2007/01/28

どろろ

天下取りと引き換えに、我が子を魔物に差し出した親。親に捨てられ魔物と戦い続ける子供。因果の車輪がぐるりと回り、刃を交える20年目の父と子。

「どろろ」は、親殺し、子殺し、兄妹殺しで幕を開けた2007年の正月映画に相応しいテーマだったんだと気づかされる。手塚治虫師の偉大さを改めて思うし、この映画化を企図した制作者の見識も認めよう。惜しむらくはその見識が作品に反映されていなかったこと。

妻夫木は良かったが、柴咲コウのどろろはきゃんきゃん吠えたててばかりでわざとらしく、鬱陶しいったらありゃしない。あれを良しとし、どこかで見 たようなイメージばかりをつぎはぎしたような演出のセンスは全くいただけない。脚本はかったるいし、情緒的かつ説明的な台詞と凡庸なビジュアルでつないだ 2時間半。その時間とお金があれば、原作漫画を買って読んだ方がよほど意義深い。

出演:妻夫木聡、柴咲コウ、中井貴一、中村嘉葎雄、原田芳雄、
   原田美枝子、瑛太、杉本哲太、麻生久美子、土屋アンナ、
脚本:NAKA雅MURA、塩田明彦
監督:塩田明彦
アクション監督:チン・シウトン
プロデューサー:平野隆
原作:手塚治虫
2007年/日本
配給:東宝

それでもぼくはやってない

「シャル・ウイ・ダンス」で世界的にも評価され、主演の高名なバレリーナと結婚までしちまった周防監督。その後すっかり音沙汰がなくなって、やはりあれだ けの成功にあの才能もスポイルされちまったのか、とか思ってたもんで、新作製作中との報を目にした時はそりゃ驚き、喜びもしたが、テーマが痴漢というのに は戸惑った。

いくらデビューがポルノだったからって、今更痴漢道を極める作品撮るはずも無く、道理でよく見りゃ痴漢の裁判の話だと。だけど、どんな映画か全く 想像がつかない。想像つかないというより、面白そうな感じが全然しないのだな。そもそも映画になんのかよ痴漢の裁判なんてさぁ。品質の高さとユニークな面 白さでハズレの無かった超高級ブランド周防印が、よりによって痴漢かよ、なんぞと後ろ向きな気持で初日にのぞんだあたしが馬鹿でした。

満員電車で痴漢に間違われた青年。身に覚えはないから駅事務所できちんと釈明し、潔白を主張するが既に犯人扱い。否認するほど、本当を言うほど事態は泥沼と化し、拘置、取り調べ、とあからさまな悪意に晒された挙げ句、起訴、裁判へと悪夢の日々が更新されていく。

青年を演じる加瀬亮。「はちみつとクローバー」ではさほど印象に残らなかったが、「硫黄島からの手紙」での若い憲兵は胸迫るものがあって、あれは 良かったが、今回はまた、痴漢の冤罪に苦しむ主人公を演じて別人のようだ。見るたびに印象が変わる加瀬亮だが、今回の演技はひときわ素晴らしい。何と言う か、抑制された表情のうちに、孤独、不安、焦燥、冷笑、怒りが滲んで、まさに「今」という時代が陰影豊かに刻み込まれたかのような佇まい。ひと昔前なら永 瀬正敏、今ならオダギリ・ジョーのポジションを鮮やかに奪い取るかと思わせるほどの魅力と言うべきか。

脚本演出はもとより、キャスティングからして実に見事な作品だが、中でも裁判官に扮した小日向文世は特筆ものの素晴らしさ。現実のどうしようもな い壁の厚さを、主人公にも観客にも否応なく意識させる、言ってみれば作品の要とも言えるキャラクターをリアルかつ迫真的に演じて凄い説得力。

日常のど真ん中にぽっかり開いたブラック・ホール。出口の見えぬ受難の日々を構成する、保身、怠慢、不正直の総体としての官僚主義。取り調べはも とより、公判が開始され裁判が進むにつれて明らかになって行くのは、罪人を作り出す裁判制度の非人間性。まぎれも無いヒューマンファクターから生まれる、 不条理とも奇妙とも滑稽とも言える主人公の悲喜劇がじっくり描かれて、痴漢の裁判は実に2時間半という長さを観客に意識させない面白さ。
草刈さんちの旦那、凄いのだ。流石なのだ。

監督・脚本:周防正行
エグゼクティブプロデューサー:桝井省志
撮影:栢野直樹
音楽:周防義和
出演:加瀬亮、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、役所広司
2006年日本映画/2時間23分
配給:東宝

ディパーテッド


潜 入捜査官トニーレオン対マフィアに内通した警官アンディー・ラウをディカプリオとマット・デイモンに代えて、「インファナル・アフェア』をマーティン・ス コセッシがリメイクとしたとなれば、香港には悪いが、率直に言って、興味関心はどれだけオリジナルを「凌駕」したかってところにむかう。

舞台を香港からボストンへ移し、アイリッシュマフィアで味付けしているが、基本設定とストーリー展開はほぼオリジナル通り。いつ正体がバレるか分 からないディカプリオの恐れ。上昇志向マット・デイモンのえげつなさ。スコセッシが重量感ある音と映像で支配するのはハラハラドキドキの2時間半。いやー 疲れた。

もともとがあざとい上に荒唐無稽な話だが、香港映画ならではのケレン味たっぷりの映像が乗っかって、結構それらしく見せた作品だった。嘘っぽさX 嘘っぽさ=意外なリアル。といった風な。これに対し、リアリティーを追求するスコセッシの絵作りは抑制されたもので、オリジナルの印象的なシーン、例えば ビルの屋上での美しいショットやタクシーの屋根への落下などもグッと地味な演出で、オリジナルを凌ぐような映像はついぞ見られない。

だからって、ディカプリオ対マット・デイモンがトニーレオン対アンディー・ラウよりリアルさで優れていたかといえばそんなこともなくて、対立する組織内に相互に潜入したネズミのお話としては、それぞれの魅力と面白さを持っている。
まぁ、警察内部でマット・デイモンが出世して行くのが速すぎるのは著しくリアリティを欠いて、無視できない瑕疵ではあるけれどこの際許容しよう。

「インファナル・アフェア」と「ディパーテッド」の相違点としては、内通者の中心にいるマフィアのボスのウエイトを高め、ケレンは全てジャック・ ニコルソンの存在感と芝居に託し、思いっきりの怪演をさせた点にあって、これはスコセッシの新機軸として評価できる。全くジャック・ニコルソンの芝居は大 した見物で、顔面の表情一つ、相手に一瞥をくれるだけで作品に重層感と安定感をも与えている。結局これはディカプリオの作品としてではなく、ジャック・ニ コルソンの映画として見るのが正解だろう。オリジナルも決して凌駕されてはいないのだった。

原題:The Departed
監督:マーティン・スコセッシ
脚本:ウィリアム・モナハン
原案:フェリックス・チョン、アラン・マック
撮影:ミヒャエル・バルハウス
音楽:ハワード・ショア
出演:レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソン、マーク・ウォールバーグ
2006年アメリカ映画/2時間32分
配給:ワーナー・ブラザース映画

ラッキーナンバー7


ジョシュ・ハートネット、ブルース・ウィリス、モーガン・フリーマン、ベン・キングズレー。むちゃくちゃ豪華キャストなのに、宣伝も地味な扱いのまま公開 された感だし、ラッキーナンバー7という邦題も今いちイメージしにくい。ちょっと怪しいんだよなぁ。何と言うか、よくある豪華キャスト故の失敗作?。例え ばオーシャンズ11、12みたいな?。その可能性はあるよなぁ。でもこのキャストだったら観ない手は無いし。チケット買う迄葛藤が続いた週末のレイト ショー。

公私に渡って災難続きのジョッシュ・ハートネット。生活立て直しに友達のアパートに転がり込んだが、どういう訳か対立するギャング双方から身に覚えの無い借金の取り立てにあい、小突き回され、何が何だか分からないうちにヤバい仕事を押し付けられてしまう。

一体全体どうなってんだと、戸惑い、ぼやくジョッシュ・ハートネットが若々しく実にセクシーで大変よい。若手で1番の魅力だ。
ギャングのボスがモーガン・フリーマン。対抗勢力のラビにベン・キングズレーというキャスティングの贅沢さにも、文句のつけようが無い。更に更 に、主人公に絡むルーシー・リューが超絶キュート! この女優さん、こんな魅力的だったとは、全くもってびっくりした。女の人は分かんないよねぇ今更だけ ど。謎の殺し屋ブルース・ウィリスもいつもの寡黙なキャラで手慣れたもの。

プロローグをいくつもみせられるようなとりとめのなさが、それなりの流れを見せ始める迄、絵柄の面白さと手際の良い演出でスッと導入する。中盤は 時にゆるい感じなきにしもあらずだが、そこは後半できっちり回収してくれる。とにかく緻密な構成で計算も行き届いた脚本を魅力的な役者が余裕で演じ、演出 も遊び心を忘れず軽快なテンポを維持している。

ユージュアル・サスペクツのように重くない。スナッチほどに能天気でもない。パルプフィクションほどにイカレてはいない。でも負けないくらい面白い。洒落て小粋なクライム・サスペンス。ハードボイルドなタッチもお見事なサービス満点の、これは傑作。

製作年度 2006年
原題:LUCKY NUMBER SLEVIN
監督:ポール・マクギガン
脚本:ジェイソン・スマイロヴィック
撮影:ピーター・ソーヴァ
出演:ジョシュ・ハートネット ブルース・ウィリス ルーシー・リューモーガン・フリーマン ベン・キングズレー スタンリー・トゥッチ

リトル・ミス・サンシャイン


バラバラだった家族が、末娘のミスコン参加への過程を経て絆を深めるというロードムーヴィー。

それぞれ問題を抱えている家族のキャラや、オンボロワーゲンの使い方などよく考えられ、演出のテンポも良く笑えるが、ちょっとオーバーだったり、アザとい感じも気になる。

ハートウォームなストーリーとスラプスティックな処理とのバランスが良く無かったかな。ファンキーモンキーなじいさんを演じているのは何と、アラン・アーキン!。いや実に懐かしい。元気そうで何より。

原題:Little Miss Sunshine
監督:ジョナサン・デイトン、バレリー・ファリス
脚本:マイケル・アーント
撮影:ティム・サーステッド
音楽:マイケル・ダナ
出演:グレッグ・キニア、トニ・コレット、スティーブ・カレル、アビゲイル・ブレスリン、アラン・アーキン、ポール・ダノ
2006年アメリカ映画/1時間40分
配給:20世紀フォックス映画

2007/01/26

朧の森に棲む鬼 新橋演舞場  1月6日

嘘と刀と奸計で天下取りに邁進する悪党染五郎が見せるとびっきりの悪の華。「マクベス」的設定と「リチャード3世」なキャラクターに酒呑童子を絡ませたストーリーに、いのうえ歌舞伎とうたわれるに相応しい肉付けがたっぷりなされ、いかにも劇団新感染らしい舞台。

戦乱の続く世に、嘘八百でのし上がって行く染五郎の色気。テンションの高さと切れの良さできっちり笑わせる阿部サダヲ。人を喰ったふてぶてしさで 他を圧する古田新太。染五郎に絡む高田聖子の軟弱と秋山菜津子のシリアスの鮮やかなコントラストもいい。激しさと派手さで見せるチャンバラも楽しい。

衣装、美術の素晴らしさは定評のあるところだが、染五郎のキャリアアップに応じて上等になっていく衣装のすてきな事。染五郎がどんどん悪党面にな るメイク。ロングコート風の陣羽織とかメタル鎧とか和装のアレンジや色使いの楽しさ。舞台装置も光と影を効果的に使い、密度と奥行きも十分。場面転換も無 駄無く、花道の使い方も効果的で観客をだれさせる事も皆無。音楽も良かった。

とにかく、休憩時間を含む3時間半、悪は一時栄えてもやがて滅びるという当たり前を、長さ感じさずに面白さと迫力で一気に見せきったのは素晴らしい。商業演劇のメッカでの正月公演に相応しく華麗でハイセンスなステージ。いや、堪能した。

出演
市川 染五郎
阿部 サダヲ
秋山 菜津子
真木 よう子
高田 聖子
粟根 まこと
古田 新太

作 中島かずき
演出 いのうえひでのり

2007/01/04

鉄コン筋クリート

スマートに原作を刈り込んだ脚本に素晴らしいビジュアル。松本大洋の主張と味わいを損なわず、映画化作品としての独自性で魅了した鉄コン筋クリート。

主人公たちより主人公らしいのが、物語の舞台となる宝町。
昭和30年代を彷彿とさせる猥雑な町並みには生命力が溢れかえっている。華麗な色彩と超絶的な細部へのこだわり。マクロからミクロへと自由自在に移動するカメラにも、寸分の隙を見せず、美しいパステルカラーで応える町並みは、アニメーター達のエネルギーの見事な結晶だ。

3次元的な陰影と色彩で描かれた入念な背景と、必要最小限度の線で描かれた登場人物達。3Dと2Dとが自然に溶け合った画面の不思議な軽さと美しさが、人間達の見果てぬ夢と激しい暴力が交差する宝町の生命線となって全篇を支えている。

大の大人がこれを楽しまなきゃいったい誰が楽しむか。誠にかっこいいアート感覚いっぱいの傑作。

監督:マイケル・アリアス
脚本:アンソニー・ワイントラーブ
演出:安藤裕章
美術:木村真二
音楽:Plaid
声の出演:二宮和也、蒼井優、伊勢谷友介、宮藤官九郎、田中泯、大森南朋、本木雅弘
2006年映画/1時間51分
配給:アスミック・エース

エラゴン


ドラゴンとドラゴンライダー達の平和を蹂躙し、世界を暗黒と変えた邪悪な支配者ジョン・マルコビッチ。そこに、選ばれし少年が新たなドラゴンライダーとし て誕生する。少年にフォース授けるジェダイにジェレミー・アイアンズ。魔力を駆使して少年を追いつめるベーダー卿にロバート・カーライルという渋い布陣。

世界観が随分ロマンティックというか甘いし、ヒーローもヒロインも新人。新味はあるが軽さが先に立つ。だもんで要所に重量感のある役者を配して相 殺しようといったところだろうか。意外やジョン・マルコビッチはさほど見せ場が無く、むしろ今迄見たことの無い格好良さが魅力的だったジェレミー・アイア ンズと、病んだ悪党ぶりが板に付いたロバート・カーライル、この二人が敢闘賞。

ドラゴンの誕生から成長、翼の動きや火炎放射など、生態や動きの描写は全く自然に見える。飛行速度の速さや操縦性能の素晴らしさなど、ドラゴンの視点で見せる飛行シーンが新機軸。

CGの進化はとどまるところが無い。剣と魔法の世界にリアルなドラゴンが登場し、ドラゴン物といえる作品を楽しめるようになって久しい。いろいろ 登場してきたドラゴンのヴィジュアルを見比べる楽しさは格別だし、CGのありがたさもひとしお。このジャンルの代表はあれです、ドラゴンハートだけど、エ ラゴンは物語もシンプルで分かりやすい。冬休みのご家族向けには最適のドラゴン映画。

原題:Eragon
監督:シュテファン・ファンマイアー
原作:クリストファー・パオリーニ
脚本:ピーター・バックマン、ローレンス・コナー、マーク・ローゼンタール
撮影:ヒュー・ジョンソン
音楽:パトリック・ドイル
出演:エド・スペリーアス、ジェレミー・アイアンズ、シエンナ・ギロリー、ロバート・カーライル、ジャイモン・フンスー、ジョン・マルコビッチ
2006年アメリカ映画
配給:20世紀フォック

犬神家の一族

日本の田舎をゴシックホラーなミステリ空間に変えた横溝正史の面白さを市川崑が巧に映像化した金田一耕助シリーズ。自分の中では「悪魔の手鞠唄」が一番の好みだが、第1作目の登場は社会現象化したインパクトあるものだった。

その「犬神家の一族」を91歳の市川崑が30年ぶりに再映画化という話題作。
懐かしいテーマ曲が流れて、メインタイトルも(フォントがでかいような気もするが)そのまんま。おなじみの扮装の石坂浩二も年齢を感じさせぬ若作り。前作をどれだけ忠実にコピーするかがテーマか、と思わせる滑り出し。

原作に忠実な映画化は特に珍しくないが、元の映画に忠実なリメイクというのは希少だろう。遺産相続を巡る連続殺人。だが、前作にあったゴシック的な怖さは影も形も無い。映像的にも、市川崑らしいライティングもなければ華麗な絵作りもない。

定められた筋にそって、定められた役割の人物が動くのを見せられるばかり。出てくる役者が皆、石坂浩二、富司純子、松坂慶子、中村敦夫、加藤武か ら深田恭子まで揃いも揃ってお約束のベタな芝居。何だかイライラしてくる。しかし、監督91歳なのだと思えば、そんなことでイラついてはいけないと思い直 す。

これは様式美なのである。そう見れば役者も様式に則った演技をしているではないか。松坂慶子も萬田久子もあの岸部一徳でさえ見事なベタさ加減では ないか。だから、木久蔵師匠や三谷幸喜の芝居が無理無く収まっているのに、ナチュラルっぽい松嶋菜々子が却って浮いちゃったりするわけだ。そうしたお芝居 らしいお芝居を競い合うお約束な演技合戦の中で、ひときわ見事な輝きを見せるのが富司純子。全くもって見応えのあるお約束なお芝居から生まれる魅力と存在 感。今年は「寝ずの番」「フラガール」と続いたが、ここに至って他の追随を許さぬ技を極めた感がある。

ミステリ映画として面白いかと言ったら全然面白くは無い。でも、91歳の監督のもと、高齢化した役者集団を中心に若手も集って様式美の追求とばか りに皆で遊び倒したかとみれば、団塊が定年を迎え、高齢化社会の波頭が日本列島を洗い始める今日この頃、そうしたラディカルさをこそ評価すべきなのであり ましょう。

監督:市川崑
プロデューサー:一瀬隆重
脚本:市川崑、日高真也、長田紀生
原作:横溝正史
音楽:谷川賢作
テーマ音楽:大野雄二
出演:石坂浩二、松嶋菜々子、尾上菊之助、富司純子、松坂慶子、中村敦夫、加藤武、
2006年日本映画/2時間16分
配給:東宝