2007/07/01

アポカリプト


キリストがしゃべっていた言語そのままにキリストの受難を描いた「パッション」に同じく、落日へと向うマヤ文明を全編マヤ語で描いたという[アポカリプト」。マヤを描いては、その昔「太陽の帝国」というユル・ブリナー、ジョージ・チャキリスの作品があったくらいで、映画的には新鮮な素材だし、マヤがどんな風にビジュアル化されているかには興味もあったが、とにかく地味な印象だし、前作「パッション」の重苦しさの記憶も新しい。何だかパッとしなさそうなんだよなという予断からそれ程気乗りのしないままチケットを買った。

椅子に座って暗くなるのを待つ。お知らせとCMをやり過ごす。予告編から本編。照明が全て落とされるこの瞬間の幸せ。制作.配給会社のロゴからメインタイトル。作品の出来具合の見当がつく大事な瞬間。こりゃあかんと一瞬に感じてしまうこともあるし、オッ、と気合いを入れ直したり、時には居ずまいを正すこともある。居ずまいを正しときながら寝込んじまうことも最近は少なくないのが情けないが、総じてオープニングの印象的な作品には傑作が多い。(資料1)

濃密なジャングル。前方の繁みに微速で寄っていくカメラ。不穏な気配。足場の悪さを微塵も感じさせないデリケートな速度と安定感で移動するカメラがいい。移動するカメラが大好きなのだ。上下移動も横移動も大好きだが、一番好きなのは縦移動のカメラだ。先頭車両で進行方向を、あるいは最後尾車両で後方を飽きずに眺めるに等しい幼児性の現れと思うが、何と言ってもカメラ移動は映画の醍醐味。

ジャングルに生きる平和な部族民がマヤ帝国軍に拉致誘拐され生け贄にされるまで、徐々に悲劇性を高めていく前半部の展開は重苦しく切なく「パッション」を思い出させる。メル・ギブソンが徹底描写するその「嫌な感じ」は、帝国の腐敗と堕落を象徴する生け贄の儀式で頂点に。平和な狩猟民族の森の秩序と共にある暮らしが帝国の生け贄の儀式が生み出す無惨と対比される。悪党は心底悪党らしく、責任ある者はそれに相応しい風格で描かれる。細部をおろそかにしない演出。それらは強靭なバネとなって後半の素晴らしい躍動感を生み出すことになる。

死の儀式から辛くも脱出し遁走する主人公。激情に駆られた獰猛な追跡者達。追う者と追われる者の猛烈なサバイバル。前半の陰鬱さから一転、抑圧から解放された主人公の疾走と躍動を輝くばかりに描いた後半。双方の動機付けの必然性。その展開たるや見事の一言。近ごろ出色の面白さ。いやーびっくりした。肉弾相打つシンプルな追っかけのダイナミズム。あまりに洗練されたその演出力。技巧を感じさせないカメラの超絶技巧。わくわくするような移動撮影から生まれる突き抜けたイメージの素晴らしさ。

過激な暴力と過剰な死さえ非難するには当たらない。これら全ては人間が行ってきた所業の数々であり、今この瞬間に世界のどこかで行われていることでもある。メル・ギブソンがそれを称揚しているわけもないのは見れば分かる。キリング・フィールド、地獄の黙示録などを彷彿とさせるシーンをはじめ、幾つもの映画的引用はあるが、これはメル・ギブソンというあまりに完成されたスタイルをもった映画作家の、あらゆる意味で挑戦的でオリジナリティーに溢れた姿勢に支えられた、超絶的面白作品にして傑作。今年度上半期、断突のベスト1なのだった。

原題:Apocalypto
監督:メル・ギブソン
脚本:メル・ギブソン、ファラド・サフィニア
製作:メル・ギブソン、ブルース・デイビー
撮影:ディーン・セムラー
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:ルディ・ヤングブラッド、ダリア・ヘルナンデス、ラオウル・トルヒーヨ、
2006年アメリカ映画 /2時間18分
配給:東宝東和

(資料1)
北北西に進路を取れ、ウエストサイド物語、サウンド・オブ・ミュージック、アラビアのロレンス、シェルブールの雨傘、2001年宇宙の旅、スターウォーズ、ショーン・コネリーのボンドシリーズ等々。