2007/05/02

バベル

モロッコ、メキシコ、東京、4組の親子達。物理的な距離と心理的な距離とが反比例している。彼等が抱え込んだ現実の困難さと悲劇性が、時間と空間を自在に交錯させた技ありの脚本と力感溢れる演出とで精緻に織り上げられていく。

悲劇のきっかけとなるモロッコの、貧しい兄弟の暮らしの丹念な描写。彼等の放った銃弾の衝撃が、津波のように遠く離れた人々の暮らしを変えていく。生活感溢れる登場人物達の顔やロケーションの効果から、ドキュメンタリーのような迫真性が生まれている

前評判に違わぬ菊池凛子、聾者と設定されているわりにコミュニケーション不全は心理的な関係性の上にあり、ろう障害とは関係が無いのは意外だった。ろう即コミュニケーション困難な存在と誤解されることもありそうだがそれは違う。作品全体の中でも異質な雰囲気の日本パート。

時間と空間を錯綜させながらドラマを盛り上げて行く技術は全く大したものだ。編集は「トラフィック」でアカデミー賞を獲得したベテラン。技術の洗練は申し分ない。作品の完成度も素晴らしい。ブラッド・ピットが電話で子供とかわす会話の使い方の巧みなことなど、表現技術のレベルに感心するが、カタルシスに満たされることも、深く感動するということもない。

コミュニュケーション不全がテーマかと思わせるが、ここに描かれたのはむしろ貧困や経済格差を克服できない社会の問題だ。モロッコの親子もメキシコの親子も、彼等にはコミュニケーションより人並みの収入と暮らしが必要だ。それを保証できない政治的課題こそがより大きな問題だろう。そうした中、日本のエピソードだけがコミュニケーションの問題として描かれている。荒地での生活。砂漠での彷徨に対する東京砂漠の愛の不毛。

眼下に広がる光の砂漠に親子の再生を暗示するラストシーンは、この作品の数少ない救いの一つだ。しかし、モロッコの少年の悲劇もメキシコの母親の理不尽な現実にも、意義の申し立てのしようも無い。そうした現実を尻目に独走する勢いがこのラストシーンには無い。これが世界の現実と言われれば確かにそうなのだろう。だが、このメッセージの重さと技法の洗練がどうもうまく折り合わない。なんだか中途半端な気分でエンドロールを眺めた。

原題:Babel
監督・製作:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
製作:スティーブ・ゴリン、ジョン・キリク
脚本:ギジェルモ・アリアガ
撮影:ロドリゴ・プリエト
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、役所広司、菊地凛子、アドリアナ・バラッサ、二階堂智、エル・ファニング
2006年アメリカ=メキシコ合作/2時間22分
配給:ギャガ・コミュニケーションズ