2010/10/05

日本人のへそ

ヒッチコック、トラヒゲ、ケペル先生と言えば熊倉一雄だ。ユーモラスな吹き替えはテレビの創世記から馴染み深い。その昔、熊倉がひょうたん島の海賊だった頃、面白い台本を書く作者を見込んで芝居の執筆を依頼して作られた作品が「日本人のへそ」。この公演が評判を呼び、さらに作者は熊倉に5本の芝居を書き下ろし、それらも全て大ヒット。新進の劇作家としてあまりに鮮やかなスタートダッシュを見せ、他の追随を許さぬキャリアを築き上げていった井上ひさし。
熊倉が自分が目の黒いうちに再演したいと、41年ぶりの上演を計画したところ、井上の急逝によって追悼公演になってしまったという「日本人のへそ」。チケの発売日をうっかり忘れ、気がついたら完売でガックリ。しかし10月4日の追加公演分を確保でき、テアトル・エコー「日本人のへそ」千秋楽に行くことができた。

演劇を使った吃音治療法に臨む患者たちが、集団就職からストリッパーへと転じていく女性の一代記を演じる中から、猥雑で純情な人間達や時代の相が浮かび上がってくる。女優さんが皆さん溌剌としていて好感。男優達は適度にエロでしたたかで抜け加減もよい。ストリッパーを演ずるヒロインはステージの芯となる魅力を発揮し大変よろしかった。

処女作には作家の全てが詰まっていると言われるが、劇作も例外ではないのだろう。笑わせられながらも考えさせられる井上の特徴そのままに、軽快なテンポと動きで大いに笑わせながら、殺人事件から推理劇へと転じ、後半は一挙に緊張感が高まる。緊張感が高まるほどに緩和の効果も絶大となるわけで、意表を突く仕掛けと展開でドッカーンとドッカーンと落としてくれるクライマックスのどんでん返しはディーヴァーにも引けを取らないスケールで面白さも抜群。

若き井上の躍動感溢れるエネルギッシュでパワフルなステージに、動き、しゃべり、踊る熊倉一雄。何より生の熊倉一雄を間近に観ることができたこと。ホント良かった。