2010/08/03

インセプション

今どき夢オチなんぞは歓迎されないが、そうではなく、夢の中で情報工作をするというのがキモなのである。被害者は、巧妙に創りこまれた夢の中に導びかれ、そうとは知らぬうちに脳内の重大な情報を抜き取られてしまうのである。その抜き取り名人デュカプリオが引き受けた前代未聞の植え付け工作。デュカプリオはこのプロジェクトに向け、腕に覚えの精鋭をかき集め最高のチームを編成し、準備万端、水も漏らさぬ計画を実行に移すのであった。というクリストファー・ノーランの新作。

全人格的に精査された標的を完璧に構築された夢に迎え入れて、一大冒険アクションでペテンにかける。夢の世界は、階層が深まるほどに時間の流れが異なるとか、覚醒の手立てとかの法則に支配されている。それ自体がとても手の込んだ植え付け計画が、法則の影響を受けて更に複雑で厄介な流れに変化していく。お話は基本的に「スパイ大作戦」なのだが、デュカプリオの愛情問題がもう一つの重要な要素を構成し、更にカカシ男の父子の相剋問題等が加わってスリル、サスペンスの高まりにも文芸的な味わいを高めるべく配慮がなされている。

しかしながら、カカシ男のぼうはうまく収まっているのに反し、夫婦間のトラウマ引きずったデュカプリオが、あろうことかイマジネーション溢れたアクションシーンの流れを断ち切るのである。これが玉に瑕。夫婦愛に溢れた切ない展開だし、マリオン・コティヤールも相変わらず魅力的ではあけれど、ハラハラドキドキしている時にデュカプリオの逡巡が状況を悪くするのである。これはプロとしてもカッコ悪く、イラッとさせられるのである。高度にテクニカルなスパイ大作戦が進行し、まさにクライマックスを迎えたと思ったら、フェルプス君がいきなり下手をうって、しかもフリーズしてしまう。例えば「七人の侍」のクライマックスで志村喬が急に戦意喪失してしまうなんてのはあり得ないわけで、こうしたスリル・サスペンスの盛り上げ方ははなはだ心外であり、チームリーダーのデュカプリオ君には猛省を促したく思った。その分サブのジョセフ・ゴードン・ビレットが断然カッコよく見えたりする。

同じ悩むにしても、仮面と正義の狭間で自己同一性に苦しんだバットマンには、ジョーカーとい分身なればこその葛藤からアクションを孕んだドラマも生まれたが、訳あり夫婦の感情のあれこれをアクションと並列で描くというのは、アイディアは面白いかも知れんが流れを阻害する割に説得力が無かった。

そもそも、「レボルーショナリー・ロード」「シャッター・アイランド」「インセプション」とデュカプリオは近作全てで奥さんとうまくいってないのである。うまく行かないというより、3作とも、思いっきり不幸に突き進んでいく奥さんの旦那という神経症な役回りなのである。こんな役ばかりやってるから眉間のシワが益々深いわけで、たまにはコメディとかやればと思う。やはり、タイタニックでノミネートもされなかったのがトラウマになっているのであろう。

それはともかく、不思議なイメージ満載の独創的なビジュアルや幻惑的なアクションはなど、意表をつく映像は、まさに映画ならでは魅力と楽しさに溢れて大した見応えなのである。いや実に素晴らしい。

良く考えてみれば、夢の中で秘密を盗むというのはかなり効率が悪いやり方なのである。これがKGBやらCIAなどの国家権力だったら、強力自白剤の大量投与で簡単にケリをつけるところだろう。民間はそんな乱暴より洗練されたエレガントな手口を大事にするものなのだな。

マイケル・ケインがデュカプリオを優しく迎える場面からは、クリストファー・ノーランがこのメンツでバットマンを撮りたい気持ちが強く感じられる気がしたのである。