷」は梅玉の浅野内匠頭にふくよかさと品があり、理不尽な切腹が全編貫く「異議申し立て」感へと転じていくに説得力充分、幕開けに相応しい浅野内匠頭ぶり。

赤穂城の大広間にわらわらと後の四十七士が湧いて出る大モッブシーンにはうわスゲーとビックリしたが、実に地味なのか派手なのか良くわからない。そのあとは動きの無さと台詞の多さについ寝てしまった。

染五郎の直情を余裕であしらう仁左衛門の韜晦。にもかかわらず思わず本気をのぞかせてしまうという「御浜御殿綱豊卿」。染五郎と台詞の応酬がとてもいい。それにつけても色気と器量が横溢する仁左衛門の男っぷりの良さ。強烈な磁力。スケールが大きくてほんとカッコいいんだな仁左衛門。昼夜通して結局これがベストの見応え。

昼の部は江戸城、赤穂城、御浜御殿と舞台は武家の大広間が連続する。大広間ばかりで飽きがくるかと思いきや、それぞれ微妙に異なる意匠結構楽しめた。

夜の部は三者の大石振りを拝見。ドラマ的には「大石最後の一日」の哀切感が印象的。仮名手本忠臣蔵に較べると芝居がかった要素が少なく地味な印象だが、祇園一力の場とか山科閑居の場などのドラマ的な感興というか味わいを十二分に意識している気配が、例えば「御浜御殿綱豊卿」や「最後の1日」などから強く感じられたのも面白かった。

歌舞伎は楽しいが昼夜通しは体に良くない。今回はこれまでになく腰にきた。体がなまっていることもあるが、むしろ丸1日どっぷりと重厚長大に浸かっていたせいと思いたい。

昼の部
江戸城の刃傷  浅野内匠頭 梅 玉  彌十郎  我 當
最後の大評定  大石内蔵助 幸四郎  我 當  魁 春
御浜御殿綱豊卿 徳川綱豊卿 仁左衛門 芝 雀  染五郎         
夜の部
南部坂雪の別れ 大石内蔵助 團十郎  我 當  芝 翫
仙石屋敷    大石内蔵助 仁左衛門 染五郎  梅 玉
大石最後の一日 大石内蔵助 幸四郎  福 助  染五郎

2009/03/15

チェンジリング

ある日、忽然と姿を消した息子。捜索を願い出る母親。やる気の無さで応じるロス市警。数ヶ月後、発見保護された息子が戻ってくるが、それは全くの別人だった。偽者を本物と言いくるめ、組織防衛と保身を図る警察幹部の怠慢が母親を追いつめる。

この間オスカーの受賞式でインドの音楽家が、「自分は何一つ持っていない、しかし母親がいる」とスピーチしていたが、母親というものは、いつ如何なる時でも我が子を無条件に受け入れる。無条件ということでいえば神をも凌ぐ懐の深さで、母親の素晴らしさについては様々な人が様々な言葉にしている。中には、「 ひとたび子の為になったが最後、古来如何なる悪事をも犯した、恐ろしい「母」の一人である。」という芥川のような言い方もあるが、「母」を描いて、挫けずへこたれぬ不屈の闘魂として結晶させるのはいかにもクリント・イーストウッドらしい。

子を思う一心でやつれ果てる母。子を思う一心でどんどん強くなっていく母。アンジェリーナ・ジョリーは眼光の鋭さの裡に不安感を滲ませ、不敵な面構えに不穏な空気を漂わせながら、子の安否を気遣うあまり、時に挫けそうになる母親の心情を陰影豊かに表現している。クリント・イーストウッドの語り口も肌触りが心地よく、観客はひとたびその呼吸に同期したら、あとは力強い流れに身を任せるだけだ。
なんて気分で観ていたら、中盤から物語の思いがけぬ猟奇的な展開に肌触りの心地良さなんて吹っ飛んでしまった。母ものと見せて、さらに重層的に構築した問題を矢継ぎ早に繰り出してくるクリント・イーストウッドの明晰さと、年齢を感じさせぬ腕力に刮目する。母親も凄いが、常に前進し衰えを知らぬクリント・イーストウッドも凄いのである。

1920年代のロサンゼルス風景を随所にたっぷり織り込んでいるが、これがCGとは言え質量共に素晴らしい映像で楽しめる。それこそ、チャンドラーが愛したロサンゼルスとはこんな感じだったのであろうとかと、頭の隅にあらぬ事も浮かぶほどに魅力的な映像で、イーストウッドはCGをどう使うべきか良く心得ており、使い方も非凡なのである。


原題:Changeling
監督・製作・音楽:クリント・イーストウッド
脚本:J・マイケル・ストラジンスキー
製作総指揮:ティム・ムーア、ジム・ウィテカー
製作:ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ロバート・ローレンツ
撮影:トム・スターン
美術:ジェームズ・J・ムラカミ
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、ジェイソン・バトラー・ハーアンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコビッチ、コルム・フィオール、デボン・コンティ、ジェフリー・ドノバン、マイケル・ケリー、ジェイソン・バトラー・ハーナー、エイミー・ライアン、ジェフリー・ピアソン、エディ・オルダーソン
2008年アメリカ
2時間22分
東宝東和