2008/11/20

談志狂時代 立川談幸


大体4時頃の終演が普通の大劇場がなんと2時に終演してしまった。早すぎたので演芸場をのぞいたら丁度仲入りで即入場。売店でサイン本を購入。

歌舞伎座の祝祭的な華やかさに較べると国立劇場の佇まいは斎場を思わせるが、初めて入った演芸場もその雰囲気を共有している。仲入り後の演し物は春風亭柳橋の襲名披露口上、桃太郎、鏡味 正二郎の曲芸、柳橋。今は無き東宝名人会以来、数十年振りの寄席体験は短時間だったので物足りない気分。

談志唯一の内弟子だった立川談幸が、師匠との同棲生活を回顧したエッセー。
笑点の前身、金曜夜席で談志が仕切っていた大喜利は爆発的に面白かった。あの頃の談志はスピード感と切れ味とインテリジェンスで、それ迄の落語家とは画然と異なる存在感だった。その談志に惚れ込んで弟子入りしたのは「赤めだか」の談春も同様だが、これは良くわかる。談志は特別にかっこ良かったのだ。夜席はその後談志が抜けて笑点となり、大喜利の司会もメンバーも代を重ね長寿番組となっているが、最近では司会が歌丸なってからとても良い。

それはともかく、この本からは談幸という人の優しい人柄がとても良く伝わってくる。談志の内弟子が勤まったのもこの人柄なればこそだろう。談春が赤めだかで、正に談志の口調をそのままに、弟子への説教している様子を見事に活写して見せたような批評や才気はないが、そうした鋭さとは違う、ほのぼのと心温まる師匠思いのすっきりした心が伝わって来る。落語はおそらく談春が巧いのだろうが、気持ちのよさならきと談幸なのかも。聴き較べは今後の課題にしよう。

08.2.23 第1刷
08.5. 2 第2刷
うなぎ書房 1800円

2008/11/17

国立劇場11月「江戸宵闇妖鉤爪」

「江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ)」
— 明智小五郎と人間豹 —

江戸川乱歩の歌舞伎化ってどんなものか興味津々の舞台。まずは原作をおさらいからと買い求めた「人間豹」(創元推理文庫)。明智と二十面相の知略を尽くした攻防という路線かと思ったがパノラマ島奇譚系の猟奇エログロに一層の粗暴さを加味したお話。人間豹とはつまり、豹のような容貌と身体能力を持って美女をかどわかし嬲り殺しにするというとんでもない奴。これを明智がやっつける訳だが、終いには明智夫人までがその毒牙にかかろうかという波瀾万丈。豊富に用意された雑誌連載時の挿絵もオリンピック以前の東京の宵闇が妖しく漂うような気分を盛上げはするものの、お話自体、切れ味鋭くもあればご都合主義極まれりというようなこともあり、乱歩自身も巻末で「全体としてはチグハグな」と評している作品ではある。

これをどう歌舞伎として見せるのかと思いきや、全十場で構成された舞台は案外原作をよくなぞっている。なぞっているが、見栄が決まったら素早い場面転換で次の見せ場を用意し、同様に名場面を積み重ねていく。物語より歌舞伎の様式を生かせる見せ場をどう作り出すかを最優先した態度は、この原作に対してこの上なく正しい態度だ。三層重ねで上下動する装置、スッポンは数回、フライングから宙乗りと舞台の機構をフルに活用したサービス精神。この舞台の中心にあって、理屈抜きの楽しさを客席に届けようとする染五郎の心意気が伝わってくる宙乗りが感動的だ。

明智は隠密同心という設定で、岡っ引きから小五郎の旦那、明智の旦那と呼ばれ、銭形平次のような家に住み、ベランメェ口調で長谷川平蔵のようでもあり、小林少年は大きくなったらお奉行になって悪を懲らしめると語ったりと小ネタもなかなか楽しい。原作では人外の哀しい人間豹だが、「朧の森」のライのようなキャラに変えてはいるが、無責任な大人や社会にスポイルされた被害者としたのはインパクトに欠けた。ここは懺悔の値打ちも無い絶対悪の方がよかった。朝日に酷評といっていい劇評が載ったので心配してたのだが、全然OK。楽しく面白い。良い舞台だった。

江戸川乱歩=作「人間豹」より
岩豪友樹子=脚色
九代琴松=演出
(出  演)
幸四郎 高麗蔵 春猿 鐵之助 錦吾 染五郎

2008/11/15

レッド・ボイス

ロサンゼルスの南、オレンジ郡を舞台に優れたミステリを発表して来たT・Jパーカー、今度は更に南下してメキシコ国境に接し、全米一美しいといわれるサンディエゴを舞台に、ビルから落ちたこことをきっかけに共感覚が備わってしまった刑事を主人公に据えた新作。

原題のThe Fallenに対し邦題はレッド・ボイス。で、共感覚ってのは何かというと、文字や音に色を感じたり、形に味を感じたりする特殊な知覚能力のことで、例えばマイルス・デイビスやスティービー・ワンダーは共感覚者として有名であり、カンディンスキーやナボコフなどは共感覚の持ち主だった可能性が指摘されている。とWikiにあった。こんな事がたちどころに分かる。本当、凄い世の中になったもんだ。

嘘は赤い四角形、恐れは黄色い三角形として見えてしまう殺人課刑事。人の言葉の真意を色の違いとして知覚できるのは職業的に大きな利点でも、プライベートではコミュニケーションの不全を招く。この二律背反に絡めとられ、大掛かりな不正をあぶり出す一方で共感覚のために夫婦関係の維持に苦慮する主人公の姿がじっくりと描かれる。静謐さのうちに情動を高め、エモーショナルな陶酔へと導くパーカーならではの味わい。

パーカー作品共通の、ミステリーであると同時に、喪失感の深さと高揚感で酔わせる恋愛小説としての魅力も健在。しかし、共感覚がミステリーとしての展開にそれほどの影響を及ぼす訳ではない点にはパンチ力の不足を感じる。
真っ赤な嘘に引っ掛けた邦題はベタだが、T・J・パーカーの作品群にすっと収まる統一感もあり好感を持った。

T・ジェファーソン・パーカー
訳 七搦 理美子
08.07 初版
早川書房 
¥2100

2008/11/14

11月吉例顔見世大歌舞伎 昼の部

一、通し狂言 盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)
   仁左衛門  時蔵  歌昇  菊五郎

男(仁左衛門)が芸者(時蔵)に入れ揚げるが、芸者には間夫(菊五郎)がいて結局身上をつぶしてしまう。騙されたと知った男は逆上し、無益な殺生を重ねた挙げ句に芸者の首を刎ねる。しかし男には本懐を遂げるべき大仕事が控えていた。というような話は鶴屋南北の作というだけあって四谷怪談に通ずる陰々滅々さが特徴的。
仁左衛門は愚かさと悲哀に至る役柄だが、どうも渋くてカッコ良すぎるきらいがある。芸者の時蔵にしてからが、仇な姿の良さはあるものの、ときめきに欠けて大したファムファタールに見えないから、仁左衛門の惚れた腫れたに今ひとつ説得力がない。菊五郎も粋と軽さがいい感じなのに、なにか全体にさっぱりしないくて、つい何度もうとうと居眠りしてしまった。

二、廓文章(くるわぶんしょう)吉田屋
   藤十郎  魁春  亀鶴  秀太郎  

これも一に同じく花魁に入れ揚げた男の話だが、同じ境遇とは思えぬ正反対の明るいキャラクター。これを藤十郎が性別、年齢など超越した境地で軽妙洒脱、愛嬌たっぷりに演じてとても楽しい。藤十郎凄いのである。

2008/11/13

ゲット・スマート

60年代に大流行したスパイ物のTVシリーズの中、異彩を放っていた007パロディ「それいけスマート」の映画化。主演のスティーブ・カレルはTVのドン・アダムスには似てちゃいないが、キャラクター的にはドンピシャの雰囲気。諜報本部の無意味に連続するドアや靴電話など、そこかしこにちりばめられた昔懐かしい定番のくすぐりに思わずニンマリ。

アラン・アーキンのとぼけた味わいで楽しませ、テレンス・スタンプのニコリともしない強面振りにしびれさせ、ジェームズ・カーンをワンポイントリリーフに起用するなど、行き届いた目配りでオールドファンを喜ばせる。若年層への対応もドウェイン・ジョンソンやマシ・オカ等のナンセンスなギャグで抜かりが無い。何だかんだと予想以上に笑わせられたのは嬉しい誤算だった。

でも一番の誤算はセクシーでキュートな魅力を発散したアン・ハサウェイの華やかなコメディエンヌ振り。プリティプリンセス、ブロークバックマウンテン、プラダを来た悪魔などで観たけど、今回のアン・ハサウェイ最高だった。

Get Smart
監督:ピーター・シーガル
脚本:トマス・J・アッスル、マット・エンバー
製作総指揮:スティーブ・カレル、ブレント・オーコナー、
製作:アンドリュー・ラザー、チャールズ・ローブン、
撮影:ディーン・セムラー
音楽:トレバー・ラビン
美術:ウィン・トーマス
キャラクター原案・監修:メル・ブルックス、バック・ヘンリー
出演:スティーブ・カレル、アン・ハサウェイ、ドウェイン・ジョンソン、アラン・アーキン、テレンス・スタンプ、ジェームズ・カーン、マシ・オカ
2008年 アメリカ 1時間50分

2008/11/12

赤めだか 立川談春

今年6月の歌舞伎座、談志・談春の親子会のチケットを取ろうと発売日の夜にアクセスしたが既に完売だった。これを読んで、談春にとって歌舞伎座の意味と重さがどれほどだったか、師匠の体調の悪化に、さぞかし無念な事だったかがズンと伝わって来た。行きたかったな親子会。

高座に上がったまま寝込んでしまったが、お客に暖かく見守られたのが古今亭志ん生なら、客席で客が寝ているのに腹を立ててトラブルになったのが立川談志。好き嫌いは置くとして、どちらのエピソードも面白い。特に談志は、昔から「落語とは人間の業の肯定である」なんてことを大声で言っていながら客の居眠りは肯定できないってあたり、普通の社会人としてはなにだが、芸人としてはありだろう。

師匠の小さんにしてからが、剣道の達人としていつも竹刀に剣道着で練習している姿がトレードマークという人で、例えば「たがや」なんぞは一体どんな心持ちでやるもんかと気になるようなところもあった。そういう変わった系譜に入るにしては、談志に惚れて入門したとは言え、談春という人はとても真っ当で、だから談志の太っ腹と小心さが、負けん気と強がりが交差するユニークなキャラクターが作り出す危うい状況と、そこを苦労して泳ぎ続ける一門の姿が愛情深く活写されて、噺家の修業話や楽屋話を聞く面白さもさることながら、成長小説を読むような感動を味わわせてくれる優れもののエッセイになっている。

立川談四楼の『シャレのち曇り』ランダムハウス講談社を合わせ読めば、落語協会を脱会して立川流を旗揚げした一連の騒動が立体的に見えてきて、面白さは倍増する。

08.4.20 初版
08.6.30 3刷
1333円
扶桑社

2008/11/10

イーグル・アイ

HAL2000がディスカバリー号を支配した後、東西冷戦下のコロッサスとガーディアン(地球爆破作戦)が継承したコンピューターの反乱史。21世紀入り、より今日的な意匠をまとった「マトリックス」3部作が新たなページを刻んでいる。キアヌ・リーブス扮するネオは、スターゲートを通過して超人へと進化を遂げたボーマン船長の成人した姿に他ならないことではあるわけだが、キューブリックが思い描いたような未来は、今となっては幻想的過ぎたということで、「マトリックス」が提示した世界観には結構な説得力があった。

「マトリックス」が「2001」年の子供なら、この「イーグル・アイ」は「地球爆破作戦」の子供という事ができるだろう。理想社会を実現する管理システムの暴走を、謎とスリリングなアクションとを丹念に積み上げながら、サスペンスフルに浮かび上がらせて見応えがある。展開は淀みがないし、親子兄弟の家族愛に絞った物語とキャラ設定は営業的ではあるけれど、感情移入しやすくて楽しめた。

大ネタはSFだが、見ながらふと頭に浮かんだのは「北北西に進路を取れ」。原因不明の追っかけっこの感じが何となく似てるのだな。

Eagle Eye
監督:D・J・カルーソ
脚本:ジョン・グレン、トラビス・アダム・ライト、ヒラリー・サイツ、
製作総指揮:スティーブン・スピルバーグ、エドワード・L・マクドネル
製作:アレックス・カーツマン、パトリック・クローリー
撮影:ダリウス・ウォルスキー
音楽:ブライアン・タイラー
美術:トム・サンダース
原案:ダン・マクダーモット
出演:シャイア・ラブーフ、ミシェル・モナハン、ロザリオ・ドーソン、マイケル・チクリス、ビリー・ボブ・ソーントン
2008年 アメリカ映画 1時間58分

略奪の群れ

カポネと並んで名の知れたジョン・デリンジャー。近くはウォーレン・オーツの出世作が「デリンジャー」だったっけ。現在はジョニー・デップがデリンジャーに扮する作品が進行中らしい。カルロス・ブレイクの邦訳第3弾は、デリンジャーの右腕と目されたハリー・ピアポントという男を軸に、大恐慌にあえぐアメリカは中西部をまたにかけた銀行強盗団のしのぎを描いたクライムストーリー。大恐慌の再現といわれる今、申し分ない訳出のタイミングではある。

ピアポントとデリンジャーを始め、まるで青春小説のような爽やかさ漂うギャング達の肖像。どのキャラクターも良く描けて魅力的だし、公序良俗の枠組みに納まれず、ヒリつくような瞬間にしか生きる実感を得ることができない者達の仕事振りと意見をテンポ良くスポーティーに描いて、倫理道徳を基準にしないカルロス・ブレイクの筆はますます快調。軽く読めるが、軽くない面白さには大満足。ちょい役だが、何事があろうと常に120%息子を擁護し受け入れるピアポントの母親には泣けた。

確かに、平然と銀行強盗を繰り返すギャング達の話だから、「略奪の群れ」という題に偽りはないが、そんな野盗や山賊を思わせるような集団の話ではなく「HANDSOME HARRY」という原題が余程しっくりくる中味ではある。この間訃報が届いたポール・ニューマンの「暴力脱獄」が原題を『COOLHAND LUKE』といったのと同様のギャップを感じる。どちらも誇りと名誉を描いて香り高さもあるだけに、粗野で暴力的な印象の邦題がちょいと情けない。

ジェイムズ・カルロス・ブレイク
加賀山卓朗 訳
2008年9月10日 1刷
文春文庫 819円