2009/09/03

メアリー・ブレア展


ウォルト・ディズニー自身が手がけたアニメーションはどれも素晴らしく、世代、時代を問わず世界中から支持されてきた。「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」「バンビ」「ピニキオ」「ファンタジア」等々、傑作名作数多ある中、海賊と対決する少年のファンタジックな物語とウサギ穴に落ちてマッドな遍歴を重ねるハードボイルドな少女の話は、大人になっても男の妄想を刺激してやまぬ最重要作品なのである。この重文級の2作品に「カラースタイリスト」として関わったのがメアリー・ブレア。ということで作品展を観てきた。

1940年代から50年代のディズニースタジオでコンセプトアートを担当。退社後は商業デザインに転じ成功を収め、ディズニーランド建設に際して「イッツ・ア・スモールワールド」のデザインを依頼されたという華々しいキャリアだが、女性の社会進出が一般的ではなかった時代、できる女性としての苦労は並大抵なものでは無かった。らしい。

気鋭の水彩画家として頭角を顕した初期の作品は動きを捉える鋭い写実が魅力だが、いかにもアカデミックなファインアート。ところがディズニースタジオでは一転して大胆な平面処理と抜群の配色センスが魅力のモダンデザイン。50年60年前とは思わせない鮮度を保っている。メアリー・ブレアの力は言うまでもないが、あの時代そのものが大したもんだったんだとも思う。

映画化されなかった「赤ちゃんバレー」のコンセプトアートが良くできていて、映画化されたのを観たかったと思うほどに印象的。映画化された仕事は「シンデレラ」「ピーターパン」「アリス」の三つ。この順番はメアリーの作品に対する関わり方の深さに比例していて「シンデレラ」との関係は極めて薄いが、「ピーターパン」では「夜」の描写や「ワンダーランド全景」など作品への関わり方を深めている。さらに「アリス」では、全編にわたってメアリーのアイディアとイメージがそのまま採用された事が良くわかる。
秘密めいて心ときめく夜、永遠の少年が導びくネバーランドの冒険と夜明けの切なさ。変なウサギを追って異形と狂気の面白世界を冒険する少女。大人になるほど味わい深いこの二作品の核心をメアリーがどれほど見事な色彩で形象化したか。完成された映画からは見えてこないが、物事を決定づける仕事を目の当たりにする醍醐味。

メアリーの公私を年代順に整理した展示は見やすく分かりやすい。「イッツ・ア・スモールワールド」のデザインの過程も興味深い。こうした子供の幸せを基本に据えて仕事を続けたメアリーが、しかし最晩年にはそれまでとは似ても似つかぬ性的な作品を製作していたという大逆転。これにはたまげた。そんなに抑圧されていたのかという意外感もある。作家の軌跡、変容として受け止めるにも唐突で、どぎつい数点の作品は全体の中での落差も際立っている。最後の最後になって全体を別の色彩に染め上げてしまうまうどんでん返しのインパクト。この思いがけないエンディングは刺激的で興味深いのだが、夏休みにご家族向けの展示を観に来た小学生の男の子が猥雑な作品にしげしげと見入っている姿は決してメアリーが望んだことではないだろうし、少年の親御さんとて同じだろうと複雑な思いがした。