2008/03/23

ノーカントリー

ハンティング中に大金をくすねたものの、不用意に正体をさらし追われる身となったベトナム帰りの男。その男を執拗に追いつめる大胆不敵な殺し屋。人の世のうつろいに諦念を抱く初老の保安官。乾ききった荒野に諸行無常の風が吹く。

アカデミー助演男優賞を獲得したハビエル・バルデム。特徴的なヘアに直立姿勢、緩慢な動作から瞬殺のガス弾を繰り出す男。狂気が滲み出るその異様な佇まいからして評判通りの殺し屋振り。この殺し屋が立ち寄った店のオヤジが、何処から来たかとその場しのぎのお愛想をいう。その弛緩しきったオヤジの様子に思わず殺意をつのらせた殺し屋が言う。「生きるってのは常に選択することだ。そんなことも分からず、自分がどれほど幸運だったかにも気付かず、よくここまで生きてこられたもんだ。」殺し屋はコインを取り出し、表か裏か、どっちか答えろと迫る。何を言われているのか分からないオヤジは恐怖に戸惑いながら、一体何を賭けるのかと聞き返す。「全部だ」と男は答える。

例えば、酔っぱらいの車に激突され海に落ちた一家。車に突っ込まれた集団登校の小学生たち。駅のホームで見知らぬ男にいきなり線路に突き落とされて絶命した人。通り魔に殺された女性。毒入りの餃子。そのような暴力が日常と背中合わせに存在する現代社会。平凡な生活にいきなり侵入し全てを奪っていく暴力そのものを、ハビエル・バルデムの、誰もその「行動を制御することのできない殺し屋」は象徴している。あの時あそこにいなければ、あれをしなければという後悔に苛まれることはあっても、この殺し屋が運んでくる突発的な暴力を回避すべは何も無い。ただ、その場に遭遇しないことだけが生き残る道なのだ。だからコインの裏表を選択し続ける、それ以外の立場は無い。と殺し屋は言う。生き続けることだけが選択の正しさを証明するのだと。

大金を持ち逃げした男は優れたハンターとしての能力から、殺し屋と互角の死闘を繰り広げる。ジョシュ・ブローリンの超一流のスナイパーを思わせるクールでスマートなハンターが素晴らしくかっこいい。常軌を逸した異様な殺し屋との対比も鮮やかで、二人が激突するアクションシーンの見事に洗練された隙のない展開は見物だ。しかし、周到で冷静なジョシュ・ブローリンも仏心やスケベ心から逃れられない。

西部の荒野に保安官が秩序を守った時代はとうに過ぎ、まともな殺し屋や死神なんてロマンティックなど何処にも見当たりゃしないのだという、トミー・リーの苦い認識。そんな時代の暴力をきちんと描こうとしたら、カタルシスどころか物語だって成立しやしないってことはある。激しい暴力描写と強烈なサスペンスから生まれる痺れるような緊迫感が観客に強く訴えるものはある、しかし、このようなカタルシス無き終わり方に納得できるものだろうか。これに納得できるのは、トミー・リーに共感できる程度にくたびれ果てたオヤジだけなんじゃないか。

荒野に生きる男達の激しく厳しい物語の最後を締め括る、古女房の柔らかな笑顔。いつ、あの殺し屋に遭遇してもおかしくない今の時代だからこそ、皆さん、愛する人を大事にねと、コーエン兄弟優しいのである。

原題:No Country for Old Men
監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、スコット・ルーディン
原作:コーマック・マッカーシー
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:カーター・バーウェル
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウッディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド
2007年アメリカ映画/2時間2分
配給:パラマウント、ショウゲート

2008/03/21

三月大歌舞伎 夜の部

墓の周りをさっと清め、花を供え線香をあげ手を合わせ簡潔に墓参をすませる。滞在時間はいつもより短いのにこの充実感は、何より降りしきる冷たい雨のせいだな。お寺さんを後に途中買い物などしながら歌舞伎座夜の部に行く。

一 鈴ヶ森(すずがもり)
暗闇で雲助に襲われた白井権八(芝翫)が雲助達を片っ端から切り倒していく。だんまりで見せる切り合い。スパッとそがれパックリ割れる顔面やら、切り落とされる腕や足、袈裟がけに開く刀傷、貫胴で伸びる上半身など、ユーモアとスプラッターで見せる残忍な場面の奇妙な味わい。 芝翫の白井権八は強いというより可愛いという感じがぴったりなのだが、そうしたこと全てひっくるめて楽しもうとする歌舞伎の懐の深さ、成熟みたいなことも思う。

二、坂田藤十郎喜寿記念
  京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)
坂田藤十郎は凄い。喜寿とは思えぬ若さと輝き。毎晩この華やかな大舞台を一人で背負って立っているのだ。去年の「合邦ヶ辻」とは別人のキャラになりきっているのにもビックリ。終わりに登場した市川團十郎の、目一杯目を剥いた大見得もご祝儀感たっぷりで大変結構。

三、江戸育お祭佐七(えどそだちおまつりさしちり)
  浄瑠璃「道行旅路の花聟」
菊五郎と時蔵は熱演だし時蔵は大好きだが、いかんせんお話に魅力がない。藤十郎の素晴らしい舞台をどうしてこんな陰惨な出し物で挟み込めたものか、喜寿のお祝い気分には無縁の番組編成にちょっと白ける。

今日は大向こうのかけ声も、間の悪い人がやたと声を張り上げて気持ちが悪かった。

2008/03/16

キサラギ

自殺したアイドルの一周忌に集う5人の男。最高の理解者、最強のファンを自認する初対面同士のオフラインミーティング。しかし、楽しいはずの追悼集会にそれぞれの思惑が交錯し、やがて不穏な空気が流れはじめる。

ブレークせぬまま自殺したアイドルに入れあげた5人のオタク達の激突を、一幕ものの舞台を観るような白熱のドラマに仕立てた脚本が素晴らしい。人物の登場のさせ方は計算が行き届いているし、状況説明に合わせてお話を進めていく段取りにも無理がなく、こちらの気をそらさぬ工夫も効いている。

香川照之の姑息な表情が冴え渡る前半。腹下しを繰り返すルーティンのギャグが不発のまま失速するかと思った塚地があっと驚く正体とともに息を吹き返す後半。キャラ設定の意外性も飛躍とナンセンスな味付けに技があり、自殺の謎を解きあかそうする推理劇としてもよくできているし、上質なコメディーで気持ちよく笑わせてくれる演出も文句なし。

心が浄化されるような着地の気持ちよさもあり、評判の高さに納得がいったが、終わり方はもっと潔い方が好みだ。

監督 佐藤祐市
脚本 古沢良太
音楽 佐藤直紀

2008/03/13

私の男 桜庭一樹

分ち難く結びついた父娘を描いた直木賞受賞の話題作。
娘の婚礼からさかのぼって親子の過去を明らかにいくという構成は、近親相姦というアンモラルに、つい好奇や嫌悪が入り交じる普通な読者の複雑な心理を読み切った、作者の老練手練れぶりを示している。同様に、腐野淳悟と花という親子のふざけた名前にも、作者の度胸とセンスの良さが感じられる。
しかも、この父親が抜群に良いのだ。長身痩躯、笑うと愛嬌があるが孤独、虚無的な横顔と雨が匂うような体臭、優雅で腕も立つ海の男。そんな男いるかっ!ってなものだが、作者の筆には説得力がある。いるのである。この父親に較べたら、娘の方は取り立てて特徴がないが、それで良いのだ。

ネット書評や直木賞の選評、スキャンダラスなテーマなどから、公序良俗、世俗の常識に棹さす新しさ、前衛性みたいなものを予想していたから、この若くして頽廃のかげを宿した腐野淳悟というかっこいい男が、純粋、究極の愛を求めるが故に身を持ち崩していく一部始終を、ロマンティックにミステリアスに展開する作者の、徹頭徹尾エンターテインメントに照準した姿勢と手法の口当たりの良さは結構意外だ。

口当たりの良さで言えば、風俗や時事ネタの取り込み方でリアリティを盛り上げる巧さや、既成のイメージを効率よく利用する手管の良さにも感心する。しかし、あまりにも通俗的なイメージに依存していて新鮮な驚きや発見に乏しい。同じことはキャラクター造形にも感じられ、周辺の人物や関係は類型的で全体に深みにかけている。

面白くはあるが、何というか、混み合った女性専用車両にそうとは知らず紛れ込んだような居心地の悪さというか、もっと違う種類のガツンとくるものが欲しかったので何となく欲求不満だ。絵空事をリアルに見せる腕前に優れていると思わせる作者だが、他の作品も女性専用車なのかもう1冊確かめてみたい。

桜庭 一樹著
税込価格 : ¥1,550 (本体 : ¥1,476)
国内送料無料でお届けできます
出版 : 文藝春秋
サイズ : 20cm / 381p
ISBN : 978-4-16-326430-1
発行年月 : 2007.10

2008/03/10

国立劇場 3月歌舞伎鑑賞教室

「歌舞伎へのいざない」と題した鑑賞教室。前半は「鷺娘」のさわりなど織り込みながら歌舞伎の成り立ちや舞台裏を分かりやすく紹介した入門講座。短いなかにも趣向がこらされ、解説の澤村宗之助も良い感じで楽しかった。 後半は阿倍清明が狐から生まれたという伝説を哀切な子別れで見せる「芦屋道満大内鑑 」葛の葉。狐と人間の早変わりや、物の化ならではのテクニックで障子に書をしたためる曲書きなど、ケレン味たっぷりの舞台が期待できる。ってことで、仕事休んで真昼間の芝居見物。

2月の歌舞伎座で見たお軽が軽薄な感じで可愛かった中村芝雀が今度は愛情豊かな狐の母親になりきって、若干可愛いかと思うがほとんど貫禄たっぷり。狐と契った夫の安倍保名には中村種太郎という若手。とても一生懸命やっているのだが、芝雀の貫禄とはまるで釣り合わない軽量ぶり。全然夫婦になんて見えなくて全体のリアリティーも損なわれた。芝雀も、前半はともかく後半、狐の正体現してからの早変わりや曲書きの見せ場には、何かもの足りない感がつきまとう。華やかさなのか、物の怪の妖気か分からないが、サムシングがナッシングでαがマイナスのまま終演。あぁ「葛の葉」ってこんなもんなのか。面白くなかったぞ。うーん、若手の修練を見守るのも一興というような見功者にはなれそうも無いのだなぁ。

解説 ようこそ歌舞伎へ   澤村 宗之助
竹田出雲=作
芦屋道満大内鑑 −葛の葉−
第一場 安倍保名内機屋の場
第二場 同  奥座敷の場

ライラの冒険 黄金の羅針盤

ダストという、シュタイナーのエーテル体を連想させるエネルギーでつながるパラレルワールド。人はそれぞれが動物の姿をした守護精霊とともに平和に暮らしている。こんな感じで始まる豪華キャスティングもうれしい話題作。

月並みを言えば、ファンタジーの主人公には不遇の時間が不可欠。アヒルから白鳥に、灰かぶりからシンデレラに、ハリーだってマグルにいじめられる時間があればこそのカタルシス。しかし、ライラは始めから選ばれし者として差別化され、特別な者として扱われているので化ける花開くという変身のカタルシスは無い。ライラを演じる子はそれに相応しい威厳と気品とで良くやっているのは大したもので、作品に恵まれればもっと魅力的だろう。

しかし、ライラは強さがストレートで観客は感情移入の余地が少ない。その分をカバーする弱さや愛嬌がファンタジー的には欲しかったと思うが、あくまでファンタジーとして見れば、ということであって、単に冒険活劇と思えば何の問題もない。そういえば黄金の羅針盤をライラが使う様子は、機能的にもラプトップのパソコンでグーグル検索しているように見えてしょうがない。

展開はよどみなく、キャラも多彩だ。ライラが難局を乗り越え様々な冒険をする様を次々と見せられるのだが、話が進むほどに白けた気分になる。全然盛り上がらないし面白くならない。脚本も演出もCGもおよそ惹きつけるものが無く、作り手が何を面白いと思って作っているのか一向に伝わってこないのだ。

だったらぐっすり眠るか席を立つかすれば良かっただけのことだが、そうならなかったのはひとえに、低年齢なお子様向けな内容の中、悪のナンバー2を楽しげに演じたニコール・キッドマンの、突出して大人向けな艶やかさの故だ。

原題:The Golden Compass
監督・脚本:クリス・ワイツ
製作総指揮:ボブ・シェイ、マイケル・リン、トビー・エメリッヒ、アイリーン・マイゼル、アンドリュー・ミアノ、ポール・ワイツ
製作:デボラ・フォート、ビル・カラッロ
原作:フィリップ・プルマン
撮影:ヘンリー・ブラハム
音楽:アレクサンドル・デスプラ
美術:デニス・ガスナー
2007年アメリカ・イギリス合作映画/1時間52分

2008/03/09

バンテージ・ポイント

いや、たまげた。なにこれ、めちゃくちゃ面白いじゃん。

テロ撲滅のサミットを主導した米大統領が大観衆の眼前で狙撃される。厳しい対応を迫られるシークレットサーヴィスをあざ笑うかのように爆弾が炸裂して修羅場と化す会場。TVカメラが全てを捉えた20分間の出来事。それを目撃した人々の視点から浮かび上がる事件の全貌。

護衛官の体を張った仕事ぶりで最近話題のTVシリーズだった「SP」。一つの出来事を、時間を巻き戻して別の角度から描き、表・裏と称した「木更津キャッツアイ」。まるでこの二つを合わせて1本作ったような感じの作品。木更津キャッツでは1回だけだった巻き戻しを、ここは4回5回と繰り返し全体を検証していく。その過程が実に手が込んでいる。

多彩なキャラクターと行動にいくつもの謎と伏線がちりばめられ、伏線が別の伏線をセットする。20分間の出来事をバリエーション豊かな構成が、観客の好奇心を間断なく刺激する。躊躇や逡巡とは無縁なアクションが画面をキリリと引き締める。ド迫力の追っかけにハラハラドキドキ感が増していく。
頭と身体への心地よい刺激。このマーベラスな脚本と、エクセレントな演出とで緊張感漲った鳥肌もんの映像した才能に刮目。

ウイリアム・ハートの大統領にデニス・クエイドのシークレットサーヴィス。ほんとに地味なキャスティングだが、年齢に似合わずやることは派手。デニス・クエイドがこんなに興奮させてくれるなんて誰が予想できただろう。ウイリアム・ハートの大統領は素晴らしいし、他のキャスティングも完璧。

クライマックスに向けて全てが収斂していく様は、不審な点もあるが、やはり見事な作劇だ。9.11以降の問題を提示した暴力描写もわかりやすく示唆に富んでいる。最高級のサスペンスアクションを楽しませてもらった満足感。上等なミステリを読んだ充実感もある。傑作。ミステリファンに是非勧めたい。


原題:Vantage Point
監督:ピート・トラビス
脚本:バリー・レビ
製作総指揮:アンドレア・ジアネッティ、カラム・グリーン、タニア・ランドゥー、アダム・ミラノ
製作:ニール・H・モーリッツ
撮影:アミール・M・モクリ
音楽:アオリ・ウバーソン
美術:ブリジット・ブロック
出演:デニス・クエイド、マシュー・フォックス、フォレスト・ウィテカー、エドゥアルド・ノリエガ、エドガー・ラミレス、シガニー・ウィーバー、ウィリアム・ハート
2008年アメリカ映画/1時間30分
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

2008/03/08

ジャンパー

心の通わぬ父との二人暮らし。粗暴なクラスメートが幅をきかせる学校。居心地の悪い毎日を送るデイビットにある日発現した瞬間移動の能力。ジャンパーとなったデイビットは、過去を振り捨て自由気ままな生活を手に入れる。しかし、ジャンパーを人類の敵とし、その抹殺を目的とする秘密組織パラディンが存在することをデイビットは知らなかった。

半村良的な伝奇SFが楽しめるかと期待したが、パラディンはジャンパーを駆り立てるだけでその特殊能力を利用しようとしたりせず、神だけが持つべき力だと、捕まえたジャンパーを惜しげもなく殺すだけという徹底振り。伝奇は設定だけで中身は面倒なことは抜きに、シンプルな追っかけアクションなのだった。

ヘイデン君とサムエル・L・ジャクソンというフォース使い同士にリトル・ダンサーのジェイミー・ベルが絡んで、瞬間移動の不規則な跳躍飛躍の繰り返しから変なリズムの面白いアクションシーンが生まれた。瞬間移動もエンタープライズの「転送」のような滑らかさとは無縁で、抵抗感ある空間や壁を強引にぶち抜いていく。この無理矢理感がユーモラスで楽しく、ジャンパーのワイルドさも合っている。

青春映画を軸に、いろいろな要素を組み込んで、誰にでも楽しめるよう工夫したサービス精神と、最近には珍しい短時間の決着に好感を持った。東京のロケシーンも楽しい。

ジャンパーの特殊能力を単におもちゃとしてしか利用しない脚本は一つの見識だが、伝奇SF好みとしては、政治的な陰謀に利用したりするお話も楽しいと思うのだ。ジャンパーを秘密兵器として利用しようとする秘密組織パラディンとジャンパーの暗闘、TVシリーズには格好の素材じゃなかろうか。

原題:Jumper
監督:ダグ・リーマン
脚本:デビッド・S・ゴイヤー、サイモン・キンバーグ、ジム・ウールズ
原作:スティーブン・グールド
撮影:バリー・ピーターソン
音楽:ジョン・パウエル
2008年アメリカ映画/1時間28分

2008/03/06

エリザベス:ゴールデン・エイジ

バチカンからスペインへと敵役は変わっても、カソリック対プロテスタントの確執と王位継承を巡る陰謀とで内憂外患の女王エリザベスの孤独や不安、切ない恋路と愛の行方で興味をつなぐ展開は前作に同じで、同工異曲と言うより同曲に等しいが、ストーリー展開には工夫が乏しく、登場人物には説得力も魅力も無い。

クライマックスにスペイン無敵艦隊とイギリス海軍の激突を持ってきたのが新味だが、世界史に残る海戦を描いて戦況がよくわからぬまま決着がついてしまうのが安易だ。ビジュアルとしてもイマジネーションに欠けて面白くない。

二番煎じで二匹目の泥鰌を狙っただけの、作られる必要の無かった続編だろう。面白さで言えば、前作とはそれくらい隔たっているのだが、風格の増したケイト・ブランシェットと、彼女の着こなすファッションの、見事にゴージャスな美しさにはひれ伏してしまうのだ。

[監]シェカール・カプール
[総][脚]マイケル・ハースト
[出]ケイト・ブランシェット ジェフリー・ラッシュ クライブ・オーウェン リス・エバンス

[配給会社] 2007英.仏/東宝東和
[上映時間] 114分

2008/03/02

潜水服は蝶の夢を見る

脳梗塞で左目を動かす以外全ての運動機能が失われた男の生き方。
ブリジット・オベール森の死神のヒロインを思い出させる最重度の障害者が主人公。ELLEの編集長をみまった実話だという。どちらもフランス製。フランスは障害に対する理解や保障に優れてるのか。

コミュニケーションの手段が閉ざされた主人公の感覚や意識を描き出す1人称のカメラ。生を自覚した主人公が描かれる後半は3人称へと切り替わるなど、結構あざとい演出をしているのだが、少しもそうとは感じさせない。男の絶望や怒り諦めをしっかり伝えているし、無気力な主人公が周囲の人たちとの関わりの中で変化していく様子の、気取らぬ普通な感じも気持ちが良い。

色は抑えめでもトーンの豊かさで見せる映像は、アメリカ映画とは画然と異なるシックな美しさ。病室の窓で微風にそよぐカーテン。海風に揺れるフレアスカートの裾。オープンカーの風に髪をたなびかせる女。多くの感覚機能を封じられた主人公の、それゆえ一層鋭敏になったであろう官能を風とともに描き出すカメラもエロティックで素晴らしいのだ。

レントゲン写真に青インクがクールなメインタイトル。
エンドロールを締めているのは崩落する氷山のダイナミックなイメージなのだが、この映像の使われ方と効果は、「詩人の血」という、遥かな昔、草月会館で見たジャン・コクトーの作品を彷彿とさせて、作品の面白さとは別に、凄くノスタルジックな思いに浸ってしまった。

[監]ジュリアン・シュナーベル
[原]ジャン=ドミニク・ボビー
[撮]ヤヌス・カミンスキー
[出]マチュー・アマルリック エマニュエル・セニエ マリ=ジョゼ・クローズ

[配給会社] 2007仏.米/アスミック・エース
[上映時間] 112分